教育・医療・Biz iOS導入事例

ITの利活用によって「介護本来のあるべき姿を」

文●木村菱治

介護事業を行う株式会社グレートフルでは、iPadを活用することで人材と時間の有効活用を図っている。スタッフが本来の対人支援業務に集中できるようになったことでサービス品質が上がり、仕事にもやりがいが生まれる。離職したスタッフは、7年間でわずか6人。そこには経営者、スタッフ、利用者の3者が満足する理想のカタチがあった。

業務をiPad化して”分離”

岩崎英治氏が経営する株式会社グレートフルおよびメディカルアシスト株式会社は、埼玉県を中心にケアプラン、通所介護(デイサービス)、訪問介護の介護事業を行っている。そのうち、デイサービスと介護計画書(ケアプラン)を立案するケアマネージャーの主要スタッフはiPadを用いて、介護事業の"業務効率化”を図っている(訪問介護については導入予定)。

福祉サービスに"業務効率”という言葉は相容れないと感じる読者がいるかもしれないが、実は福祉サービスこそ、業務効率の改善が待ったなしの喫緊の課題になっている。

「私たちの本来の仕事は対人支援業務です。でも、作成しなければならない紙書類が多すぎるんです。それに追われて、本来の業務をする時間が取れなくなっていました」

デイサービスをはじめとする介護事業では、1日の出来事を記録する業務日誌や利用者の同意書、介護計画書、利用者ごとのサービス実施記録などさまざまな書類を作成する必要がある。この負担を減らし、なおかつ”活用できる記録”にするにはどうしたらいいか。岩崎氏が辿り着いたのが、iPadと介護保険請求ソフト/アプリ「カイポケ」(株式会社エス・エム・エス)を導入することだった。

「ITの力で業務効率化を行うというよりも、まずは本来の仕事である対人支援業務と、事務作業を分離したかったのです。介護スタッフは介護の仕事がしたくて入社してくるのに、事務作業に追われて本来の仕事ができなくなっていました。iPadでデジタル化を行ってからはこうした負担が大きく減りました」

また、紙書類のiPad化は、デイサービスでの安全性にも寄与することにつながった。これまで紙書類を記入するには、利用者がいるフロアを離れて、事務室のデスクに向かうしかなかった。しかし、デイサービスの安全には「生きた目」の数がきわめて重要なのだという。利用者がつまづいて転倒する。そのような小さな事故が、骨折、寝たきりといった大きな問題に直結しているからだ。

「多くの紙書類をなくしたことで、記録はフロアにいたままiPadに短時間で入力できるようになりました。入力をしているときも、利用者の行動を見守ることができるのです」

 

 

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居宅介護支援や訪問介護、通所介護の事業を行うグレートフル(http://www.akebosigroup.com/)。そのうちの1つ、埼玉県上尾市にある「あけぼしデイ&リハ」には、毎日40人程度の利用者が訪れ、デイサービスを受けている。

 

 

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介護事業を運営するグレートフル、メディカルアシストの2社を経営する岩崎英治氏。座右の銘は「道徳を忘れた経済は罪悪である。経済を忘れた道徳は寝言である」。

 

 

経営とサービスの質を両立

多くの人が意外に感じるかもしれないが、介護事業者間には競争がある。特に民間の事業者の参入が増えてから、競争は厳しさを増している。2015年の介護事業者の倒産件数は前年の40%増。閉鎖されるのは小規模事業者が中心だ。スタッフ離職率も他業種に比べて高止まりしている。

そうした中、今求められているのは経営力であり、「スタッフに数字意識をもってもらいたい」と岩崎氏は語る。福祉事業とはいえ、民間企業。サービスを継続していくうえで、利益を出していくことはきわめて重要だ。しかし、利益優先主義になってしまっては、なんのために福祉事業を行っているのか、企業のビジョンを失ってしまうことになる。「ですので、スタッフが自然に数字意識をもってもらえるようにITを活用しています」。

カイポケには、当日の来所予定者のリストが表示されるので、あとは「来所」「リハビリ」「入浴」など、行ったサービスをタップ入力していくだけで、必要な請求書類を自動作成してくれる。これまではスタッフが事務室に閉じこもり、紙に記入された記録を集めて、それを請求ソフトに入力しなければならなかった。ゆうに1、2時間はかかる作業だという。カイポケを使うと、この作業が不要になり、同時に事業所の売上集計にもなる。岩崎氏は、この日次の売上をスタッフにも開示している。

「他のデイサービス事業所の売上も毎日見ることができます。それでスタッフに、あっちの事業所が頑張っているから、うちも努力しようという気持ちを自然に持ってもってもらいたいのです」

また、カイポケを利用することで、サービス品質を向上したいという狙いもある。要介護者は、ケアマネージャーのアドバイスを受けながら、どのデイサービスを利用するかを自由に選択できる。多くのデイサービスが体験・見学という仕組みを用意しているため、自分でサービスの質を確かめることもできるし、家族が見学をすることも可能だ。サービス品質の低い事業所は、あっという間に”顧客”がいなくなり、経営が難しくなってしまうのだ。

そのため、グレートフルでは事業所の責任者は、各家庭を訪問しての契約、ケアマネ事務所、病院への営業活動などで外出する時間も多い。実働時間の1、2割は外出での活動になるという。「iPadを持っていくことで、事業所の状況がリアルタイムに把握できるということがとても役立っています」。利用者の家族から何かの問い合わせがあったときに、責任者が「今、外出先なのでわかりません」とは答えられない。でも、カイポケのリアルタイムデータを見ることで、ほとんどの問い合わせに応じることができるのだ。

この「売上とサービス品質」は、福祉、教育などの世界ではしばしば二律背反であるかのような見方をされる。岩崎氏は、まったくそう考えておらず、むしろ両立できる環境をつくるのが経営者の仕事だという。グレートフルでは、縦グシ・横グシの管理体制を敷くことで、この両立を可能にしている。縦グシはブロック長。いわゆる地域の通所介護、訪問介護、ケアプランすべてを統括する責任者で、ブロック長間で売上を競い合う。それだけでは、売上至上主義になってしまうので、横グシとして通所介護、訪問介護などのサービスごとの部門責任者がいて、サービスの質を管理している。

 

 

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株式会社エス・エム・エスが提供する介護保険請求ソフト/アプリ「カイポケ」(http://www.kaipoke.biz)。導入実績は現在約1万6000箇所を数える。

 

 

驚異の低離職率から好循環へ

岩崎氏がここまで経営に神経を使うもう1つの理由には、やはり人材問題がある。介護の世界は常に人手不足。介護を志望する若者が少なくなっている。介護の世界に飛び込んでも、仕事がきつく、待遇が低いため、離職をしていくということがよく言われる。岩崎氏はこの悪循環を断ち切ろうとしている。そのためにスタッフにも数字を意識してもらい、経営感覚を持ってもらいたいのだ。

「給与は、業界の平均より少しいい程度です。でも、賞与は業績に応じて、できる限りスタッフに還元しています。業界平均の2倍から3倍程度はあると思います」

責任者になると、業界水準よりも高い賞与が払われる例も普通にある。もちろん、額は売上成績に連動する仕組みだ。そのため、グレートフルの離職率は驚くほど低い。この7年間で離職したのはわずか6名だ。

「私が目指しているのは『業務効率』ではありません。『時間の有効活用』『人材の有効活用』です」。スタッフの手間のかかる作業時間を減らし、対人支援業務に集中できるようにする。スタッフは、その仕事がやりたくて、介護業界を志望してきたのだから、思いきり仕事をすることでやりがいを感じることができる。そして、頑張りに応じて待遇もよくなっていく。その結果、利用者に対して質の高いサービスが提供できる。今、グレートフルでは、ITの活用によって自然な好循環が生まれている。

 

 

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デイサービス用のカイポケの画面。当日の利用予定者が一覧され、「利用」「入浴」などのサービスを実施するたびにタップ入力していく。これだけで、請求書類が自動作成される。クラウドサービスなので、他のiPad、iPhone、WEBからもリアルタイムで状況を知ることができる。

 

 

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介護請求に関する事務作業は、iPadアプリのカイポケを利用することでサービス中にタップをするだけで、自動的に請求書類が作成できる。事務室も備えられているが、ほとんど使わなくなったという。

 

 

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カイポケは、利用者管理からアセスメントやケアプランの作成、利用票提供票の作成、国保連合会への伝送請求などが可能だ。デイサービスのほか、居宅介護、訪問介護、訪問看護などにも対応している。



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