2018.09.10
“学校で学ぶ価値はなにか” iPadが浮き彫りにした新たな学びの課題
ねらい・方針
●生徒の生活の質向上
●これまでの価値観を変える
●いつでもネットにつながる環境をつくる
iPad選択理由
●安全面
●性能面
●操作性
ICT化へのステップ(1) 先生の価値観で使わせない。iPadは自由に!
iPad導入校の中で圧倒的な知名度を誇るのが近畿大学附属高等学校・中学校(大阪府東大阪市 以下、近大附属)。同校は総学級数96学級、高校生2764名、中学校880名、さらには教職員だけでも299名が在籍する大規模校だ。現在、中高合わせて4000台ものiPadが稼働している。
そんな近大附属は2013年、新高校1年生1048名全員を皮切りにiPadの1人1台を実施した。同校はそれまで電子黒板やプロジェクタの設備も皆無でICTの取り組みに関して遅れていたというが、iPadは学校に変革をもたらすと考え、校内の少数のメンバーで検討を始めたという。その当時から深く関わる同校教諭 ICT教育推進室室長 乾武司氏は「iPadを導入して、生徒の生活の質を向上させたいと考えていました。私自身もiPadやiPhoneを使うようになって、生活が大きく変わり、いつでもインターネットにつながるメリットを感じていたからです」と語る。
とはいえ、ただiPadを導入して使うだけでは効果が高まらない。そこで近大附属はiPad導入を機にすべての教育活動のインフラとしてiPadが活用できるよう、クラウド型の教育機関向け情報共有・学習支援ソリューション「CYBER CAMPUS」を導入した。これにより生徒や保護者に対して、教材や書類の配信、連絡事項の伝達、スケジュール管理、アンケートなど、多くの情報がデジタルで扱えるようになった。iPadの活用範囲が広がるとともに、生徒や保護者の利便性も大きく向上した。
そもそも同校がiPadを選択した理由はなにか。乾氏は安全面・性能面・操作性などを考慮してiPadを選択したというが、それに加えて「高校生は感性が育つ時期だからこそ、iPadのような高品質でクリエイティブなデバイスを使ってほしかった」と語る。デジタルネイティブの生徒たちは普段からITデバイスに親しんでいるため、クオリティには敏感であり、価格重視で選んでは学校のデバイスを使いたがらないかもしれない。
もう1つ、iPad導入時にこだわったことがある。iPadの運用ポリシーだ。多くの教育機関では、生徒がなにかトラブルを起こすかもしれないという理由で生徒が使う端末には機能制限を設けるのが一般的だったが、近大附属はアプリのダウンロード、WEBサイトへのアクセス、検索など、iPadに機能制限を設けず、生徒による自由な使い方を認めた。これについて乾氏は、「iPadは今までと同じ価値観で使ってはいけないと考えました。これだけ汎用性の高いデバイスを与えれば、生徒から“遊び心”が生まれるのも当然で、学習用ツールとしてではなく、生活全般において自分のものとして使えることが大切だと考えました。友達との写真があったり、お気に入りのアプリが並んでいたり、生徒は自由な環境で使う。先生の価値観で使わせてはiPadの魅力が発揮されないと思っていました」と語る。
ICT化へのステップ(2)検索で見つからない答えに学びの価値あり
もちろん、このような考えに対して校内からは反対もあったという。しかし当時の管理職は、乾氏の考えを後押しした。その結果、近大附属からはさまざまな実践事例が生まれ、2016年にはApple Distinguished School(ADS2014-2016)にも日本で初めて選ばれた。
生徒が自由にiPadを使える環境は、やがて日々の授業にも影響をもたらした。近大附属は200名近い教師に1人1台のiPadを配備しているが、反転授業やアクティブ・ラーニング、無料オンライン講座「iTunes U」の利用、学校課題解決型学習、海外教材の利用など、実に多様な実践に取り組む教師が増えた。
「iPad導入当時から、教師が試行錯誤しやすい環境であったことがよかったのかと思います。生徒も、教師も自由に使える環境なので、教師が使いたいと思ったアプリや試したいことを、すぐに生徒に伝えてトライできる環境にありました。もしiPadが厳しく規制されていたら、いちいち制限を解除したり、アクセスできないサイトがあって面倒ですからね。またなによりも生徒たちが自由に楽しくiPadを使う姿を見て、教師自身が自分の授業を見つめ直したり、先生の役割を考えるようになったことが多様な授業へつながっていると思います」(乾氏)
iPad導入から6年が過ぎた近大附属。今やiPadがあるのは当たり前になり、生徒も教師もごく自然に使っているという。その一方で、同校は正解がひとつとは限らない問題に対する課題解決力の育成をより重視するようになった。
「インターネットでいつでも知識にアクセスできるようになった今、“学校でしか学べないことはなにか”“仲間と一緒でなければできないことはなにか”など、リアルな学びの場における価値を考えるようになりました。ICT活用が進む海外の教育機関は、Ungoogleable Question(グーグルで検索しても答えを探すことができない問題)を大事にしていると聞きますが、まさにこれからの学校は、生徒にこのような問いかけをしていかなければと思います」(乾氏)
その具体的な取り組みの1つとして、同校では学校行事を課題解決型学習の範疇として捉え、生徒に委ねるようにした。たとえば、文化祭や校外学習、修学旅行なども自分たちでアイデアを出し合い、企画・運営を行う。今まで教師が仕切っていた入学希望者対象のオープンスクールも、ボランティアを募集したところ200名もの生徒が集まり、企画・運営・会場設営などすべてを生徒たちが行った。ほかにも、英語教育を手がけるECCとコラボし、英語アプリ「おもてなcityへようこそ!」を活用した課題解決型学習としての校外学習インタビューイベントなど、取り組みをさらに広げている。
左から近畿大学附属高等学校 教諭 大場錦志郎氏、千川慶史氏、そして乾武司氏(Apple Distinguished Educator 2015)。近大附属は教師だけで200名規模。若手教師が発足した研修会もあるなど、取り組みが盛んである。
授業実践例(1) “手描き”で感化するクリエイティブな学び
生物と化学を担当する乾氏は、生徒が知識を体系的に習得できるようiTunes Uなどで自学自習の環境を用意しているが、授業では “学校でしかできないこと”を強く意識していると話す。具体的には、協働学習がその1つだ。たとえば地質時代の単元では、古世代、中世代、新世代など12ある時代区分を2人1組のグループにそれぞれ割り当て、クラスで1つの図鑑をつくる協働学習を行った。
最初に取り組んだのは知識のインプットだ。与えられた時代区分について、その時代に起きた環境的なトピックを可能な限り調べ、その内容をプレゼンテーションで発表する。生徒たちは図書館へ行ったり、iPadを使ってネットから情報収集するなど、自分で手段を選択して調べた。これについて乾氏は「教師のフィルタを通して知識を教えるのではなく、生徒がネットや図書館を利用しながら、自分で知識を獲得することを重要視しています。これをすると必ず教科書の内容や教師の予想を超える生徒が出てくるのですが、それがねらいです」と語る。教師が板書を書いて知識を教えるスタイルと、生徒が自分から知識を取りにいくスタイルとでは圧倒的にノートに記録する量が異なり、インプットの質が高まるという。
続いては、調べた内容をプレゼンテーションし、その後は紙のノートやiPadを使って図鑑作成に取り組んだ。めざすべきは、“イラストを用いたカラフルな図鑑”。生徒たちは与えられた紙に色鉛筆やカラーペンを使って描いたり、iPadで下絵を描くなど、個性あふれる図鑑づくりに挑戦した。最終的には、全員分をPDFファイルで1つの図鑑にまとめ、生徒全員に配布した。
乾氏はこの活動について、「生徒にはいろいろな表現ができるようになってほしい」と語る。図鑑はその1つの形であり、情報を精査し、レイアウトや見せ方を考え、グループの最高値をめざすようなクリエイティブな活動に挑戦してほしかったというのだ。
「このような活動をすると、イラスト1つにしても生徒の創意工夫が見られ、教師が思いもよらない方法で学んだ知識をアウトプットする生徒が出てきます。生徒の個性が詰まった図鑑を皆の手元に残しておけるのもよく、生徒にとっても印象に残る学びにつながると考えています」(乾氏)
生徒が互いの個性を発揮できる場をつくると、それは自ずと学校でしかできない学びにつながる。クリエイティブな活動はその1つであり、今後さらに重要性が増すと乾氏は語る。
[B-2]情報収集・調べ学習
[C-1]発表や話し合い
[C-2]協働での意見整理・まとめ
[C-3]協働による表現・制作
授業実践例(2) 教師が挑戦する姿が、よい影響をもたらす
「授業で常にiPadを使うのではなく、生徒が自由に使える環境を用意することが大事だという意識をもっています」、そう語るのは、近大附属高校で社会科を担当する教諭 大場錦志郎氏だ。同氏はこれまでもiPadやジグソー法を取り入れた協働学習、生徒が教える授業など、さまざまな実践を重ねてきた。
同氏は高2地理で、扇状地や三角州、河岸段丘など10種類の小地形を学ぶ単元で、「買いたい土地のベスト5とワースト5をランキングしよう」というテーマで協働学習を行った。同単元は昨年まで、生徒がどれか1つの小地形を選び、ジグソー法で発表し合っていたが、それだと自分が調べた部分以外の知識が定着しづらいことが課題であったという。そこで、今年は前出のようなテーマに変更し、すべての小地形を理解しなければできない“ランキング”というアウトプットに挑戦した。
ランキングをつけるとなると自分ごとになりやすいのか、生徒たちは熱心に調べた。資料集だけでは情報が足りず、ネットでも調べて、グループごとにランキングをつけた。大場氏は「生徒たちが出したアウトプットは私の予想を超えていて、なかには小地形だけでなく、その土地の気候や農産物など他の指標も加味してランキングにまとめたグループがありました。“この視点で捉えたか”と驚きましたね」と語る。いつも授業では、相手に伝える表現が大切だと話している大場氏。生徒たちが説得力とオリジナリティ溢れるアウトプットができたことに手応えを感じたと話す。
また、歴史の授業では演劇を取り入れている大場氏。たとえば明治維新では、同時代で活躍した偉人を選び、伝記を読んで人物像を理解。その後、グループで史実に基づく劇をつくった。もちろん、劇の制作は演者や動画編集、脚本など役割分担で進める。大場氏は「歴史の学びは、自分の人生にどう活かすかが大事だと考えています。偉人の考えや生き方を知り、自分が人生で困ったときの相談相手になればいいなと思っています」と語る。歴史に主体的に取り組む価値を生徒たちにも実感させる。劇はその手法として有効だというのだ。
ほかにも、大場氏はさまざまな挑戦を続けている。地理の授業ではスマホとVRを活用して地形の学習を行ったり、地理の得意な生徒がミニティーチャーになって教えるグループ学習も実践中だ。大場氏は「iPadのよさは、生徒が自分で発信する機会をつくり、教師を超えていけることだと思います。またiPadが生徒に変化を与えるのではなく、教師が新しいことに挑戦する姿が、結果として、生徒にもよい影響を与えると捉えています」と述べた。
[B-4]思考を深めるための学習
[C-1]発表や話し合い
[C-2]協働での意見整理・まとめ
[C-3]協働による表現・制作
授業実践例(3) 生徒の多様性を認めることがなにより大切
近大附属高校で生物を担当する教諭 千川慶史氏は、「iPadの活用では、生徒が前向きなれるマインドセットを重視しています」と語る。というのも、iPadは生徒の強みを引き出せるのがメリットだと同氏は考えているからだ。そのため授業では、教師が使うことよりも、生徒がいつでも使える環境であることを大切にしているという。
千川氏は、iPadで動画教材を見たり、教科書を使ったりしながら、情報を収集してまとめるノート作成の宿題を毎回与えている。授業では、その宿題をチェックし、その後、自分がまとめたノートを見ながら小テストに取り組む。一方、授業ではライブ感を大切にし、ディスカッションや実験を多く行うようにしているという。
授業でのライブ感とは、どのようなものか。たとえば自立神経の単元であれば、人間の今の気持ちを図ることができるアプリ「ココロロ」を使って、その仕組みを考えた。千川氏は「授業で教えるためにアプリを使うのではなく、生徒に疑問を与えられるアプリを使うようにしています」と語る。
ほかにも千川氏は、生徒たちが自分たちで実験を進める協働学習を実施している。実験のテーマを生徒に与え、あとは自分たちで調べるべき事象や実験計画、必要なものや手順などを考え、最終的にPagesでレポートにまとめた。「失敗してもいいので、自分たちで考えた実験をやってほしいと思っています。もちろん、必要以上に時間がかからないよう実験計画を途中で確認しますが、学んだ内容が生徒の手元にデータとして蓄積されることがメリットだと考えています」と語る。
ちなみに千川氏は、近大附属がiPad導入を実施した当初、取り組み自体を反対していたそうだ。「ところが実際に触ってみると、特になにかを変えるつもりでやってきたわけではないですが、気づいたら変わっていました」と同氏は述べる。当初は、映像やイラストを使って“伝える”ことにメリットを感じていたが、3年目では時間短縮が可能になり、4年目に入ると、自分の好きなことができるツールに変わったというのだ。
生徒も同様だ。iPadを使うことで生徒は自分の強みを発揮できるようになった。たとえば、プログラミングが好きな生徒にSwift Playgroundsを教えたら、1週間で全部をクリアし、最終的に情報学科の道を選んだり、ゲームの好きな生徒に遺伝子配列のゲームを教えたら最高得点をマークしたりと、iPadは今まで隠れていた生徒の強みを見せてくれる。
「iPadは生徒が夢中になれるものがいっぱいあるので、教師が生徒の多様性を認められるかが課題になると思います」(千川氏)
C-1 発表や話し合い
C-2 協働での意見整理・まとめ
C-3 協働による表現・制作