(鍋島家の居間。椅子に座っている恒彦と園子の夫婦。二人の子供和夫と姫子)
恒彦 全員そろったな。
和夫 ジジイいないじゃん。
園子 お祖父ちゃんはいいのよ。
姫子 何よこれ。
恒彦 これから、家族会議を始める。
和夫 (笑う)親父、なんのつもりだよ。
姫子 馬鹿みたい。あたし友達と会う約束あるから、(立とうとする)
園子 二人とも、今日だけパパの話を聞いてちょうだい。
和夫 なんだよ、お袋まで。いつもは親父とは眼も合わせないくせに。
園子 今日は特別なの。ママがパパと休戦しなくちゃならないくらい。
和夫 今更この家で幸せごっこやってどうすんだよ。
姫子 そうよ、あんた達が世間体気にするのは勝手だけど、家の中まで窮屈にしないでよ。
恒彦 お前達が思っているような話じゃない。心配するな。
姫子 パパの再婚の話。
和夫 ばか、先に離婚しなきゃあ再婚はできないだろ。
姫子 その話だったら私の立場は単純よ。二人の離婚は大賛成。だけどパパ、あの女との再婚はだめよ。それに腹違いの弟妹は絶対にノー。
和夫 右に同じ。なにしろ親父の配偶者になるっていう事は、この家の財産に対して大きな権利を主張できるって事だからね。お袋とは出来るだけ少ない慰謝料で別れて、再婚はしないで、俺達の取り分を少しでも多く残してもらったら文句ないな。
園子 何も知らないんだから。偉そうなこと言っても二人ともまだ子供ね。
姫子 知ってるわよ。配偶者っていうのはパパが死んじゃったら財産の半分を貰えるのよ。子供はその残りを頭割り。だから私たちにとって配偶者の存在は脅威ね。それに子供も増えればそれだけ私たちの取り分が少なくなるのよ。(和夫に)できればあんたにも消えてもらいたいくらいよ。
和夫 お互い様さ。しかしお袋が途中で降りてくれるのは俺達にはラッキーだよ。
園子 (恒彦を)この人はそう簡単には死なないわよ。あのお祖父ちゃんの息子よ。他に取柄はなくても寿命だけは長いに決まってるでしょ。
姫子 ママの気持ちは分かるわ。私が同じ立場でもこの先二十年も三十年もパパと暮らすなんてまっぴらよね。それに、婆さんになっていくら大金が転がり込んできても意味ないもんね。
恒彦 パパがいつまで生きるにしても、お前達に金を残そうなんて気持ちは更々ないよ。
姫子 あのね、パパがどんなに私たちを嫌ってて遺産を全部どこの馬の骨か分からない女だけに残そうとしても、私たちには遺留分っていう法律で守られている権利があるの。子供に一銭も残さないなんて日本の法律では出来ないのよ。
和夫 お前、よく知ってるな。
姫子 友達のパパが弁護士だからこの間遊びに行ったときに聞いてみたの。
和夫 お前の高校程度低いのに親は弁護士とかいるんだ。
姫子 バカね、パパ違いよ。
和夫 あ、そういうことか、納得。
恒彦 我が子ながら、お前達はつくづく頭が悪いな。パパはお前達に取られると分かっていながら遺産なんて残さんよ。死ぬ前に全部使い切るか生きている間に気に入った人間にくれてやるさ。
姫子 何よそれ。
恒彦 遺産じゃない。生きている間に譲渡するんだ。お前達より信頼できる人間にな。
和夫 意義有り。今の恒彦氏の発言は多分に不穏当です。撤回を求めます。親父、そんな意地悪しなくったっていいじゃん。仮にも親子なんだからさ。
恒彦 切れるもんなら縁を切りたいさ。
園子 和夫、姫子、聞きなさい。パパが今言ったことは、パパ自身が自分の父親にされようとしている事なのよ。
姫子 え、
和夫 どういうこと?
園子 あなた達は、パパが死にさえすれば今にも鍋島家の財産が自分たちのものになるなんて思っているみたいだけど、それはとんでもない勘違いって事よ。
姫子 何が勘違いなの?
園子 この家の財産で、パパの自由になるものなんて何もないの。家も土地も、病院の権利も、全部お祖父ちゃんの名義なの。
和夫 何だ、そのこと。ジジイは八十過ぎてるんだ。すぐに逝っちゃうさ。
恒彦 ピンピンしてるよ。後十年は生きるだろう。医者の私が言うんだから間違いない。
園子 それに待ってる時間はないの。来月になったら手遅れだわ。
和夫 なんか、全然話が見えない。
姫子 もったい付けずに話してよ。
恒彦 お祖父ちゃんに、女が出来たんだ。
和夫 あ?
姫子 どういうこと?
園子 だから、お祖父ちゃんに愛人が出来たのよ。みっともないったらありゃしない。
和夫 (笑い)八十過ぎてるんだぜ。なんか、グロいね。
姫子 信じらんない。
園子 この親にしてこの子ありよ。あなた達も血が繋がってるんだから人ごとじゃないわよ。
和夫 俺はしっかり受け継いでます。
姫子 いやらしい。
和夫 まさか結婚するなんて言ってる訳じゃないよな。
姫子 許せない、そんなの。お祖父ちゃんに配偶者が出来たら、この家の財産半分をその婆さんが持っていく事になるじゃない。
恒彦 姫子、二つ間違ってる。女は二十五歳、婆さんじゃない。
姫子 え、
恒彦 それに、お祖父ちゃんは、死ぬ前にこの家の財産をその女に譲渡すると言っている。半分じゃない、全部だ。
和夫 ちょっと待ってくれよ。なんでそうなるんだよ。
恒彦 お祖父ちゃんにとってのパパは、私にとってのおまえ達と同じだ。気持ちはよく分かる。財産を残す気にはなれないんだ。
和夫 そんな悟りきったようなことを言ってていいのかよ。
姫子 そうよ、突然現れた赤の他人に、なんでこの家の財産を全部持っていかれなきゃなんないのよ。
園子 そんなことはさせないわ。ママだってパパが一文無しじゃ、慰謝料が貰えないでしょ。だからこうやって話し合ってるのよ。
恒彦 お祖父ちゃん宛ての高額な請求書が増え始め、おかしいと思っていたら若い女とお祖父ちゃんが一緒だったのを病院の看護士が目撃したんだ。お祖父ちゃんに女の事を尋ねても何も話してくれない。その間も請求書はどんどん送られてくる。困っていたところへ、このダイレクトメールが届いたんだ。(和夫に渡す)
和夫 オフィス、向山?
恒彦 とにかく、相手の女の正体だけでも調べてもらおうと、パパはその興信所に調査を依頼したんだ。
(鍋島家の居間。向かい合って座っている良兼と恒彦の二人)
良兼 調査の報告書です。
恒彦、封筒を受け取り、中からから書類を出して目を通す。
良兼 お帽子被っていらっしゃいますが、写真の紳士は、お父様に間違いございませんね。
恒彦 ええ、間違いありません。
良兼 腕を組んでいるのは、中山洋子、二十五歳。なかなかの美人でしょう。二人がちょうど渋谷のホテルから出てきたところです。年齢差は実に六十二歳。いやあ、羨ましい。(恒彦の不愉快そうな様子に気づき)あ、失礼、何というか、ある意味男のロマンじゃないですか。
恒彦 ‥‥それで、やはり金ですか、女の目的は。
良兼 その通りです。状況はかなり悪いようです。確証はありませんが、背後にヤクザ者とおぼしき影もございましてね。
恒彦 ヤクザですって、
良兼 しかし、お父様は極めて真剣に純愛なさっています。そのあたり、私個人的には感銘を受けてしまいました。
恒彦 (興奮して)冥土の土産話を作るために、家族の金を湯水のように使われてはたまりません。
良兼 ごもっともです。
恒彦 あ、いや、私が言いたいのは、八十七にもなってこんな馬鹿な事をして、あの世に行って後悔するのは、父自身なんです。ですからここは何としてもその女に身を引いてもらわなくては。
良兼 ヤクザと事を構える覚悟がお有りですか。
恒彦 それは、
良兼 女は確信犯です。お父様の素性を知った上で金目当てで近づいて来たんです。半端な額では交渉に応じないでしょう。それに、そんな時間はありません。(カバンからテープレコーダーを取り出す)最新の技術を駆使して傍受いたしました。(テープレコーダーのスイッチを押す。テープの声)
女(声) 「ねえ、良かった?」
恒吉(声) 「ああ、良かったよ」
恒彦 これは、
(良兼、人差し指を口に当てる)
女(声) 「喜んでもらえて嬉しい」
恒吉(声) 「ワシも君に喜んでもらいたいんじゃ」
女(声) 「私だって良かったわよ」
恒吉(声) いや、そういう事じゃなくて、君に礼がしたいんじゃ。笑わんでくれ、ワシは老い先短いこの年になって初めて恋というものを知った。死んだ婆さんは親が勝手に決めた相手じゃったしな。心底好きな女ができる事が、こんなにいいもんじゃとは知らなんだ」
女(声) 「大げさなんだから」