埼玉県立熊谷特別支援学校|MacFan

特集

埼玉県立熊谷特別支援学校

文●神谷加代

成長のための“気づき”をつくる、子どもたちに寄り添ったiPad活用

 

ねらい・方針

●個に合わせた学びをめざす
●12年間の一貫教育

 

iPad選択理由

●充実した教育アプリ&知育アプリ
●アクセシビリティに優れている

 

 

ICT化へのステップ 一人ひとりの「個」に合わせた学びに向けて

埼玉県立熊谷特別支援学校(以下、熊谷特別支援学校)は1967年に、肢体不自由特別支援学校として埼玉県で最初に開学された学校だ。手足などの身体的な障がいや知的障がいがある子どもたちが通っている。同校には、小学部、中学部、高等部が設置され、現在は151名が在籍、小中高の一貫教育で学べるのが特徴だ。

そんな熊谷特別支援学校であるが2013年、県のインクルーシブ教育推進事業で予算が設けられ、教育アプリや知育アプリが充実していたことからiPadを導入した。同校の教諭 内田考洋氏は ICT活用の方針について、「本校では、児童生徒の実態やニーズに応じて、一人ひとりの『個』に合わせた指導を大切にしています。iPadもそれを実践するためのツールだと捉えています」と語る。

iPadが同校に導入された当時、内田氏はまず、筋ジストロフィーという進行性の障がいのある生徒に対して、手づくりのスイッチ教材を使ってiPadを操作する学習を始めた。わずかな手の動きに反応するスイッチをつくり、それを押せばiPadから生徒の好きな音楽や慣れ親しんだ教師の声が聞こえる仕掛けだ。内田氏は、「子どもたちの反応を引き出したくて、スイッチの試行錯誤を重ね、iPadに触れられるようにしました。その結果、生徒はものを見る機会が増え、生き生きとした表情に変わっていった。とても手応えを感じました」と語る。iPadは、子どもたちの“できる”を増やすための有効なツールであることを実感したというのだ。

とはいっても、ただiPadを使えるだけでは十分ではない。学校の全体で価値ある教育活動にしていくためには、なんのためにiPadを使うのかを明確にすることが必要だ。

そこで内田氏は特別支援教育の分野で知られる、障がいの重い子どもの発達段階を教科の視点でまとめたアセスメントや「学習到達度チェックリスト」の項目と、それに対するICT活用や具体的な実践例をまとめて提示した。その結果、多くの教師が児童生徒一人ひとりの発達段階に応じて、どのようなねらいでICTを活用するのがいいのかを共有できるようになり、校内の活用が進んだ。

ちなみに、同校には現在、校内の貸し出し用iPadを24台整備している。また高等部の生徒は、国からの就学奨励費により個人のiPadを購入して活用するケースも増えている。また申請許可を出せば個人のタブレットやスマートフォンなども持ち込み可能だという。

「学校行事のときにiPadを活用した表現活動をすると、保護者が喜んでくれて“家庭でもiPadを使いたい”と購入される方が多いです。よい連鎖反応が生まれていると感じます」(内田氏)

ほかにも、以前からICT活用の研究に取り組んできた同校であるが、iPadは今までの教材に変わる多様性があり、教材作成や活用の幅が広がった。

 

埼玉県立熊谷特別支援学校 教諭 内田考洋氏。専門は美術。肢体不自由の子どもの特別支援教育に9年間携わり、その間にiPadやスイッチ教材などICTを活用した教育を多数実践する。2015年にADEの認定を受けた。

 

授業実践例(1) 一人ひとりの創造性をのばす、表現・制作活動

長年、特別支援教育の分野で図工や美術を担当してきた内田氏であるが、その取り組みは実に多彩だ。確かに、iPadは子どもたちの“できる”を増やすツールではあるが、活用範囲をそこに留めていてはもったいない。工夫次第で、より楽しく、より表現豊かに、子どもたちの創造性をのばすことができる。

内田氏の実践で面白いのは、iPadとロボットを組み合わせたアートだ。体育館や教室の床に敷かれた大きな紙の上を、iPadで操作ができる球体ロボット「Sphero」に絵の具をつけて走らせ、模様を描く。これなら手を動かすことが難しい子どもたちも巨大な絵を描くことが可能だ。しかも紙に表現される模様は、決して手では描くことができない面白い線ばかり。さらには、その描かれた模様を下絵に、絵の具等を使って直接手で描いたり、筆で描いたりして絵を載せていくという。

「子どもたちに白い紙を渡して描いてもらうと、どうしてもこじんまりとした作品になります。しかし、下絵を与えると“この線は羽に見える”とか、“この形が電車に見えるとか”いろいろなものを想起し、インスピレーションを得ることができて大胆に描けるのです」(内田氏)

子どもたちに気づきを与えるためのひと工夫が、創造性を伸ばすといえる。また、高等部の生活単元学習では、地域に目を向けることを目的に地元の民話をモチーフにしたグループによる紙芝居づくりに挑戦した。

まずはSafariを使って、地域にどんな民話があるのかを調べるところからスタート。iPadに入力できる生徒が検索を担当し、集めた情報は読み上げ機能をつかって、登場人物や簡単な話の流れを把握した。その後、選んだ民話を分解して自分たちになりにアレンジをし、誰がどのセリフを読むのか配役を決める。紙芝居自体はPagesを使って、画像や文字をコラージュしながら制作し、最後は紙に印刷して完成させる、という具合だ。

このような表現や制作による協働学習のメリットは、さまざまな活動が入るため発達段階の異なる生徒同士でも、みんなが参加できる場面をつくりやすいことだと内田氏は話す。たとえば、検索を担当する生徒、話し合いをがんばる生徒、食べ物のシーンに興味を示してそれに対して熱心に意見をいう生徒など、生徒の個性が発揮できる。また生徒にしても、たとえ自分ができないことがあっても、なにか関われるものを見つけて入っていきやすい側面がある。

「生徒たちは、みんなの中でかなり意見をいえるようになってきました。友達のことも考えながら配役を決めたり、一緒に画像をコラージュしたり、楽しみながら取り組むことができました」

 

Spheroを使ったロボットアート。絵の具をつけたSpheroを走らせて下絵の模様をつくる。その後は、下絵の模様からインスピレーションを得て、フリーハンドで描く。右写真が完成した作品。

[B-5]表現・制作活動

 

高等部の生徒たちが取り組んだ地域の民話をモチーフにした紙芝居づくり。Pagesで画像をコラージュし、最終的に紙でアウトプットした。発表のときは効果音を使うなど工夫を凝らした。

[C-3]協働による表現・制作

 

 

授業実践例(2) Pagesで作文に意欲、iPadを活かした言語活動

内田氏は現在、国語などの授業を通して生徒の言語活動を充実させることに力を入れている。たとえば、授業の最初にはiPad1人1台で物語の読み聞かせを行ったり、生徒のできる活動で物語が進行するような活動を通して、見たり聞いたり話したりする意欲を伸ばすなど、さまざまな実践が行われている。高等部で取り組まれたPagesを活用した作文もそうだ。ひらがなを書くことはできるが、マスの中やノートに書くことが苦手な生徒に対して、iPadのひらがなのキーボードを用いて作文の個別学習を行った。すると、“iPadなら、やってみたい!”という気持ちが生徒にも芽生え、意欲的に文章をつくろうと励む姿が見られたという。

内田氏は「最初は、主語・述語のない文章を書いていましたが、Pagesにひらがな入力で行うようになってから文法的な指導もできるようになりました。その結果、 “いつ”“どこで”“だれが”などの文章表現も定着し、口頭での話し方も変わってきました」と成長ぶりを喜ぶ。言葉を上手く発することができない生徒には、「Siri」の音声認識を活用して発音練習を行う。Siriが誤認識をしても、間違いを楽しむことができるので言葉の練習が楽しくなる。

 

音声入力で発音練習を行っている。絵カードを見せて、その言葉を発する練習だという。認識させるためには、はっきり話さないといけないが、誤認識でも間違いを楽しみながら学べるという。

[B-1]情報収集・調べ学習

 

 

授業実践例(3)一人ひとりの理解を促すためにiPadを活かす

熊谷特別支援学校では、あらゆる教科の学習にiPadやICTデバイスが用いられている。中でも、児童生徒たちの理解を深めるためのiPad活用は随所に見られる。

たとえば、蚕の観察ではiPadを拡大鏡として活用し、成長の様子を動画に撮影しながら成長記録としてまとめた。iPadは見ること、聞くこと対して、効果的に活用できるツールであるが、拡大鏡を使うことで、1つの画面を見ながら子どもたちが交流しやすい場を築けるのがメリットだ。また、社会体験学習の事前学習では、移動工程の映像を見せたり、おこづかいの使い方をKeynoteのアニメーションで理解したりと、シミュレーションで理解を促した。ちなみに、同校高等部では、校外学習も事前学習で、iPadやiPhoneを使っていろいろと調べもの学習をして活動計画を立てている。また生徒の中には、校外学習で外へ出るときもそれらを持参し、その場でわからないことを調べる。内田氏は「生徒たちはずいぶんiPadの操作にも慣れており、自分で調べて解決する姿も見られます」と語る。

子ども向けプログラミング環境「Coderable Craft」を使った算数の授業では、何をすればどうなるのかといった因果関係を理解するのに活用した。理解できることが増えれば、生徒のいる世界をもっと広げていけるはずだ。

 

蚕の観察に iPadを拡大鏡として活用し、成長の様子を動画に撮影。1つの成長記録としてまとめた。

[B-3]観察・記録活動
[B-4]思考を深めるための学習

 

 

埼玉県立熊谷特別支援学校のICT環境整備状況