医師専用ソーシャルメディアに集う「集合知」が医師たちの判断を助ける|MacFan

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医師専用ソーシャルメディアに集う「集合知」が医師たちの判断を助ける

文●木村菱治

医師が治療法や薬の処方を決めるとき、重要な要素となるのが他の医師の意見や経験談だという。従来、こうした情報は医師同士が直接会う形で得ることが多かった。メドピアは、全国の医師たちの口コミ情報をネット上に集約することで、医師の判断を手助けするWEBサービスだ。

医師限定のソーシャルメディア

メドピアは、会員を医師と医学生に限定したソーシャルメディアだ。現在の医師会員数は約7万人以上。一般向けのWEBサイトの感覚では小規模に思えるが、日本の医師数は平成24年度で約30万人なので、およそ4人に1人の医師が登録していることになる。会員登録にあたっては、医師免許や学生証の写真を送付したり、勤務先に電話やファクスで確認したりするなどの審査を行っている。

自身も現役の医師である石見陽社長は「メドピアは、医師同士がお互いの持っている情報や経験を共有している場所です」と、サイトの概要を説明する。

同サイトでもっとも人気のあるサービスが薬剤評価掲示板だ。ここには、会員が自分が処方した薬についての評価を書き込むことができる。効果や副作用など6項目それぞれの5段階評価とコメントが集まることで、その薬に対する現場の医師の評価が形成される仕組みだ。

「わかりやすく言えば、『薬の食べログ』のようなものです」と石見氏。

医療のプロである医師でも、使ったことのない新しい薬を処方するときには、やはり不安があるという。もちろん、製薬会社からは薬の副作用などに関する基本情報は提供されているが、患者の病状や体質は一人一人異なるため、どうしても実際に処方してみないとわからない部分がある。メーカーの情報にはない「薬の使い勝手」を知るうえで頼りになるのが、処方経験のある医師からの口コミだ。薬剤評価掲示板には、現場の医師ならではの視点で書かれた薬の使い勝手の情報が集まっており、新しい薬を処方する際の参考となる。

 

 

メドピア会員7万人の専門分野や男女比、地域、勤務形態などの割合は、ほぼ日本の医師全体の比率と同じなのだという。まさに日本の医師の縮図のような構成になっている。

 

経験を共有する文化

石見氏は、薬剤評価の共有は特別なことではないと語る。

「こうした薬に関する情報交換は、リアルな世界で行われているものです。医師同士が学会などで会えば、話題は自然と医療の話になり、『新しい薬出たよね。あれ、使ってみてどうだった?』というまさに口コミ情報の交換をしています。薬剤評価掲示板はそれをネットに置き換えただけで、新しいことをやっているわけではないのです」

その他のコンテンツとしては、各分野のエキスパートである医師がユーザからの質問に答えてくれる症例相談、有名病院から提示される症状や検査結果を元に病気を特定していく症例検討会、さまざまな話題を自由に議論できるディスカッション、勤務先・研修先としての病院評価、ユーザに対してアンケートを行うポスティング調査などがある。まさに、医師限定ならではの情報交換の場だ。

もともと医師の間には経験やノウハウを共有する文化があり、これが同社のサービスをうまく機能させているという。

「他の業界の方から『薬の与え方のような仕事の大事なノウハウを、どうしてわざわざ他人と共有するんですか?』と尋ねられることがあるのですが、医師同士がいろいろな経験を共有するのは、ごく当たり前のことなのです。1人の患者さんはいろいろな病気を併発するので、普段から医師同士は助け合って治療をしています。たとえ同じ科目内であっても、自分の知識はどんどんシェアしていく発想が自然に身についているのです」

また、日本の場合は国民皆保険であるため、ノウハウを1人で抱え込んでも経済的なメリットが少ないという事情も影響しているのではないかと石見氏は分析する。

ネットでの口コミでは、デマやステマといったトラブルも心配されるが、そこは厳格な医師資格を確認した医師会員7万人の「集合知」が物を言うそうだ。もしおかしな情報があれば、他の医師からの懐疑的なコメントが入る。また、ある薬に対して非常にネガティブなコメントが1つあっても、他にたくさんのポジティブなコメントがあれば、全体としての評価は安定していく。「ユーザ一人一人がプロの医師です。たった1つの例外的な情報によって医師が行動を変えることはありません」と石見氏。

 

 

メドピアの石見陽社長。現在も週に一度は臨床の現場に立つ現役の医師だ。サイト運営では、常に現場の医師の目線に立つことを大切にしているという。

 

新薬の処方を後押し

ユーザである医師は、メドピアをどのように使っているのだろうか。インタビューに応じてくれた精神科医の根本安人氏は、3年ほど前からメドピアを利用している。登録のきっかけは周りの医師から、良いサイトがあると勧められたことだという。

「メドピアを使っていて感じることは、医師目線でできている場だということです。たとえば、新しい薬の使い勝手はどうなのか、医療費の改訂や法律の改正をどんな風に解釈すべきなのかといった、私たちが興味を持ちそうなテーマがどんどんピックアップされていきます。また、雑誌などでは一方通行になってしまう症例相談の情報が、身分の保証された医師の間で双方向に議論されている。本来、大学の医局や学会といった場所でしかできなかった会話がインターネットを通じて行えるという点で、非常に便利なツールだと思います」

根本医師も薬剤評価掲示板を利用している。たとえば、ある統合失調症患者の薬を薬を切り替える際には、ここで得られた情報が役に立ったという。

統合失調症は、妄想や幻覚・幻聴といった症状が現れる精神疾患だ。その患者はすでに何年も入院していたが、時に強い妄想に襲われることがあり、社会復帰は難しい状況だった。

「その患者さんには、毎日服用する経口薬を処方していました。最近になって、1回の注射で2週間効果が持続する持効性注射剤が出てきたので、これを使ってみようかと思いました」

しかし、注射剤は体内に薬が残ることで思わぬ副作用が起こる場合もある。実際に処方するかどうか検討していた根本医師は、メドピアで他の医師が処方したときの評価を見つけた。そこで自ら質問をするなどして得た情報は、導入を決断する1つの要因となったという。

「基本的には新しい薬のほうが改良されているはずなので、医師としては良いものであれば患者さんに処方したいのです。ただし、新しい薬には未知の副作用などのリスクが伴います。ですから、周りの医師の意見や、実際に処方した医師の使い心地を知ってから処方することがとても大切になってきます。この患者さんの場合も、他の先生方の評価を見たことで良い治療だと判断して導入できた部分は大きいです」

新しい薬を導入したこの患者は、毎日薬を飲む必要がなくなっただけでなく、症状が大きく改善したそうだ。現在は退院しており、2週間に一度通院するだけで、一人暮らしができるまで回復したという。

 

 

ホスピタル・レポートは、職場としての病院の口コミ評価。就職や転職の参考になる。そのほか、医学生向けに臨床研修指定病院評価もある。

 

 

薬剤評価掲示板には、投稿者の科目・地域・年齢だけが表示される。匿名で投稿しやすくするとともに、ユーザ間でヒエラルキーが生じないための工夫でもある。

 

「現場の医師の集合知」を重視

メドピアは友だち機能やメッセージなど、ユーザ同士が直接やりとりをする機能は備えていない。個人のブログ機能もなく、情報共有は掲示板などパブリックな場所で行われている。同社によれば、これはサイト上に医師の経験を「集合知」として共有し、互いに参照し合うというコンセプトからきているそうだ。

石見氏は、「現場の医師の集合知」という部分に強いこだわりがあるという。

「有名な先生や偉い先生、情報発信に積極的な先生の言うことが、本当に医師たちの思いを反映しているとは限りません。誰か1人の大きな声よりも、現場で頑張っている医師千人の声のほうが正しいのではないかと思います」

その考えが現れているのが、会員に対して行ったアンケートを世間に発信するポスティング調査だ。毎回の調査には、数千人の医師の考えが数字とコメントに集約されている。

「ここでは、声の大きな人の意見も1票でしかありません。この問題に関しては、数千人の医師の声がこうなっていますという事実を世の中に伝えることができます。こうした普通の医師たちの思いを世間に発信するのもメドピアの重要な役割です」

今後のメドピアについて石見氏は、医師の毎日の診療に欠かせないサービスへと発展させていきたいと語る。

「メドピアでは医師同士がつながっています。そこに電子カルテが入ってくれば、カルテの向こうには患者さんがいるので、医師と患者をつなぐプラットフォームになれると考えています。海外ではEHR(電子健康記録)をはじめ、医療のIT化が非常に進んでおり、日本でもいずれはそうした方向に向かうことは間違いないと思います」

 

 

症例相談では、各分野のエキスパートがユーザである医師からの質問に答えてくれる。

 

【無料】
メドピアは無料のサービス。収入源は主に企業からの広告収入となっており、現在の売り上げの大半は製薬会社からのものだという。しかし、薬剤評価掲示板をスタートした頃は製薬会社からの反応はさまざまで、石見氏は医師からの口コミ情報の有用性を説いて回る日が続いたそうだ。

 

【EHR】
EHR(Electronic Health Record)は、個人の健康や医療情報を国や地域レベルで共有する仕組み。これまで医療機関ごとに別々に管理されていた情報を一元化することで、不要な検査や薬の重複処方などを防止できるほか、長期的な視野での健康管理や医学研究にも役立つと期待されている。