【第2回】第二幕 | マイナビブックス

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傷心館の幽霊 上演台本

【第2回】第二幕

2016.04.22 | 久間勝彦

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第二幕

 

喫茶室『傷心館』上手のカウンターに絹子、目の前にグラス、酔っている。下手にはテーブルを拭いている風子。

 

絹子     フーちゃん、二人で私のことを笑い者にして、さぞ楽しかったでしょうね。

風子     (ため息)だから、誤解です。

絹子     私ね、これでも貴方には良くしてきたつもりなのよ。

風子     ありがとうございます。でも、私とマスターは本当に何も無かったんです。絹子さんの思い過ごしです。

絹子     思い過ごし。

風子     そうです。私なんか入り込む余地無いですよ。マスターは絹子さんの事を愛していましたから。

絹子     そう、そうよね。そうですとも、あの人は私を愛していたの。勿論あなたと彼の間には何も無かったの。そういう事よね。

風子     その通りです。

絹子     あなたとあの人の間には何もなかった。ただ、フーちゃん、あなたがあんまり良くやってくれるんでバイトの時給を上げるかわりにこの店をあなたの名義に変えたんでしょ。

風子     だからそれは、

絹子     何の不思議も無いわ。世間じゃよくある話よね。

風子     絹子さん、

絹子     それとも売り上げがいいからボーナス代わりにお店をくれたのかしら。今時コーヒー一杯百五十円でやってる店なんてそんなに無いから儲かって仕方ないですものね。

風子     絹子さん、本当に私は、

絹子     ふざけないでよ。何もなかったなんて、そんなこと誰が信じると思ってるの。

風子     マスターがお店の名義を変えたのは、(絹子、紙にマジックで何か書いている)絹子さん、何やっているんですか。

絹子     適正な価格に直してあげているのよ。(書いた紙を壁にあてながら)コーヒー一杯一万五千円、どう?

風子     お店潰す気ですか。

絹子     潰れればいいのよ、こんな店。

風子     絹子さん、いい加減にして下さい。そんなんだからマスターは私にお店を任せようとしたんじゃないですか。

絹子     あら、ついに本性を現したわね。何、自分の方が愛されていたって言いたい訳。

風子     そんなこと言っていません。

絹子     言ってるじゃないの。何よその勝ち誇った目は。あ~、何で何でよりにもよってあなたみたいな女給と。

風子     女給?

絹子     (書いた紙を壁に貼りながら)潰してやる、潰してやるわよこんな店。

風子     分かりました。もう好きにして下さい。私ははじめからお店なんか頂こうとは思ってませんから。

絹子     開き直った。

風子     でもこれだけは言っておきますけど、こんな小さな店でも毎日楽しみに通ってきてくださるお客さん達がいるんです。マスターのお葬式でおいおい泣いてた常連さん達を絹子さんもご覧になったでしょう。あの人達のためにマスターはお店を残したかった、ただそれだけなんです。でも絹子さんは自分の仕事のことばかり一生懸命で、こんな小さな店やめろっていつもマスターに言ってたじゃないですか。(京子と美里、下手より登場)そりゃあ、有名な佐伯絹子先生の夫がこんなお店でコーヒーを運んでいる姿を写真週刊誌にでも撮られたらって、心配するのは分かりますけど、

絹子     お客、

風子     え、(振り向き)あ、いらっしゃいませ。 お二人様ですか。(思い詰めた目をしている二人に気圧されて)‥‥。

京子・美里  ‥‥。

風子     どうぞ、こちらへ。(絹子、突然号泣)あ、すみません、何でもないんです。(絹子のもとに走り)絹子さん、絹子さん、

絹子     泣かせてよ。

風子     お客さんいるじゃないですか。

絹子     夫に裏切られた女の気持ちが、あんたなんかに、あんたなんかに、(泣く)

風子     お願いですよ、絹子さん。お客さんいらしてるんですから。

絹子     (しゃくりあげる)分かったわよ。

風子     (テーブルに戻り)失礼しました。(メニューを渡しながら)どうぞ。うちはケーキが美味しいんですけど、今日はあいにく終わってしまってお飲み物だけに、(コーヒーの張り紙を見ている二人の視線に気づき、慌てて)あ、あれは、ですね。

美里     (メニューを返し)コーヒー、

風子     え、

京子     私もコーヒー、

風子     でも、あれは‥‥そうですか、かしこまりました。コーヒーお二つですね。(カウンターへ戻る)

絹子     ヒック、ヒック、

風子     (絹子に小声で)やっぱり、これまで安すぎたんですかね。(テーブルの二人に)すぐに入れますから。うちのコーヒー、本当においしいんですよ。(コーヒーカップをカウンターの上に用意しながら)絹子さんも召し上がります。

絹子     いらないわよ。

風子     勝手にしてください。

絹子     (風子が後ろを向いた隙に、タバスコをコーヒーカップに注ぎながら)潰してやる、潰してやるわよこんな店。

風子     (絹子に気づき)何やってるんですか。(タバスコを取り上げ)もう、本当に。(新しいコーヒーカップにコーヒーを用意して)後でゆっくりお話しますから。(テーブルに戻り)お待たせしました。

美里     あの、ここホテルもやっているんですか。

風子     え、

京子     ホテル傷心館って、

風子     ああ、表の看板ですね。すみません、今は営業してないんです。(下手より、様子を窺がうようにリリー登場。風子達の背後を抜けて上手へ。途中、絹子と目が合い、立ち止まる)一年前からこちらの喫茶だけなんです。

美里     そうですか、でも変わった名前。

風子     ハートブレイクホテルからとって。プレスリーご存知ですか、オーナーがプレスリーのファンで、

絹子     フーちゃん、

風子     (絹子に)ちょっと待ってください。

 

(リリー、上手に走り去る)

 

京子     ねえ、泊めてもらえない。

風子     え、

美里     今晩、ここに泊めてもらえませんか。

風子     宿泊ですか。あの、今申しましたように一年以上使ってないんで、とてもお客様をお泊めできるような状態じゃ、

絹子     (リリーの行方を目で追いながら)フーちゃん。

風子     (絹子に)ちょっと待ってください。(二人に)申し訳ありません、お泊めするわけには、

京子     看板はずしてないんだから、営業中でしょ。

風子     そうおっしゃられても、今からでは準備ができませんので、

京子     準備なんか要らないの。

風子     掃除もしてませんし、

絹子     いいじゃないの、泊めてあげれば。

風子     絹子さんは黙っててください。

絹子     何よその言い方。

美里     泊めてください。

風子     本当に申し訳ありませんが、掃除もしてないし、朝食も準備できませんので、

美里     掃除も食事も必要ないんです、

二人     私たち。

風子     でも、

美里     最上階の部屋と、手すりの低いベランダさえあれば。

風子     はあ?

京子     お願い、泊めて。

風子     申し訳ありません。でも、本当にお泊めできる状態じゃないんです。

絹子     (叫ぶ)フーちゃん、やっぱりあなた私のことを馬鹿にしているでしょう。

風子     (きつく)絹子さん。

絹子     何よ、そんな顔しても、怖くなんかないわよ。(泣き出しそうな顔で)私、私もう死にたい。う、う、(絹子が今にも泣き出しそうに大口を開けた瞬間、京子と美里が号泣。絹子と風子、驚いて二人を見る)何なのフーちゃん?

風子     あの、お客様、お客様、

京子     もういや、私本当に死にたい~。

風子     えっ、

美里     私も死にたい。

風子     何でこうなるの。お客さま、あの、

京子     お願い、ここで死なせて。

美里     死にたいんです。

風子     はあ?

京子     私たち、自殺する場所を探してたの。

美里     そしたら、こちらの看板が見えて、

京子     傷心館なんて、私たちにぴったりの名前でしょ。

美里     だから、ここで死ぬことにしたんです。

風子     何言ってるんですか。

美里     お邪魔はしません。部屋に入って少し休んだら、朝日が昇る頃には済ませますから。

風子     冗談じゃないです。

京子     それがダメなら、せめて部屋で遺書を書かせて。後はそれを靴の上にのせる時間だけあればいいの。

美里     絶対に迷惑はおかけしませんから。

風子     充分迷惑です。

美里     私たち、もう生きていたくないんです。

京子     こんな人生もういやなの。

風子     人生いやって、

絹子     (グラスを持ってテーブルに)分かる、分かるわよ、その気持ち。

美里     とにかく死にたいんです。

絹子     分かるわ~、その気持ち。どうせいい事なんか無いですもの。

風子     絹子さん、無責任な事言わないでください。

絹子     不幸な女同士、通じるものがあるのよ。

風子     とにかく、冷静にお話しましょう。

徳さん    (下手より登場)フーちゃん、マスター、マスター、

風子     またこんな時に、徳さん。

徳さん    フーちゃん、マスター、

風子     徳さん、言ったでしょ、もうマスターはいないの。それに今夜はちょっと忙しいから、ごめんなさい、また明日。    

徳さん    ああ、カ・ミ・サ・ン、(指で角を立てる、続いて走って逃げるジェスチャー。マスターは絹子に怒られて逃げ出したのか、の意味)

風子     (絹子さんいるのよ)徳さん、

徳さん    (絹子を見て)あ、

絹子     モウロク爺さん。もう棺おけに片足入っているのに、どうしてそんなに急いで両足突っ込もうとするの。

風子     絹子さん、

徳さん    フーちゃん、(上を指さし、)お、お、ん、な、

風子     え、(徳さんのジェスチャーを見て) 何なの徳さん、(ジェスチャーで女)女の人?(頷く徳さん、天井を指さす)二階?(違うと首を振る徳さん)三階?(また違うと首を振る徳さん)

絹子     屋上、(徳さん指を立て、ジェスチャーでピンポン)

風子     屋上で、女の人が? (頷く徳さん、手を合わせ、手摺りを乗り越える仕草)

風子     えっ‥‥まさか。(慌てて下手に退場)

風子(声)  やめなさい、やめなさいよ、危な~い。

 

(落ちてくる女の悲鳴、ドスンという音。顔を見合わせる女達三人。しばしの間)

 

絹子     落ちたわね。

美里     落ちました。

絹子     五階建てだから、十四、五メートルはあるし、

京子     助からないわね。

絹子     フーちゃん。(返事がない。顔を見合す三人)フーちゃ~ん。

風子(声)  何ですか~。

絹子     どんな、感じ、

風子(声)  一面、血の海です。

絹子     そ、そう。

風子(声)  破裂した内臓がそこらじゅうに飛び散って、

美里     ひっ、

風子(声)  コンクリートに叩きつけられた顔は、男女の見分けもつきません。

京子     ウ~、

絹子     フーちゃん、分かった、もう分かったわ。

風子(声)  あら、まだ細胞は生きてるんですね、折れ曲がった手足が微かに痙攣しています。皆さんもご覧になりますか。(おびえる三人) 死ぬって言う事は、そういう事なんですよ。(下手より、リリーを支えながら風子登場)

リリー    痛、たたた、

風子     幸い、この人の場合は、ひさしのテントがクッションになって、足をくじいただけで済んだようですけど。

絹子     フーちゃん、

美里     おどかさないで下さい。

風子     大丈夫ですか、そこに、(椅子に)

リリー    (腰を下ろす時、絹子が引いた椅子が足に触れ)痛い、痛いじゃないの、乱暴にしないでよ。

絹子     ん?(りりーを覗き込み)フーちゃん、男女の見分けがつかないって、そういう事?

風子     絹子さん、(一同、まじまじとリリーを見る)

リリー    何ジロジロ見てんのよ。オカマが空から降ってきたのがそんなに珍しい。

京子     あ、いえ、

美里     珍しいんじゃないでしょうか。

絹子     でも、五階から落ちて助かるなんて、

風子     運が良かったんですよ。命、大切にしてください。

リリー    あたしは、あたしは助かりたくなんかなかったのよ(号泣)お水、お水頂戴。

徳さん    ああ、(私が行くよの意味。カウンターへ)

風子     どうして自殺なんかしようと思ったんですか。

リリー    聞いてどうするの。どうせ傍から見たらありふれた色恋沙汰よ。

 

(徳さん、カウンターに出ていたカップにピッチャーの水を入れリリーのところ)

 

リリー    (徳さんからカップを受取り)でもね、あたしは本当にあの人のことを愛してたのよ。(カップを両手で包み込むように持って)それなのに、それなのに、やっぱりあたし、死にたい(一気に飲む。タバスコ入り。吐き出し、叫ぶ)ブァー、何飲ませんのよ、あたし殺す気。      

 

(暗転)