2020.05.12
記者のいない通信社が電話調査を開発した理由 報道の持続可能性をテクノロジーでつくる
報道機関が長年行ってきた電話世論調査が、いま岐路にあるといいます。AIを使った企業向け緊急情報サービスを提供する、JX通信社の代表取締役社長米重克洋さんに、同社の自動電話調査サービスについて聞きました。
記者のいない通信社そのミッションとサービス
ここ数年、テレビのニュースで「視聴者提供」による映像がよく流れるようになりました。その大きな理由の一つに、私たちJX通信社が企業向けに提供するプロダクト「FASTALERT(ファストアラート)」があります。
これはSNSから災害や事件事故に関する投稿を瞬時に選別し、AIが発生場所や起きた出来事の内容を解析するSaaS型緊急情報サービスで、2016年にサービスインし現在はすべての在京キー局の他、新聞社、警察、消防、インフラ事業者などで活用されています。
FASTALERTは現場の目撃者からSNSに投稿された情報を第一報として検知するため、警察や消防の発表より速く、人力では不可能な、膨大な情報を網羅することができます。さらに、投稿画像や動画を一覧できるため人間が確認する際の正確性も向上します。従来、人手で行っていた情報収集が大幅に自動化され、記者は情報を得てから警察・消防に確認したり、取材を始めたりできるようになりました。
また、一般向けにはニュース速報アプリ「NewsDigest」も提供しています。こちらは報道各社から配信されるニュースをAIで価値判定し、ニュースバリューの高い情報をいち早くユーザーに届けるというものです。ニュースになる前の情報はFASTALERTで、ニュースになった後はNewsDigestで、どちらもAIを活用したより速い情報提供を行っている形です。
従来、報道は限られた人数の記者が足で情報を集めて記事をつくり、マスに等しく届けるものでした。私たちが目指すのは、SNSを通じて世界中から電子的に情報を集め、テクノロジーで解析して記事を生成し、パーソナルに届けることです。
いま、既存のマスメディアは収益が下がる中でコスト構造の重さが課題になっています。社会に必要なものとして長期的に持続可能な状態を保つには、いかに機械化しコストを下げるかが重要です。その上で、機械に任せられるところは任せ、取材や事実確認など人間にしかできない部分に人間が集中するという、棲み分けできる状況を技術的につくる必要があると考えています。
私たちはそれを実現するための「記者のいない通信社」、いわば仮想通信社なのです。
情勢調査を始めた理由それが電話である理由
この“仮想通信社モデル”を構成するもう一つのプロダクトとして「JX通信社 情勢調査」があります。前述の2つとは少し毛色が違うようにも思えますが、実はこれも同じ弊社のミッションの上に存在しています。
2000年頃から、報道機関の情勢調査に関してはRDD(ランダムに生成した番号にかける方法)による電話調査が主流です。これにはオペレーターが架電する方式と、自動音声によるオートコール方式があります。オペレーター方式では回答率は高いもののコストもかかり、1サンプルあたり数千円になることもあります。例えば、衆議院選挙ともなれば、数回の電話調査や出口調査など、新聞社なら十億円単位の費用が必要になると言われています。
先に述べたようにコスト構造が課題になってくると、まず減らされるのがこうした調査にかかる費用です。その結果、以前なら報道されていた知事選や市長選の情勢調査が、近年ほとんど見られなくなってしまいました。
オートコール方式ならコストを下げることができますが、回答率が低いだけでなく、回答者の年代が高齢層に偏る傾向があります。ある選挙で行った調査では60代以上が8割を占めていました。コストだけを理由にオートコールへ移行できない理由があるのです。
こうした状況から、仮想通信社として「人と機械が棲み分けできる状況を技術でつくる」という私たちのミッションにおいて、機械化するべき領域として情勢調査にスポットが当たったのです。
コストを下げるならWeb調査が有効とお考えの方も多いでしょう。しかし、(詳しくは後述しますが)調査手法として報道に使えるまでの蓄積がまだ十分でないのが現状です。そこで私たちは、コストの低いオートコールを用い技術的な改良で高い回答率を得ることを目指しました。
特に音声合成については、声の高さ・低さや速度、男声・女声、さらに読み上げる内容が結果に強く影響するため、100回以上テストを繰り返し調整を重ねました。また、電話番号の生成方法もポイントの一つとして独自の方法で改善しました。この結果、オートコールでありながらオペレーター方式と遜色ない回答率・回答者分布を得られる方式を確立したのです。