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「ただいま」
今日も暗闇と静寂が、雄二を迎えた。明かりをつけ、テレビのスイッチをいれる。
ブラウン管の中で、最近売れ出した二人組みの女芸人がネタを披露していた。相方の容姿をネタに笑いを誘う芸風が、世間ではウケているらしい。興味があるわけではなかったが、チャンネルはそのままにした。
出しっぱなしのコタツの上に弁当を広げ、発泡酒をあける。カシュッという小気味良い音が、部屋に小さく響いた。今日は、いつもの焼き鮭弁当が売り切れていた為、仕方なく唐揚げ弁当を買った。あのコンビニの唐揚げ弁当は初めてだが、やけに油っこく感じる。やはり、何かを変えると、そこには大なり小なりのリスクが付きまとう。
テレビでは、別の芸人がコミカルに踊りながらネタを披露している。この芸人は、先日モデルとの交際が発覚し、世間を賑わせていた。決して端整とはいえない顔立ちに、お世辞にも面白いとはいえない芸風。交際相手のモデルは彼のどこに惹かれたのか。理解に苦しむ。
(恋人か……)
雄二は深い溜息をついた。
先日、偶然、街で姪に会った。十歳違いの兄の娘で、もう十七歳になる。彼女は、彼氏らしき男性と腕を組み、幸せそうに繁華街を歩いていた。姪の交際相手は、確実に自分と同年代。三十前後といったところか。すれ違いざまに姪は雄二に気付き、バツが悪そうに会釈する。
言葉は交わさなかったが、彼女の目は「父には報告しないでくれ」と訴えていた。
ニッと笑みを浮かべ、頷く。また、雄二の心の隅で、チクリと音がした。
かつて雄二にも、深く愛した恋人がいた。
学生時代に友人の紹介で知り合い、自然に付き合いだすという在り来たりの始まりだったが、雄二には新鮮だった。彼女の笑顔は、いつだって雄二を癒し、元気付けた。たくさんの思い出も重ねた。
女友達と映画を観に行った事がばれた時は、二日も口をきいてもらえなかった。誕生日に家に帰ると、部屋中に飾りつけがしてあり、彼女がクラッカーで迎えてくれた。離れ離れになった夢を見たと、夜中に泣きながら電話をかけてきた。
幸せだった。彼女さえいれば、他には何も要らなかった。
そんな日々が二年程続いたある日、彼女の友人から、衝撃的な事実を告げられた。
彼女は、雄二の親友とも関係を持っていた。それまで親友と信じていた男は「俺は悪くない、あいつから誘ったんだ」と自らを弁護し、以来、関係は途絶えたままとなっている。
そして生まれて初めて愛した女性は、最後にある言葉を残して去った。
「騙される方が悪いの。人は信用しちゃダメ」
それ以来、恋人はおろか、親友さえも持とうとはしなかった。
発泡酒の空き缶を潰し、再び溜息をつく。
苛立つ気持ちを、無理やり腹の奥に押し込む。
軽くシャワーを浴び、トランクス姿のままベッドに潜る。時計の針は、十一時を指している。
「はは、今日も定時だ……」