「声」で心と身体を測定する攻めのメンタルヘルス|MacFan

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「声」で心と身体を測定する攻めのメンタルヘルス

文●山脇智志

スマートメディカルが示す医療の未来は、その社名が表すように、「スマートフォン時代の健康」だ。生活に寄り添うデバイスが見せてくれるのは、自分ではわからない自分の本当の姿である。メンタルヘルスにおいて新たなパラダイムシフトを予感させる「声」を使ったテクノロジーとサービスについて聞いた。

人に寄り添うヘルスケア

スマートメディカル株式会社は、医療やヘルスケアをより私たちの生活に近いものにしてくれる新時代のヘルスケア企業だ。「スマート」の名を掲げる同社は、それを体現する2つの事業体から構成されている。

1つ目は、リアルな医療施設を企画および設立して運営するPCC事業である。その特徴として、人が往き交う駅や百貨店、さらに銀行などの場所に医療施設を設置することで来院してもらいやすくしている。この背景には、現代の病気がウイルスなどによって発病し蔓延するものではなく、普段の生活の中でさまざまな要因に起因する生活習慣病が多くなっていることがある。そこで、定期的な診察を行うことで、病気の発生を症状の軽いうちに発見したり、定期的な診断をデータとして蓄積することで、より個別化された医療を実現していくことにつなげていく。

そして、2つ目がICT技術をベースに最新のヘルスケアサービスを提供するICTセルフケア事業。「旧来の医療・医療サービスにおいては、現場に来る人への対応しかできませんが、ICTを活用することで幅広い人々に医学界の知見や、その知見を生かして作成したセルフケアツールを配信することができます」と同社WEBサイトにも説明があるように、普段の生活を念頭においた「人に寄り添うヘルスケアサービス」をテクノロジーを使うことで目指すものだ。

このICTセルフケア事業のサービスの中核となっているのが、人の声から気分を測定する「エンパス(Empath)」だ。同事業部を率いる取締役・ICTセルフケア事業本部長の下地貴明氏はエンパスについて次のように語る。

「エンパスは『共感する』の英語である『empathy』から名づけました。約4万人の音声データを実際に収集し、その声から『怒っている』『悲しんでいる』などの感情に紐付いたデータを作成します。それらを音声信号処理して感情を推定するエンジンとして出来上がったのがエンパスです。私たちはこれがメンタルヘルスケアに利用できるのではないかと考え、2014年にサービス化しました」

心と身体の「パーソナルな情報」を収集し、それをICTを活用したツールやサービスとして提供することでヘルスケアを改善、結果それによって新たな情報が集まり、さらなる改善へとつながる。「完全なるデータ駆動型のヘルスケア」という新時代の健康を提供する事業だ。

 

 

スマートメディカル株式会社の取締役・ICTセルフケア事業本部長の下地貴明氏(左)と、ICTセルフケア事業本部・研究開発課長の山崎はずむ氏(右)。エンパスを活用したさまざまなサービスや事例について語ってくれた。

 

 

スマートメディカルが提供する音声気分解析技術「エンパス」では、音声等の物理的な特徴量から気分の状態を独自のアルゴリズムで判定し、気分状態を測定することができる。エンパスを利用することにより、今の自分の気持ちを定期的にチェックすることができるので、日々の心のケアやメンタルトレーニングなどに有効である。また、医療やヘルスケアのみならず、マーケティングやコールセンターでも活用されている。【URL】http://smartmedical.jp

 

 

声を使って気分を可視化

エンパスを利用したもっとも特徴的なサービスが「じぶん予報」だ。エンパスをスマートフォンアプリにしたもので、iOS/アンドロイドの両方が用意されている(現在はNTTドコモより法人向けのみに提供されている)。

じぶん予報は、アプリを起ち上げて何かしらの言葉をしゃべることで、オンラインでエンパスに接続し、その声から今の気分をシンプルに教えてくれるものだ。ここで重要なのが「自分の気持ちというものが、意外と自分が思ってるものと違うことがある」ということである。声は、これまであまりヘルスケアの分野で活用されていなかったが、実はスマートフォンというデバイスと相性の良い形態の「情報」である。その声が、あまりにも当たり前で、あまりにも可視化されてこなかった「気分」というものを教えてくれるのだ。

現在、法人に特化して提供されているのは、可及的な対応が迫られている企業内におけるメンタルヘルス対策を念頭に置いているためだ。2015年12月より義務化された企業での社員向けのストレスチェックでは、一時的な個人のメンタルに関する情報を集めることはできるが、継続的な情報を得ることはできない。日々の仕事や生活によって変化する私たちの心のコンディションを、雇用主サイドで管理することは実質的に難しい。この現状を打破するのがじぶん予報だ。今や当たり前となったスマートフォンのアプリとして毎日ユーザに寄り添いながら、声で気分を測定し教えてくれる。そして、企業側もそれを把握できるようにするサービスである。

その名に「予報」とあるように、このアプリの大きな特徴として天気と連動していることが挙げられる。実は、天候というものは私たち人間の心と身体の両面に大きな影響を与えるもので、気象医学という専門分野がヨーロッパでは古くから研究が行われてきた。たとえば、その先進国ともいえるドイツでは、季節性の疾患に対して天気予報内で疾患の程度や状態がどう変化するのかを予報しているのだそうだ。じぶん予報では天気や気温、気圧などの気象情報を、エンパスで分析された気分情報と合わせてさらに分析して、3時間ごとの天気に合わせた気分の「予報」をユーザに表示している。

 

 

エンパスを使ったスマートフォンアプリ「じぶん予報」は、声を入力することで、その日の気分を計測。また、天候情報を気分と合わせて取得することで、天候に応じた気分の変動を予報してくれる。
【URL】https://jibun-yohou.jp/lp

 

 

メンタルの問題をポジティブに

じぶん予報の開発は、東日本大震災にそのルーツを持つ。震災後、仮設住宅などに住む人たちを支援する避難支援員のメンタルヘルスの問題が大きくなっていた。避難支援員は、その名のとおり避難した人たちを支援するが、避難支援員自身もまた避難民であるため、厳しい現状や未来への不安などから心のケアを行う必要性があった。

そこで、スマートメディカルはエンパスをベースにした初の実験的アプリ「こころコンパス」を開発。NTTドコモと共同で2013年から宮城県の一部の仮設住宅において、NPOとも提携し、NTTドコモが避難支援員に配布したタブレット数百台の中にインストールした。これを避難支援員に利用してもらうことで、声から気分の浮き沈みを判断し、メンタルケアが必要と思われる避難支援員を事前に察知することができた。スマートメディカルはこのプロジェクトが評価され、2015年3月に一般社団法人レジリエンスジャパン推進協議会の主催する第1回レジリエンスアワードにおいて、最優秀レジリエンス賞を受賞した。

そして、じぶん予報でスマートフォンというデバイスとの結合を果たしたスマートメディカルは、「生活に寄り添うヘルスケアサービス」という自らに課したミッションを果たすべく、新たなアプリの開発に挑む。それがアップルウォッチ専用アプリである「エモウォッチ(EmoWatch)」だ。スマートフォンよりもさらに身体性の高いアップルウォッチは、声という情報の活用において、より有効なデバイスである。このアプリはiPhoneとの連動を必要とせず、スタンドアロンのアプリとして動作する。

エモウォッチは、アップルウォッチの特徴をそのまま享受することができる。まず、身体との密接性を高めることで、より気軽にしゃべるという行動につながる。そして、活動量計としてアップルウォッチが取得するヘルスケアデータと連動させることで、新たな「心と身体の情報」を生み出すことが可能だ。世界市場で発表されたこともあり、米国のWEBメディアやテレビなどでも紹介され、そのユーザの多くは海外居住者であるという。

精神疾患は、現在は国が定める生活習慣病の5大疾病の中の1つとなった(残りの4つはがん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)。こう聞くと、現代における大きな課題となっているように聞こえるが、下地氏はエンパスの未来についてこう語ってくれた。

「実は、日本人は自分で自分の気分をモニタリングしたことがあまりないのですが、それを楽しみながらできるような時代や社会を創り出したいと思っています。たとえば、クラウド上に蓄積される社員の気分のデータについて、会社側から見れば社員のデータの集合を『会社全体のムード』と言い換えることができるかもしれません。また、会社は部門ごとのデータも見ることができます。どの部門のムードがいいかを競い合うようなゲーム性も提示しつつ、『コミュニケーションを助けていけるツール』としてエンパスを活用してもらいたいと考えています。皆が元気なら生産性も上がりますし、風通しもよくなるよね、と」

下地氏はこれを「攻めのメンタルヘルス」だと紹介し、「健康経営」という言葉自体がもはやバズワードを脱し、企業にとって当たり前になる現在において、メンタルヘルスも経営の指標の1つにしていきたいと付け加えた。「後ろ向きになりがちなメンタルの問題をポジティブに捉え直す」という新たなパラダイムシフトを予感させてくれるテクノロジーとサービスである。

 

 

 

エモウォッチは、米ディスカバリー・チャンネル内のテレビ番組「NewsWatch TV」でも紹介され、世界中から注目を集めている。【URL】https://vimeo.com/166818524

 

 

EmoWatch

【開発】Smartmedical
【価格】150円
【カテゴリ】App Store>メディカル

 

 

 

【PCC事業】
スマートメディカルのPCC事業は、多診療科である「ポリケア」、医療の玄関口ともいえる「ポータルケア」、入院を必要としない軽医療を行う「プライマリケア」といった3つの内容で構成されている。【URL】http://smartmedical.jp/pcc/

 

【活用事例】
2016年4月24日に放送されたニコニコ生放送「人狼最大トーナメント Season2 #03」においてもスマートメディカルのエンパスが使用され、プレーヤの気分状態をリアルタイムに可視化することで話題を呼んだ。