【第2回】第四章:蝦夷の龍馬―(2) | マイナビブックス

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龍馬、蝦夷に征く!(下)

【第2回】第四章:蝦夷の龍馬―(2)

2017.03.10 | ナリタマサヒロ

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龍馬の言葉が続いた。

「そん時に、わしは西郷さんにこう応えたきに。『わしは、役人が嫌いじゃきに。毎日、時刻通りに家を出て、時刻通りに帰宅するような生活はわしには耐えられんがぜよ』。そうすると、西郷さんから、『官職につかずに、何をするつもりか』と、聞かれたがきに、『そうじゃな。世界の海援隊でもやるぜよ。』っち、答えたのを思い出したがよ。そじゃけえ、わしの肩書きは、『新海援隊の隊長さん』ぜよ」

自らが創出した新国家の閣僚となる職を辞し、あくまでも私企業の長であることのみで潔しとする龍馬の発想には、榎本も歳三も、心の底から呆れ果てた。

龍馬が敢えて、大政奉還直後の西郷とのエピソードを語った背景には、自分の偉業を誇る意思は毛頭なく、逆にこの話を聞くことによって、榎本が自分に肩書きを押し付けようとすることを諦めさせる狙いがあったのだ。

榎本自身、龍馬の話を聞いて、自分のことが恥ずかしくなった。

江戸幕府の海軍力向上の責務を背負ってオランダ留学をし、観戦武官としての経験や国際法、軍事知識から造船や操船の知識を学び、完成した開陽丸と共に、胸を張って帰国した。

この時、徳川幕府における海軍知識の第一人者として、自他共に認められる存在であったからこそ、幕府の海軍副総裁に任じられた。

しかし、こともあろうに幕府の旗艦「開陽丸」の艦長でもあった自分を置いてきぼりにして、慶喜公は大阪からこの艦で脱出するという不名誉に遭い、大いに面目を失った。

そうした不満とプライドが、自分をして徳川幕府としての抗戦派という選択をせしめ、今の「蝦夷共和国」の総裁職にならしめているのだった。

「わ、私はこの蝦夷共和国においては、入れ札による公選により選ばれた『総裁』です。私の知る限り、この日ノ本国で行なわれた最初の公選によって、今年の2月15日の政府誕生と共に、総票856のうち、156票を獲得して選ばれた代表です」

龍馬の潔さを目の当たりにして、必死で自らの立場や職制の正当性を主張する榎本に対して、龍馬は笑いながら話しかけた。

「おまんらの国がどがいなやり方で代表を選ぼうが、わしには関係ないきに。わしは、わしのやり方でわしが一番、ええと思う国を作るがぜよ」

龍馬のこの言葉に、榎本は拍子抜けをした。しかし、その意味を考えているうちに、ふつふつと疑念や不安感が沸き起こってきた。

「では、坂本さん。今後は、こう呼ばせていただく。貴殿は、自分らの国を作ると申されたが、我々の共和国に与力して、共に薩長政府と戦ってくださるのではないのですか?」

榎本は、右隣に座っている歳三にも賛同を得るように、視線を向けた。

歳三は、その榎本の縋るような目つきを感じながらも、敢えて、気がついていない風を装って、静かに目を伏せながら、一言、言った。

「榎本総裁。我々の宮古湾奇襲作戦は、失敗しました。まず、宮古湾にたどり着く前に、暴風雨により、我々の艦隊は散り散りになり、結局は回天1隻のみで、敵の8隻の艦隊の中に突入したのです」

思いがけず、歳三の口から敗戦報告が飛び出したことに、榎本は驚愕した表情で聞き入った。

龍馬は、ニコニコと子供のような笑顔を浮かべたまま、黙っている。

歳三が続けた。

「それでも、我々は果敢に目標の「甲鉄」目掛けて、〝 アボルダージュ 〟を掛けましたが、回天の構造や性能が災いして、大人数で乗り込むことが出来ず、艦長の甲賀源吾以下が、敵のガドリング砲の餌食となり、我々は撤退を始めました」

歳三の説明に、榎本は戦死者の冥福を祈るように目を伏せた。

「しかし、その脱出も敵の「春日丸」に阻まれて、立ち往生となり、我々の回天は敵の艦隊に包囲され、一時は自焼を覚悟しました。」

「そこを坂本君の艦隊に助けてもらったということですか……」

榎本は結論を聞くのを待ちきれず、口を挟んできた。

その言葉を受けて、龍馬が説明を継いだ。

「わしもようやく、自分の海軍を持てるようになり、その処女航海を兼ねて、アメリカから太平洋を渡って、日本に帰ってきたがよ。しかし、いきなり、死んだはずのわしが、こがいな新兵器をぶらさげて、内戦をしちょる日本に帰って来たところで、余計に火に油を注ぐだけじゃきに。そやきに、日本でわしの手足となって動いてくれちょる連中から、おまんら、徳川脱藩家臣団の動きを聞いたがよ。そんで、奄美に行って、そこで西郷さんに再会して、今の薩長の新政府の内情を聞き、それから小笠原の島に行って、しばらく様子をみちょったがぜよ」

榎本も、歳三も龍馬の説明に静かに聞き入っていた。自分たちが戊辰戦争で明け暮れているこの半年あまりの間に、龍馬は西郷とも再び、会見を行なっていたのだ。

「最初は、おまんらの戦さには、関わるつもりはなかったがぜよ。なにせ、日本人同士で、殺し合いをしちょってもつまらんきに。せっかく、慶喜公が大政奉還をされて、勝先生と西郷さんが江戸を無血開城したちゅーに、なして、戦さを続ける必要があるのか、わしには理解できんよってがきに」

「それは、薩長による新政府乗っ取りと、京都での遺恨が……」

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