補聴器が持つヘルスケアウェアラブルへの可能性|MacFan

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補聴器が持つヘルスケアウェアラブルへの可能性

文●牧野武文

スターキージャパンはiPhoneやアンドロイド端末に対応した補聴器「Halo」シリーズを販売している。iOSデバイスからの操作、連携を取り入れた新世代補聴器だ。その機能はすでに難聴者のための補助具ではなく、ウェアラブルデバイスになろうとしている。

劇的に改善された補聴器の音質

iPhoneやiPadが広く世間に浸透するにつれ、現在ではさまざまな機器がiOSデバイスと連携して動作するようになっている。補聴器も例外ではない。スターキージャパンの「Halo(ヘイロー)」シリーズを筆頭に、iOSデバイスと連携する補聴器が最近増え始め、従来の「高齢者や難聴者の補助具」から「ヒヤリングデバイス」と呼ぶに相応しいものへと進化を遂げている。

補聴器は、聴覚に障害を持つ人の聞き取りを補助する器具である。単純に音を拡大するだけでなく、音の感度やダイナミックレンジ、周波数分解能、時間分解能、方向性といった要素を考慮しながら増幅を行う。また必要に応じて 不要な雑音をカットし、SN比を向上させることにより聴こえやすさを追求している。「聴覚レベルは軽度難聴から重度難聴まであります。人によって聞こえる音の大きさや周波数帯は異なりますし、周囲の状況によっても変わります。時には、その日の体調によっても変わるのです」(スターキージャパン・マーケティングコーディネーター・窪寺正信氏)。

つまり、難聴というのはボリュームを上げれば聞こえるようになるという単純なものではなく、使用者それぞれによって異なる「聞き取りやすい周波数帯」に音を変換して、耳に届ける必要があるのだ。

ただ、これまでの補聴器には限界もあった。たとえば「電話の音が聞き取りづらい」という問題だ。電話の音は、音声を電気信号に換えて送るため、音声を一定の狭い周波数帯に圧縮して送信する。よって、電話の声は対面時に比べて不自然に聞こえる。この音が受話器から流れ、空気を伝わって補聴器のマイクが拾い、補聴器が利用者の周波数帯特性に合わせて再び圧縮をする。「特に高度・重度難聴の人ですと音割れがしたり、ノイズが乗ったりして、とても相手の言葉を聞き取れる状態ではありません」(スターキージャパン教育部・西川愛理氏)。

 

 

スターキージャパン(http://trulinkhearing.jp)から発売されているHalo。iOSデバイスやアンドロイド端末とブルートゥースを介してダイレクトに接続できる補聴器だ。「Halo RIC13」と「Halo BTE13」の2種類がある(カラーはそれぞれ8色)。Halo BTE13はRIC13よりもやや大型だが、本体に音量調整ボタンがある。

 

 

自分で補聴器をカスタマイズ

Haloは、そうした問題を見事に解決してくれる。iPhoneで受けた電話音声はiPhone側で補正され、空気中ではなく、直接デジタルデータとしてブルートゥース経由で補聴器に送られる。このため、普通の電話のときのような圧縮の圧縮というプロセスがなくなるため、使用者の聞こえる周波数帯に歪みなく届けることができるのだ。

さらに、HaloシリーズにはiOSアプリ「トゥルーリンク(TruLink)」が用意され、iOSデバイスから補聴器を操作できるのが特徴だ。中でも特筆すべきなのが、サウンドスペース機能。個人によって聞こえやすい周波数帯域が異なるため、補聴器は購入後も専門店に通って調整をしてもらう必要があった。これは聞こえ方のカウンセリングを通じて、周波数帯をチューニングしていく作業だ。サウンドスペースでは、この作業が簡易的ながら、iOSデバイスから直感的に行える。周囲の状況が違ってきて「ちょっと聞きづらいな」と思ったら、本人がその場で調整可能なのだ。

さらに調整した音質設定は20件まで保存ができ、GPS情報によるジオタグも追加しておくことができる。使用者が自宅にいるとき、職場にいるとき、喫茶店にいるとき、スポーツジムにいるときで、周囲の環境は異なってくる。それぞれに最適の音質設定を自分で作成し、ジオタグとともに保存しておけば、その場所に行くと音質設定が自動的に適応される。

また、時速16km以上の速度で移動していることを感じると、自動的に「自動車モード」(自動車、電車内など騒音の大きな環境)に切り替わる機能もある。現在は手動の部分もまだ残されているが、将来的には使用者の生活サイクルに合わせて、次々と自動的に音質設定が切り替わっていき、操作不要の補聴器が登場してくるかもしれない。

 

 

Halo専用の無料アプリ「TruLink」を使うことで、スマートフォンにかかってきた電話を中継器なしで受け取れるなど、従来難しかったさまざまな機能を実現する。

 

 

もっとも便利なのは、音質の調整ができること。静かなところから賑やかなところに来た場合など、音質を直感的に調整することで、聴きやすくなる。設定した音質は、20個まで保存しておくことができる。

 

 

保存する音質設定にはジオタグを付けておくことができる。iOSのジオフェンス機能を使って、特定の場所に来たら自動的に音質設定を切り替える機能がある。自宅、喫茶店、映画館、スポーツジムなど、それぞれに最適な設定に切り替えることができるようになる。また、時速16kmで移動すると、自動的に移動モードと判断され、電車や車の中での音質設定に切り替える機能もある。

 

 

ヘルスケアの可能性

スターキージャパンの西川愛理氏は自身が重度の難聴者というバックグラウンドを活かし、同社の補聴器を広める仕事をしている。もちろん、Haloの愛用者だ。西川氏によると付けた瞬間、世界が変わったという。たとえば、それまではカラオケに誘われても演奏が歪んで聞こえてしまうため、うまく歌えなかった。しかし、Haloを使って自分で音質設定をすることで補聴器のとらえる音の領域(補聴器のダイナミックレンジ)が広がったため歪みが大幅に減少し、うまく歌えるようになったという。

iPhoneに対応した補聴器でも、導入時は専門家のカウンセリングを受け、プロに音質設定をしてもらう必要がある。しかし、その後はときどきアドバイスを求める程度で、自分で設定を変えられるようになり、電話もできるし、カラオケも楽しくなる。それまでの補聴器は、専門家に助けてもらうことが前提になっていたが、Haloであれば、補聴器のほとんどのことは自分だけでできる。「自分のことは自分でできる」という事実は、とてつもなく大きな変化に違いない。

高齢者の場合、iOSデバイスで操作するのは難しいのではないかと思う方がいるかもしれない。「どうでしょうか。最近の高齢者は意外にデジタル機器を使いこなしますし、そういう人は今後どんどん増えていきます。高齢者がiPadで補聴器を操作するというのはごく普通のことになると思います」(スターキージャパン代表取締役・高木日出夫氏)。

さらに、高木氏は、補聴器が将来ヘルスケアウェアラブルになる可能性に期待している。「耳の中は体温や脈拍をセンシングするのに都合がいい場所なんです。たとえば、加速度センサを入れておくと、頭の角度や姿勢をセンシングできます」。運転時の居眠り警告システムの中には頭の姿勢を計測して、居眠り直前にアラートを出す仕組みのものがある。高齢者が転倒した場合、自動的に医療機関にアラートを送ることもできるし、バイタルデータも送信して、それが事故によるものか病気の発作によるものかも瞬時に送ることができるようになるかもしれない。

街の中で、iPhoneで音楽を聞いている人は多い。しかし、中には音楽が好きだからというよりは、街の騒音がうるさかったり不快なので音楽を耳栓代わりに使っている人も多いのではないか。音楽を聞きながら歩いていると、注意力が散漫となり、危険なこともあるため、周囲の音をマイクで拾って、あえて聞かせるジョギング用イヤフォンなども発売されている。このようなイヤフォンと補聴器の機能は同じベクトルに収斂し始めている。高木氏のいう「補聴器がヘルスケアウェアラブルになる」というのもまんざら空想ではないように思えるのだ。

厚生労働省「新オレンジプラン」によると、加齢による難聴は認知症を引き起こす引き金となる。周囲との会話が成立しないことから、脳が受ける健康的な刺激が少なくなってしまうからだ。それを防止するには「聞こえづらくなる前に補聴器を使い始める」ことだが、現実にはなかなか難しい。

もし、補聴器がごく当たり前のヘルスケアウェアラブルとなれば、若い頃から付けるのが当たり前になる日がやってくるかもしれない。そういう世の中になれば難聴者は障害者ではなくなり、加齢難聴は老いではなくなる。補聴器も特別なものではなくなり、近眼用メガネや老眼用メガネと同じ程度のものになるのだ。

 

 

iPhoneをマイク代わりにして、直接補聴器に飛ばすことができる。従来は、FMシステムを用意しなければならなかった。授業などで複数のFM送信機が隣接した環境では混信してしまう。Haloでは混信はないし、直接転送するので音が歪むこともない。

 

 

アップル・ウォッチ用のアプリもリリースされている。外出先でHaloの設定を切り替えたいときに便利だ。

 

 

スターキージャパン代表取締役・高木日出夫氏。「補聴器はウェアラブルになる」。補聴器の持つ可能性に惹かれて、アップルと連携しながら、新世代の補聴器の普及に努めている。

 

 

スターキージャパン・マーケティングコーディネーター・窪寺正信氏。店舗によるカウンセリング調整では、聞こえづらさを言葉で伝えるのが難しい。Haloのように自分で音を確かめながら調整することで、難聴者の生活の幅は大きく広がった。

 

 

スターキージャパン教育部・西川愛理氏。自身も難聴者であり、Haloの愛用者でもある。「ロック音楽が好きなのですが、Haloにしてからフェスにいったら、音楽のライブ音も歪まずに聞こえるんだと驚きました」。

 

【音楽】
iOSデバイスで再生する音楽、映像などの音は、ブルートゥース経由で直接補聴器に飛ばすことができる。つまり、通常のブルートゥースワイヤレスイヤフォンと同じ使い方ができるのだ。今まで、難聴者が自然な音で音楽を楽しむのは難しいことだった。

 

【試用】
Haloはネット販売をしていない。購入時のカウンセリングが重要だと考えているからだ。一方で、取扱店舗に足を運んでもらえれば、一定期間の試用などにも応じてくれるそうだ(事前予約要)。