淡路市教育委員会|MacFan

特集

淡路市教育委員会

文●神谷加代

学校単位ではなく、教師にiPadを貸与。学校に根づくためのiPad導入とは?

 

ねらい・方針

●特色ある教育の実現
●ICTを活用した授業改善
●21世紀型スキルの育成

 

iPad選択理由

●直感的に操作できる
●セキュリティ面で安心
●他機種よりトータルコストが安い

 

 

ICT化へのステップ(1) やる気のある教師にiPadを貸与する研修員制度

淡路島の北部に位置する兵庫県淡路市は、人口約4万3000人の自治体だ。市内には小学校が12校、中学校は5校あるが(2018年度時点)、この20年間で小学校は12校も減った。そのため同市では、地域活性化の施策として、「教育・観光・企業誘致」を3本柱に掲げ、なかでも企業誘致には、教育の質の向上が欠かせないという考えから、教育施策を改革の最優先事項に置いて取り組みを始めた。

淡路市教育委員会では市の施策を受けて、特色ある教育を実現するためにiPad導入を2012年に実施した。ICTを活用した授業改善に取り組み、21世紀を生き抜く力を育むことがねらいだ。iPadを選んだ理由について淡路市教育部長の西岡正雄氏はこう話す。

「直感的な操作や、バッテリの持ちのよさ、教育系アプリが豊富だったことが挙げられます。2012年当時といえば、今ほどタブレットの種類も多くなくて、他社製品とのトータルコストを比べても、iPadのほうが安価であると判断しました」

淡路市教育委員会のiPad導入で特徴的なのは、端末の配布方法だ。一般的に自治体レベルのタブレット導入は、実証校やモデル校を設けて実証研究を行い、そこから他の学校に端末を配備するパターンが多いが、淡路市は市内からICT活用に意欲のある教師を募り、その者に対して必要な機材一式を貸与する独自の「研修員制度」を考案した。

これについて西岡氏は、「実証校や研究校を決めてタブレットを導入するパターンはよい面もあります。しかし、“みんなで使おう”と呼びかけても、結果的にはICTに詳しい先生ひとりが使うか、誰も使わないでタブレットが保管庫に眠ったままという話もよくあります。これを防ぐためにはiPad導入の最初は、自分から積極的にICT活用を進める教師に使ってもらうのがベストだと判断し、研修員制度を考案しました」と語る。

また財政的な理由で、ICT支援員が配置できなかったことも研修員制度を後押ししたという。

このような形で2012年にiPad導入をスタートさせた淡路市教育委員会。まずは準備期間として「淡路市フロンティアプロジェクト」を実施し、研修員を中心に活用を始めた。また2年後の2014年度からは、iPadの本格導入を盛り込んだ5カ年計画「淡路市タブレット推進事業」をスタートさせ、2018年度までに市内の小学4年生から中学3年生までの児童生徒と教師に対して、iPadの1人1台環境を実施する目標を掲げた。

そして2018年の今年、この目標は達成された。現在、同市では小中学校合わせて約3000台のiPadが稼働しており、小学4年生から中学3年まで、デジタルキャリアノートを通した“切れ目ない学び”の取り組みを進めている。

 

左から淡路市教育委員会 特命参事兼指導主事 吉岡幸広氏、同教育部長 西岡正雄氏、同主査 宇城英稔氏。

 

ICT化へのステップ(2) 教師主導の研修会で、ICTを現場に根づかせる

淡路市教育委員会が実施した研修員制度。最初の年はICTの取り組みを遂行できる意欲ある教師を市内の小中学校から募り、5名の教師を研修員に選んだ。翌2013年は新たに15名、2014年度はさらに50名と、段階的に研修員を増やしICT活用を広げた。

研修員には、iPadやWi-Fiのアクセスポイント、プロジェクタなどiPadを授業で活用する際に必要な機材一式を貸与した。これらの機材一式はすべて研修員に紐付いているため、たとえ研修員が異動になっても、異動先の学校へ持っていくという。

淡路市教育委員会では、研修員制度は教師から教師へノウハウを伝えていくことが成功の決め手になるとし、教師の研修事業にもっとも力を入れた。これについて教育委員会の吉岡幸広氏は、「研修員の教員研修は、教育委員会主導で行うのではなく、小規模グループで教師主体の運営にしました。教育委員会が研修日時や研修テーマを決めるのではなく、それぞれのグループに決めてもらい、教育委員会は講師派遣や資金面、出張許可などのバックアップで支援するようにしました」と語る。とはいえ、最初からこのような形で研修を行っていたのではない。課題が出たのは3年目で、iPadの導入台数が増え始めた時期だ。最初はICT活用に意欲的な教師の集合体であった研修員制度であるが、そうでない教師も巻き込んで進めていく必要性が出てきた。そのため教員研修のやり方を見直し、部会を設けて、少人数で行うスタイルに変更したというのだ。

小学校教師時代に研修員の経験を持つ吉岡氏は「ICTの研修は話を聞くだけでは、“自分もやってみよう”と思いづらく、大勢の研修会になると、どうしても“観客”が出てしまいます。そうではなく、少人数で実際にツールを動かしながら話をしたり、失敗できる環境が大切だと思い小規模の研修会にしました」と語る。淡路市教育委員会では、このような形の教員研修を、実に年50回以上も開催している。吉岡氏は「現実的に考えて、市教委主導の研修会であれば、これだけの回数を実施するのは不可能です。授業改善のゴールに向かって、教師主導の形であったからこそ日々の授業実践につながったと思います」と語る。

また、同市教育委員会の主査 宇城英稔氏も、議会の理解が得られるよう議員を学校に招くなど、本事業に大きく貢献した。「一度でもタブレットを活用して子どもたちがイキイキと主体的に学んでいる姿を見てもらうと“タブレットを使った授業はいいですね”と理解を示してくれました」と同氏。長期的にICT教育が根づくためにはどうすればいいか。淡路市ではこの7年間にさまざまな試行錯誤を繰り返してきたことがわかる。

 

2012年にiPad導入に着手した淡路市教育委員会における7年間の取り組み経緯。iPadやApple TV、電子黒板(プロジェクタ)や無線LANなどのインフラは段階的に整備した。

 

淡路市教育委員会が研修員に貸与した機材一式 ①iPad11台(教師用1台、児童生徒用10台)、②Wi-Fiアクセスポイント、③プロジェクター、④Apple TV、⑤タブレット保管庫

 

淡路市教育委員会が行っている教員研修の様子。少人数で実際にiPadを動かしながら実践的に行われているという。

 

 

授業実践例(1)まずはiPadにあるアプリで授業を実施

淡路市教育委員会の「研修員制度」で選ばれた研修員の教師は、どのようにiPadを使い始め、活用範囲を広げていったのだろうか。これについて吉岡氏は「カメラやKeynote、Safari、iMovieなど、iPadに最初からあるアプリを使うだけでも授業を変えていくことが可能だと考えています。まずは、“あるものを使っていこう”“無料アプリを使おう”というスタンスでiPadの活用を始めました」と語る。

活用事例でもっとも多いのは、カメラやApple TVを活用した“見せる”ための使い方だ。一斉授業の中で教科書に載っている小さな資料を拡大表示したり、観察記録として撮影した写真を全員で共有するなど、映像の活用は児童生徒の興味・関心を高め、理解を促すのに有効だ。また授業の終わりに板書を写真に撮って保存し、次の授業のときに前時の振り返りとして活用する教師もいるという。学習内容の記録としてもさることながら、児童生徒にとって学習過程をつかみやすいメリットがある。

ほかにも、吉岡氏は「机間巡視のときに児童生徒のノートをiPadで撮影し、それを黒板に写すのも、淡路市では当たり前のように見られる光景です」と話す。児童生徒が、黒板に移された自分のノートを指差しながら発表する場面もあり、アウトプットの場を多くつくることができる。一般的に多くの学校では、児童生徒が黒板に自分の答えを書き写す姿が見られるが、淡路市ではその時間を短縮し、発表の時間を長くすることができるというわけだ。

Safari を使った調べ学習も研修員の実践で多い。小3社会では電話や炊飯器など生活用品の歴史を調べたり、同じく小3の理科では自分が興味を持った草花や昆虫についてネットで調べた。小3といえば、まだローマ字入力に慣れていないが、音声認識機能「Siri」を使って情報収集をすることが可能だという。また中学生においては、進路に関する情報収集や入試問題の傾向を調べたり、その一方で、入試や高校に関する情報が氾濫している事実と向き合い、情報の取捨選択の重要性を学んだりもする。

本で調べられる内容を、なぜネットで行うのか。1つには情報リテラシーの育成があるが、それ以上にメリットであるのは、ネットでの調べ学習は短時間で多くの情報を集められることだという。

ほかにもKeynoteで自作教材を作成する教師や、iMovieで説明動画をつくる教師もいる。このように淡路市ではiPadのアプリをメインにした日常的な活用が進んでおり、小中学校・特別支援合わせて、ほぼ全教科でiPadの活用事例がある。

 

児童が書いたノートをiPadで撮影し、それを黒板に映写。児童がそれを見ながら説明している場面。わざわざ黒板に答えを書き写す手間を省き、テンポのよい授業へつながっている。

 

小3理科「身近なしぜんのかんさつ」の単元でSafariを使った調べ学習。ローマ字入力に慣れていないため、音声入力で検索。ネット上の画像を使いながら、みんなの前で発表した。

 

Keynoteで作成した「同音異義語」のフラッシュカード。淡路市では、児童生徒が情報収集した内容をKeynoteにまとめ、プレゼンテーションする活動も多い。

[A-1]教員による教材の提示
[B-2]情報収集・調べ学習
[B-4]思考を深めるための学習

 

 

授業実践例(2) 児童生徒の主体性を伸ばす多様な協働学習

淡路市の小中学校では、iPadを活用した協働学習も頻繁に行われている。与えられたテーマや課題について、グループでSafariを使って情報収集し、調べた内容をKeynoteにまとめて発表したり、グループで協力しながら1つの作品をつくり上げる表現・制作活動などがそうだ。

たとえば、中学の英語の授業ではデジタル紙芝居の作成や、iMovieを使った英語の動画制作に取り組んだり、小3社会ではKeynoteを使ったグループ新聞づくりなども行われた。

ある小3総合の授業では「3年生の思い出をつくろう」をテーマに、今まで撮った写真を使ってiMovieで動画編集に挑戦した。この活動では3年生は1人1台で動画編集を行うが、6年生がiMovieの使い方を教えるという協働学習のスタイルをとった。6年生から教えてもらうことでお互いの意欲が高まり楽しい学習へと発展したという。また、小6体育の「走り高跳び」の授業では課題解決を重視した協働学習が行われた。この授業のポイントは、アスリート経験を持つ教師が作成した動画を見ながら、グループで練習内容を決めて取り組むことだ。教師が作成した動画は「助走」「踏み切り」「空中動作」「着地」のパートごとに分かれており、練習方法をまとめたKeynoteから児童がいつでも確認できるという。

グループの練習では、児童たちがそれぞれの実技をカメラで撮影し、それを見ながらできなった部分や改善点を話し合った。撮影した動画をスローで再生し、“もっと後ろの足を上げて”“踏み切りの位置はもっと近いほうがいい”など活発に意見を言い合ったという。

また、それでもできないときは、手本の動画を何度も見ながら、自分たちのフォームと異なる点を探した。“動画を見たら、最後の3歩のリズムが遅かったから、最後の3歩に気をつけて跳ぶようにした”と課題解決につながる気づきを、児童たちが見つけていったという。

ほかにも、課題を克服するために、足を上げる練習をしたり、マット上に着地点をつけて、そこをめざして跳んだりと練習方法を自分たちで改善する姿も見られた。iPadがなかった従来の授業であれば、教師が手本となって実技を披露し、児童たちは一瞬の動きを思い出しながら取り組むしかなかった。iPadを使うことで、児童たちが主体的に取り組む環境を築いているといえる。

このような授業について吉岡氏は、「“今まで指導の限界だと思っていたことでも、iPadを使うことで可能になった”と話されている先生がいます。ICTを使うことで、まだまだ指導できる範囲は広がるのだと考えています」とその効果のほどを語る。

 

中学2年英語で実施されたデジタル紙芝居づくり。本文の場面を4つに分け、各自で挿絵を書いて、音読を録音する。もっと感情を込めて読もうと主体的な姿も見られた。

 

友達のフォームをiPadで撮影する。どこから撮るのが課題を解決するために効果的なのかも考えて撮影を行うという。最初の動画と比較することで、児童たちは自分の成長を実感できる。

 

教師が作成した手本の動画を何度も確認する児童たち。自分たちのフォームとどこが違うのか。気づいた点を話し合う。動画をスローで再生することで、児童たちの気づきも多い。

[C-3]協働による表現・制作
[B-3]観察・記録活動
[B-1]個に応じた習熟度学習・繰り返し学習

 

 

授業実践例(3)学校を超えてつながる学びの場を実現

淡路市の実践事例で注目したいものは、クラス・学校・地域を超えた学習だ。淡路市に限らず、全国多くの地方自治体は人口減少の課題をかかえており、学校の統廃合や教師の確保など、教育の質を維持するための対策が迫られている。その課題解決の1つの手段としてICTは有効であり、学校外のつながりをつくることで新たな学びの場をつくることができる。

実際に、淡路市でもその取り組みは始まっている。小学3・4年生の社会の授業では「淡路島のよさを伝えよう」をテーマに、兵庫県西宮市の小学校と一緒にビデオ通話Skypeを活用した、遠隔の交流学習が行われた。西宮市の児童から淡路島に関する質問が投げかけられ、それを受けて自分たちが調べた内容を発表して伝えるというものだ。SkypeやiPadを活用した遠隔授業は、思った以上に準備の手間がかからないのがメリットだ。少々、会話にはタイムラグが生じたというが、児童同士は実際に顔を見ながら、親近感を持って授業に取り組んだという。

また小学5年生の外国語活動でも、Skypeでインドの小学校とつながり、英語による異文化交流体験を実施した。お互いに英語で自己紹介し、日本の伝統的な遊びを紹介したり、それぞれの国について質問し合うなどの活動を行った。児童たちはこの日に向けて、iPadで毎日のように英語の発音練習に取り組んだという。なかには、休み時間も自主的に練習するなど、意欲的な姿が見られた。また同年代の外国人との交流を通して、英語の持つ可能性を実感し、その後の外国語活動も主体的に取り組むようになったというのだ。

ほかにも、小学3年生の社会では、「地域で受け継がれてきた文化財や年中行事を調べる活動」をテーマに、地域の神社の神主とつながり調べ学習を行った。本来であれば、児童たちが神社に赴いて、神主から直接話しを聞くのが一番よい方法ではあるが、児童数が多いことや、神主とのスケジュール調整が難しかったことから、動画のやりとりで交流学習を行った。具体的には、児童たちが神主に聞きたいことを動画に撮影して送り、その質問について神主が答える姿を動画で撮影し返信してもらうというもの。これにより、動画越しではあるものの、地域の祭りがなぜ開催されているのかなどについて、地元をよく知る人の声を直接聞くことができた。地域に対する理解を深めるのにも有効だったようだ。

今後も淡路市では、専門家や研究機関とつながり、学校外の学びを充実させていく考えだという。

 

西宮市の小学校とSkypeを活用して遠隔の交流学習を行った様子。相手校とはSkypeIDさえ交換すれば通信可能なので、準備に手間がかからない。相手校もiPadの場合は、もっと簡単に取り組める。

 

インドの小学校と異文化交流体験を行ったときの様子。テレビにインドの子どもたちが映し出されたときは、児童から大きな歓声があがった。この日に向けて毎日発音の練習をしたという。

 

地域の神社の神主との、動画のやりとりを通した交流学習。児童が神主に聞きたいことを動画にして送り、神主がそれに対して返答するところを動画で返信してもらう。

[B-5]クラス・学校・地域を越えた学習

 

 

淡路市のICT環境整備状況