「『編集3.0』 編集力がビジネスやクリエイティブを制すのか?」イベントレポート|WD ONLINE

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一億総編集者計画

「『編集3.0』 編集力がビジネスやクリエイティブを制すのか?」イベントレポート 名編集者たちが語る「編集3.0」とは?

さる2019年1月23日、Web Designingにて「一億総編集者計画」と題した連載を執筆しているRIDE MEDIA&DESIGN代表の酒井新悟氏をファシリテーターに、トークイベントが開催されました。テーマは「『編集3.0』 編集力がビジネスやクリエイティブを制すのか?」。今回のイベントでは、名編集者として知られる松永光弘氏・松井謙介氏・金泉俊輔氏の3名がゲスト登壇しています。当日は、会場の下北沢B&Bが貸切となるほどの満員御礼でした。

登壇者プロフィール
金泉俊輔(かないずみ しゅんすけ)
大学在学中からライターとして活動し、卒業後は「週刊SPA!」編集部へ。ライブドア事件の取材を契機にデジタルメディア担当を兼務し、2011年にニュースサイト「日刊SPA!」を創刊。複数のWebメディア創刊に携わり、2018年3月より「NewsPicks」編集長に。

松井謙介(まつい けんすけ)
学研プラス、メディアビジネス部副部長。(株)学習研究社に入社し、ゲットナビ編集部を経て幼児ソフト開発部に異動、絵本などの編集を担当する。2016年頃より雑誌メディアのオンライン化に注力し、企業によるオウンドメディアの立ち上げ・運営のサポートも行う。

松永光弘(まつなが みつひろ)
広告やデザインをはじめ、主にクリエイティブをテーマとした書籍の企画・編集に従事。クリエイターたちに読み継がれる書籍に多く携わり、自身の編集理論をまとめた自著に『「アタマのやわらかさ」の原理。クリエイティブな人たちは実は編集している』がある。

酒井新悟(さかい しんご)
ファッション誌「Boon」の編集を担当後、WEB版「boon web」ディレクターに。2006年にWEB・メディア・デザインを総合的に制作・ディレクションするRIDE MEDIA & DESIGN(株)設立。現在は代表取締役社長として数々のソリューションビジネスに従事。Web Designingにて「一億総編集者計画」を連載中。
 

トークイベントでは、そもそもの大前提としてある「編集1.0」を「職人肌的な力」と定義。そして編集者が紙媒体を主戦場に築き、磨き上げた職人技をWeb媒体と融合させる「クロスメディアの表現力」を求められたのが「編集2.0」だと話します。そのクロスメディア化は進化と深化を続け、あらゆる分野で「新たな3.0時代」の到来が言及される今、酒井氏は「編集者に培われたパッケージ力は、きっと力になる」と指摘します。

今回のイベントでは名編集者として知られる松永光弘氏・松井謙介氏・金泉俊輔氏の3名をゲストに、そもそも「編集力」とは何なのか、「編集力」はビジネスやクリエイティブに応用できるのか、6つの質問から迫っていきます。

 

質問1:それぞれが考える「編集力」とは?

松永光弘氏「組み合わせによって価値を引き出す力」

例えば、「渋谷でハロウィンを楽しむ若者の写真」があるとします。1枚だけだと「ハロウィンの写真」です。でも、隣に「昭和初期の渋谷駅前の写真」を並べるとどうなるでしょうか。

元の写真は「現代の渋谷」という意味になりますよね。では「渋谷駅」の代わりに「飢餓に喘ぐ子どもの写真」を並べるとどうなるか。

今度は、元の写真は「恵まれた子どもたち」という意味になります。写真自体は変わらないのに価値が変わる。この通り、編集とは、組み合わせによって、モノや人、情報から価値やメッセージを引き出す営みなんです。これが昔も今も変わらない編集の原理だと僕は考えています。

松井謙介氏「全体の総指揮を執るプロデュース力」

分かりやすいところでは絵本。作家性が大きくモノを言うのが絵本ですが、どんなお客に届けるのか、そのためには何をテーマにすべきか、ディレクションを担うのは編集者です。印刷所との折衝をするマネジメントも、売るためのマーケティング戦略を練るのも編集者。多くの企業では分業の仕事も、編集者となれば一人の仕事なんですね。となれば「編集力」とは、全体のプロデュース力。そしてお客に売るという最終的な到達点を思えば、ユーザーが何を求めているのか、その価値を読み取る力も「編集力」の根幹と言える気がします。

金泉俊輔氏「自分ゴト化する力とバランス力」

嵐山光三郎さんという、雑誌「平凡」の黄金期を築いた伝説的編集者。彼は小学生の当時、「咲いた、咲いた、桜が○○○」の○部分を埋める穴埋め問題で、同級生の多くが「桜が咲いた」と答える中、「桜が散った」と答えたそうです。このエピソードが物語るのが、「桜が咲いたじゃ面白くないよね?」という発想力。常識的な発想を捨て、自分ゴト化する力ですね。ただし斜に構えすぎても受け入れられず、自分ゴト化の発想と常識的な発想をいかに近づけていくのか、そのバランス感覚も、編集の基礎力かなと思います。

質問2:「編集力」は、どんな場面で発揮されるのか?

松井謙介氏「企業発信のコンテンツ作り」

企業発のオウンドメディアが増加している今、「独自コンテンツが作りたい」という依頼は如実に増えています。しかし、どの企業さんも編集における一連作業をお伝えすると、ビックリされるんですよ。「そんなに面倒なの?」って。しかし編集者である我々は、玉石混交の情報を収集・分析し、そこから企画を立て、コンテンツに仕上げることが編集であり、全てを経なければ読み手に刺さらないことを知っています。それを知らない企業発のコンテンツ制作が増えているので、あらためて編集者の力が発揮される機会が多くなると思いますね。

松永光弘氏「編集で物事を解決する“顧問編集者”の需要」

以前、僕は社会人向けの企画スクールの立ち上げに関わったことがあるんです。学長は放送作家の小山薫堂さん。「企画の学校」と「小山薫堂さん」。それだけで「社会をハッピーにする企画を教える学校だ」と分かりますよね。こういうところにも組み合わせによる価値の引き出し、つまりは編集が生きる。編集の考え方を使えば、社会のあらゆる場面で編集的に価値をつくることができます。 僕自身いくつかの企業でアドバイザーをしていますが、“顧問編集者”のような立場で、編集者はビジネスシーンでも力を発揮できるんじゃないかなとは思いますね。

金泉俊輔氏「編集的目線によるコミュニティ設計」

松永さんのお話を受けるかたちでまとめると、コミュニティですよね。これも松永さんのお話を引用しますが、組み合わせによって物事の価値を引き出し、明確化するという編集作業は、組織におけるメンバー選定にも応用できるし、コミュニケーション設計にも応用できる。クロスメディアの流れが進めば、一つのコミュニティにさまざまな人種が集う組織が増えるのは間違いない。とすれば、メンバー選定における編集力の応用は増すばかり。「編集3.0」の時代においては、編集者的な目線で顧問を務めざるを得なくなるでしょうね。
 

質問3:「編集力」によって成功したエピソードは?

松永光弘氏「既存ネタの生かし方を変えた「新訳『ドラえもん』」」

自分でも思いきったなと思うのは、山崎貴監督による映画「STAND BY ME ドラえもん」の原作本『新訳「ドラえもん」』の編集ですね。映画のストーリーは漫画「ドラえもん」から7話を厳選してつないだものなのですが、元の7話分の漫画を単純に並べても原作本にはなりません。一話完結がくり返されるだけで、1つの大きな物語にはならないんです。だったらと、漫画の一話ごとの間に、思い出を語るようなドラえもんの告白の文章をプラスしました。すると、それぞれの漫画が「ドラえもん自身の回想」という意味に変わって、7つの話につながりが出ます。漫画自体は描きかえずに、文章との組み合わせで意味を変えたんです。出版社のみなさんにはびっくりされましたけど(笑)。

松井謙介氏「ラーメン本の可能性を広げた『Ra:』」

これはサニーデイ・サービスの田中貴さんプロデュースのラーメン本です。田中さんはミュージシャンですから、普通のラーメン本を作っても面白くない。そこでラーメン好きのミュージシャンを集め、ラーメンの歌を制作。付録としてCDまで付けました。すると、これをきっかけに「ラーメン本の作り方が変わった」と話題になりました。しかもラーメン本からライブイベントが企画され、実は今も大きな試みが進行中です。いわば企画本の可能性を広げ、紙媒体がリアルにまで昇華された事例です。

金泉俊輔氏「編集者のコアたる〆切り厳守のポテンシャル」

『Ra:』の成功事例って、編集者として夢があるし、未来的でもありますよね。ラーメン本にミュージシャンという設定そのものがクロスメディアの概念と重なるし、企画や制作のプロセスを専門分野に閉鎖せず、開放していく姿勢こそ、今後のポイントになる気がします。さらに『Ra:』では、編集におけるコアの力も見て取れますよね。それは〆切りを守る力。スケジュール管理とは別の次元に生きる風変わりな人を集め、〆切りを守るための取捨選択をしながら一冊にまとめる。この力も、あらゆる分野に汎用できるはずです。
 

質問4:「編集力」の向上には何をすべきか?

松永光弘氏「常日頃から共通点を探すクセを付ける」

また組み合わせの話ですが(笑)、さっき「渋谷の若者」と「アフリカの子ども」の写真を並べたら「貧富の差」が気になりましたよね。なぜでしょうか。それは「両方とも子ども世代だ」という共通点が意識されたからです。「同じ」がわかるから「違い」が際立つ。編集のベースにはそういう原理があります。編集力は「共通点を読み取ること」から始まる。実はこの共通点がコンテクスト、文脈です。だから、編集力を鍛えるには、例えば書店の新刊コーナーに並んだ本を見て「今の世の中の関心はどこにあるのだろう」と推測するなど、日頃から物事の共通点を考えるクセを付けるといいかもしれません。

松井謙介氏「日常生活にアウトプットの機会を作る」

僕も最初の「編集力とは何か」の話に戻ると、それは読み手が求める価値を読み取る力。そして求められる価値を具現化するのが編集作業であり、具現化とはアウトプットの作業ですよね。例えば「飲み行こう」という話になったとき、「コイツとなら汚い居酒屋だな」と読み取り、店を提案するところまで担う。これって実は、編集と同様のアウトプットです。これだけでも「編集力」は向上すると思います。後は、旅行の際には旅のしおりを作るとか。僕も実践していることですが、お子さんのいる家庭にはオススメの方法です(笑)。

質問5:現在の仕事で必須のスキルとは何か?

松井謙介氏「トランスフォーメーションスキル」

まずはデジタル時代における拡散スキル。料理に例えれば、編集者はおいしく作る調理法は熟しています。しかし今では提供法、すなわち拡散法を選定するスキルも必須です。同時においしく作った料理をどう、デジタル変換するのか。トランスフォーメーションのスキルも欠かせません。例えば参考書なんて、今でも主力は紙なんですよ。その理由は書き込みできるから。タブレットでも可能ですが、未だに使いづらい。するとデジタルへの変換に成功のカギが潜んでいるし、このスキルこそ、今、培うべきだと確信しています。

金泉俊輔氏「マインクラフト型社会に向けた拡散スキル」

僕も松井さん同様、拡散スキルは必須だと考えます。考えますが、今後は拡散の段階に至るまでもなく、情報収集の段階から、ユーザーとの共有が成されていく気がします。これは「テトリス型の思考からマインクラフト型の思考へ」という社会の潮流と一緒で、SNSによって個々が自ずと集団化していく中、どうコミュニティに寄り添うかを考えなければいけない。編集の基礎である職人肌的な、コンテンツ作りに対するクラフトマンシップは守りつつ、新たな情報共有・拡散スキルを考えることが喫緊の課題ではないでしょうか。

質問6:「編集力」はビジネスやクリエイティブに応用できるのか?

酒井新悟氏「応用できる」

ファシリテーターとして、最後に僕がまとめさせてもらいます。答えは「応用できる」が4人の総意です。一つの冊子を作り、販売することは、もっとも小さなビジネスモデル。とすれば、プロジェクト企画や推進、プロダクト制作や販売にも応用できることは歴然です。さらにまとめれば、「編集力」とはユーザーが求める価値を読み取り、それを具現化し、アウトプットすること。このアウトプットにおける職人的な作業とは、制限ある誌面において、5%の情報を掲示しながら、読み手には残りの95%をも理解させることですよね。

この作業の中身が、松永さんの言う組み合わせ力だったり、松井さんの言うプロデュース力だったり、金泉さんの言う自分ゴト化する力だったりするワケですが、5%のみを掲示しながら残りの95%を伝えるには、ユーザーのインサイトに寄り添うことが欠かせません。そしてユーザーインサイトに寄り添うことは、やはり、どんな仕事でも必須。このスキルを当然として仕事をしてきたのが編集者ですから、ユーザーに寄り添うエモーショナルな部分を大事にしていけば、編集者は今後も、存在感を示していけるはずです。

 

「編集力」に関する質問とその回答を通じて、編集の世界にとどまらず、ビジネスマンなら誰しも役に立つ内容が語られていました。本誌連載「一億総編集者計画」でも、ビジネスに活きる「編集力」を引き続きお伝えしていきます。