3200台超のiPhoneが担う世界最大の院内ICT|MacFan

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3200台超のiPhoneが担う世界最大の院内ICT

文●木村菱治

医療現場でのスマートフォン活用は徐々に進んでいるが、大病院で全面的に導入するケースはまだほとんどない。東京・港区に本院を置く慈恵会医科大学附属病院では、3200台超のiPhone 6を導入、広範な病院業務の効率化を図るとともに、ICTを駆使した新しい医療を目指している。

オリンピックを見据えた大改革

慈恵会医科大学附属病院は、2015年度からスマートフォンを使ったICTへの取り組みを開始している。本院と系列の3つの病院を含めたiPhoneの導入台数は3224台。医師・看護師・事務職などの職員にiPhone 6を配付している。大学病院でこれほどの台数のiPhoneが導入されるケースは珍しく、同院によれば、スマートフォンを用いた世界最大級の臨床現場での実証フィールドになるという。

ICTプロジェクトのリーダーを務めている同大学・先端医療情報技術研究講座准教授の髙尾洋之医師は、今回の導入の背景を次のように語る。

「2020年の東京オリンピックという大きなイベントに向けて、大学内のICT化を進めていく方針が理事会で決定されました。古い外来棟を新しく建て直すにあたって、これからの病院にはICT化が欠かせないという判断もありました」

また、院内のPHSの契約更新時期が訪れたことも、スマートフォン導入のきっかけになったという。

病院にスマートフォンを導入するうえで懸念されるのが、電波が医療機器に与える影響だ。そこで同院では導入前に独自の実験を行った。その結果、携帯電話の発する電波の強度は院内の電波状況の悪さに比例して強くなり、電波状況さえ良ければ、医療機器と携帯電話の干渉距離は2センチまで縮まることがわかった。PHSの電波が医療機器に干渉する距離は6センチで、電波状況の良い場所で使えば、携帯電話はPHSよりも医療機器への影響が少ないのだという。この結果を受け、NTTドコモと共同で院内の電波状況の改善に取り組んだ。現在、院内では職員はもちろん、場所に応じた独自の使用ルールのうえで、患者のスマートフォンの使用も許可されている。

職員に配付する端末としてアンドロイドも検討されたが、最終的にはiPhone 6(16GB)を選択した。その理由として高尾医師は、iOSのほうが使用するアプリの開発が進んでいたこと、モデルチェンジをしてもボタンなどの操作性が大きく変わらないことなどを挙げた。また、同じ仕様で一度に3000台以上の端末を調達できたことも、iPhoneを選んだ要因だったという。アンドロイド端末の場合、これだけ多くの台数を確保しようとすると、メモリ容量などの仕様を統一するのが難しかったそうだ。ただ、iPhoneでもあとから追加購入すると機種やOSのバージョンが変わってしまうため、予備機として未契約のiPhone 6を100台程度保有しているという。

 

 

東京・港区にある東京慈恵会医科大学のWEBサイト。【URL】http://www.jikei.ac.jp/univ/index.html

 

 

学校法人慈恵医大先端医療情報技術研究講座准教授高尾洋之氏。以前から、医療におけるスマートフォンやICTの活用について研究してきた。

 

 

総務省ガイドラインよりも厳しい条件で、スマートフォンの電波が医療機器に与える影響を独自に調査して安全性を確認、使用ルールを定めた。写真の棒は携帯電話と同じ電波を出す装置で、医療機器にどこまで近づければアラートが出るかを測っている。

 

 

安全第一の導入を

このような大規模導入では、端末の一括管理やセキュリティ対策も必要だ。同院ではアイキューブドシステムズ社のMDM(モバイルデバイス管理ソリューション)「CLOMO」を導入し、端末の機能制限や一括管理などを行っている。許可されたアプリ以外は使えないようにしているほか、内蔵カメラも医師の持つ端末だけで使えるように設定している。紛失時には、リモートで端末をロックすることもできる。

電話帳やブラウザには純正アプリではなく、CLOMOから提供されるセキュアなアプリを使用して情報漏えいを防いでいる。共有電話帳アプリ「セキュアドコンタクツ(SecuredContacts)」、セキュアブラウザアプリ「セキュアドブラウザ(SecuredBrowser)」、プレゼンス/チャットアプリ「IDs」を使っており、これにより、端末にデータを残さず、アクセスの履歴を管理者側で記録している。セキュアドコンタクツでは、管理者がクラウド上で内容を更新するだけで、すべての端末の電話帳が更新される。従来のPHSでは赤外線通信を使って手作業で1台ずつ更新していたというのだから、電話帳管理の手間は大幅に削減された。また、電話帳に写真が入れられることもPHSにはない便利さだ。チャットは、取材時にはまだ導入から2週間程度の段階だったが、若い職員を中心に徐々に活用が広まっているとのこと。

「導入初期の段階で情報漏えいなどの事故が起きると、ICT化が進まなくなる怖れがありますから、今は特に安全性を重視しています」

現在は使用できるアプリを制限して運用しているが将来的には解禁していきたいと高尾医師は語る。

看護師が持つナースコール用の端末もiPhoneに変更された。従来はポケベルを使っていたが、ポケベルは受信専用端末のため使い勝手が悪かった。看護師の持つiPhoneにはナースコール専用のアプリが入っており、患者がベッドサイドの呼び出しボタンを押すと、ナースセンターに置かれた親機が看護師全員のiPhoneに通知を送る仕組みだ。システムを開発したのはアイホン社で、同社のシステムがiOSに対応するのはこれが初めてだという。

ナースコールアプリでは、呼び出した患者のベッド番号・患者名が表示され、さらにその場で患者と通話することもできるので、ポケベルよりも迅速に適切な対応ができるようになった。また、通常のコールと緊急コール、危険防止のセンサが反応した場合のコールなど、コールの種類によって音とメッセージが変えられるのも、ポケベルにはない機能だ。

ナースコール用のiPhoneは、管理職用を除き、ユーザを固定しない共用端末となっている。看護師にはローテーションや夜勤があり、スタッフが毎日入れ替わるためだ。

 

 

看護師たちは落下などに備え、iPhoneにストラップをかけて運用している。iPhoneの導入にあたり、ナースコールも新設した。親機はiPhoneへの通知に対応している。

 

 

遠隔地の医療サポートも可能に

医療の質の向上と医療費削減に寄与しているのが、アルム社の医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」だ。Joinでは、1対1およびグループでのチャット機能に加えて、院内システムと連携して医療情報や医療画像、ライブ映像の共有が可能になっている。たとえば、当直の研修医が院外にいる専門医にCTの画像を送って判断を仰ぐ、といったことが簡単に行える。カメラで写真を撮ったり、メール添付などで画像を送るよりも効率的で安全だ。Joinは、スマホファーストな医療ソフトウェアとしては日本で初めて薬事・医療機器プログラム認証を受け、さらに保険収載を申請しているが、米国やEUなどでも医療機器登録が済み、すでに多くの海外医療機関が採用している。

「医療の分野は細分化されており、大学病院にもすべての専門医が常駐しているわけではありません。Joinを使うことで、慈恵医大病院の4分院の中で自由な情報交換ができるようになり、迅速な対応が可能になりました」

慈恵医大は槍ケ岳にも診療所を持っているが、こうした遠隔地の診療所でも専門医がバックアップできる。Joinによって効率化を図った結果、実際に医療費の削減効果も出ており、同院の急性期脳梗塞疾患では患者あたり年6万円の医療費削減実績があったという。

慈恵医大では2020年までのICTロードマップを作成しており、段階的にICT化を進めていく予定だ。計画されているICT化の内容は院内業務だけでなく、無料Wi-Fiの提供や、スマホ診察券、外国人向けの翻訳といった患者向けサービスの充実、さらにアプリから収集した情報を解析して研究するなど多岐に渡る。こうした拡張性・発展性の高さがICTの強みといえるだろう。

慈恵医大の取り組みはほかの医療機関からも注目されている。今後、導入によって得られた情報を共有することで、ICT化の流れが広がるよう努力していきたいという。

 

 

医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」を導入している。医療情報や画像を簡単かつ安全に院外の専門医に送信できるアプリで、日本発だが海外の病院でも導入事例がある。

 

 

慈恵医大病院が掲げる、2020年までのICTロードマップ。職員のICT活用のみにとどまらず、患者向けのサービスが多数含まれているところが特徴だ。

 

 

【医療機器への影響】
電波環境協議会が平成26年に発表した「医療機関における携帯電話等の使用に関する指針」では、影響が懸念される医療用電子機器から1メートル程度離すことを目安とし、各医療機関において独自に安全性を確認している場合は、1メートルよりも短い離隔距離を設定できるとしている。

 

【MDM】
紛失や盗難時の情報漏えい対策、ユーザによる不正利用の防止、端末情報の収集、端末の機能制限といった機能を持ち、これらの設定を一元管理できるシステム。端末の管理コストを削減し、セキュリティを高められるので、企業が多数のスマートフォンやタブレットを導入する場合によく使われる。