2019.03.04
一億総編集者計画 Web Designing 2019年4月号
ビジネスマンの企画立案能力 新商品を生み出す「編集」の眼
【今回のお悩み】「上司から今までにないアプリを提案しろ!と言われ、なおかつ、100万ダウンロードを目指せ!と言われるのですが、そんなアプリなんて簡単に企画できないと思うんですよね…」
Illustration: 浦野周平
リサーチによるニーズと、“その周辺”を見る力
計画(1)市場調査は大事。けれども…
今回は、企画立案に役立つ「編集力」にフォーカスします。例えば、企画を考える時に「市場から」という視点は重要です。規模やトレンドを分析する市場調査という既存データを読み取り、ニーズに沿った商品を投下する流れです。ただ、情報が溢れ、類似サービスも氾濫した中で新しい価値(企画)を生み出すのは困難だと感じている人たちがいるのも事実だと思います。
市場調査は大事です。しかし、数字の大小が価値となるメジャー志向だけでは限界があります。以前、ドライブレコーダーの案件を担当したことがありました。当時、市場の拡大は明白でしたが、アプローチの方法に苦労し、結果を出すのにも時間がかかりました。ただ、今から考えると盲点となった普遍的なテーマがあったのでは? と思い返しています。そのテーマこそ「安全、安心」です。煽り運転、高齢者ドライバーなど、車社会が抱える課題まで視野を広げ「消費者が社会とどう関わるか」という事柄を見つけられる可能性があったのです。
計画(2)ニーズのみでなくその周辺情報を集める
名編集者の川勝正幸さん※1は「火の無いところに煙を立てる編集はしたくない」と語っています。自分が刺激や違和感を覚えたものを編集を通して広く伝えたい、すなわち「煙が立っている現象」に目をむける視点が必要だという解釈もできます。若林恵さん※2は、「ニーズという言葉は思考放棄の現れ、自分で答え(企画)を出せないから市場に聞くという価値判断を人に任せる行為だ」と危惧しています。市場やニーズ、ターゲットといった可視化されやすい事柄は大事にしつつも、それだけが本質でないということだと思います。
ではどうすればいいのか。ここで「編集力」の出番です。具体的には、ニーズだけでなく、その周りの情報を収集してみるのです。
前述のドライブレコーダーであれば、ニーズに応える「車好き→ライフスタイル」だけでなく、「車社会で暮らす人」という視点を併せ持つことが企画立案の第一歩だったのかもしれません。もう1つ、私の例を挙げます。以前、「ママ向けの新媒体」をつくるという仕事をしました。それにあたり出生率、教育環境、家族構成などを調査した結果、新規参入は大変だと予測できました。
しかし、「ファッションやカルチャーという視点でどんなママがいるんだろう?」という風に考えていくと、90年初頭からの「ギャル世代」がママになり、育児コミュニティをつくって活動していることがわかりました。そこから、「ギャルママ」という新たなターゲットを見つけ、オンラインの参加型コミュニティも用意したギャルママ雑誌をつくりました。結果、マスメディアからの取材、全国イベントなど大きなムーブメントが生まれました。
※1 川勝正幸(1956~2012)●音楽や映画などポップカルチャー分野で活躍したフリーライター、編集者。
※2 若林恵(1971~)●2000年にフリーランスの編集者として独立。音楽ジャーナリストとしても活動。2012年に『WIRED』日本版の編集長に就任、2017年に退任。
商品(サービス)が「売れる」「知られる」のプロセス
計画(3)誰が媒介してくれるか?どうやって広まるか?
ドライブレコーダーやギャルママ雑誌の例のように、(周辺含め)情報を集め、それをどう編むかという文字どおりの「編集力」が、企画立案において重要なフレームワークになります。そして、もう1つ重要なのは、「伝播の仕方」を考えることです。
ここでいう伝播はSNSやWebでの拡散を狙った単一的なものではなく、伝播の中身という意味です。従来ならどうすれば「見てもらえるか?」「拡散してもらえるか?」と考えますが、「伝播の仕方」とは、ダイレクトに届き評価してもらうことだけではなく、どんな届き方があって、どんな評価があるのかを考えるということです。
例えば、最近再び人気を博しているタピオカドリンクは、女子高生にとっては新しいものですが、20年前を知っている人であれば懐かしい感覚です。さらに発祥の地である台湾からの訪日観光客はどう感じるかなど、どんな人がこの話題を広げてくれるか。そして、媒介者を見出せると若い世代であればSNSと口コミ、懐かし世代であればトレンド消費など、自ずと伝播の仕方も理解できるのです。
媒介者とは、わかりやすい例で言えばアイドルの親衛隊からなる「ファン」をはじめ、個人ではカリスマ店員や読者モデル、ブロガー、インスタグラマーといった具合にさまざまです。
新規アプリのリリースであれば、トレンドとノスタルジック(たまごっち、タピオカなど)を融合させ多種多様な媒介者を巻き込めるアプリや、媒介者と価値ある何かを合わせたものなど、編集視点を持ちながら媒介者がどれだけいるかという発想が可能かと思います。企画立案後の「誰に知ってもらえるか?」「誰が媒介してくれるか?」といった支持されるまでのプロセスを理解することが企画立案には大事だということです。
計画(4)「モノの価値」に立ち返ってみるのも大事
最後は、消費価値という側面から企画立案のヒントがないかを探ってみます。よく耳にするコト・モノ消費というフレーズ。根拠はなくても「モノ消費は終わり。これからはコト消費!」というイメージを抱く人は多いのではないでしょうか。トヨタが車メーカーからモビリティカンパニーへと変わり、モノからコトも含んだ価値を提供する企業が増え、人々の消費価値も変化している事実はあります。ただ、すべてがそうとは言えません。
例えば、2018年にヒットしたペットボトルコーヒー。市場としては成熟しきった缶コーヒー(飲料)ですが、その名のとおり、缶入りだったコーヒーをペットボトルで販売しました。それが異例のヒットになり、職場で時間をかけて少しずつ飲む「ちびだら飲み」というスタイルまで登場し、消費者の行動にまで影響を及ぼしました。モノがコト消費を生み出したわけです。このように商品の力を前面に出した「モノ」という消費価値に再度スポットをあてるのもありかもしれません。
過去の事例や現状の市場といったリサーチもしながら、最終的には不確定要素の多い中での決断や取りまとめが必要となってくるのが企画立案です。今回のお悩みである新しいアプリ開発も同じ工程だと考えます。メディアを立ち上げる際に編集者はリサーチを行います。場合によってはリサーチ会社を入れてデータ整理やグループインタビューなども行います。
ただ、これらの情報はあくまでもヒントであって企画のコアではありません。すなわち、最終的には既存データだけでなく、あらゆる情報を咀嚼し、言語化や可視化されていない事柄を送り出すことが企画立案であると考えます。ファクトとロジックを駆使しながら「編集力」を活かすことが新しい価値観や新しいサービスを生み出すポイントです。