第一幕
踏切の警報機音が聞こえる。赤い点滅に照らし出される京子。上手から近づく電車。意を決したように飛び込もうとするが、飛び込めない。電車が通り過ぎ、点滅と警報機の音がやむ。肩で息をしている京子。再び赤い点滅と警報機音。今度は下手からの電車の音。眼を閉じ、叫びながら飛び込もうとするが、やっぱり飛び込めない。その場にへたり込み、ぼう然と通り過ぎた電車を見送る。ふと見ると、上手に若い女(美里)が立っている。立ち上がる京子。しばらくお互いの顔を見ている二人。
京子 来ないで。
美里 ‥‥‥。
京子 止めても無駄よ。
美里 ‥‥‥。
京子 気持ちは、変わらないんだから。
美里 あの、
京子 じゃましないで、止めて欲しくないの。
美里 止めません。
京子 ‥‥‥止めないの‥‥じゃあ、何よ。
美里 何て言うか、その、待ってるだけです。
京子 待ってるって、
美里 飛び込むんですよね。
京子 ‥‥‥見物?
美里 そういうわけじゃ、
京子 ちょっと、ふざけないでよ。人が死のうとしているのよ。テレビや映画じゃなくて、本当に死のうとしているのよ。見物なんて冗談じゃないわ。あっち行ってよ。
美里 ‥‥‥。
京子 行きなさいよ。
美里 ‥‥‥。(じっと京子を見ている)
京子 まったく、世の中狂ってる‥‥いいわよ、どうせすぐにおさらばなんだから。(上手より電車の音。京子また飛び込もうとするが、やはり飛び込めない。電車が通り過ぎる。言い訳するように)各停はダメ、準急以上って決めてるの。
美里 ‥‥‥。
京子 自殺するなんて、弱い人間だと思っているんでしょ‥‥あんたに何が分かるのよ。私だってそれなりに頑張ったわよ。でも、しょうがないでしょう。どうしようもない事だってあるんだから。二十五年間生きてきて、それほど恵まれていたとは言えないけど、持って生まれた性格と与えられた環境の中で、出来るだけのことはやったわよ。それなりに幸せだったし‥‥‥それがあいつのせいで、あいつのせいで(涙声)もう私、ボロボロ。あんな男、あんな男、ちくしょう~。(泣き崩れる)
美里 次、来ますよ。
京子 え、(下手より電車の音。驚いて美里を見つめている京子。電車が通り過ぎる)
美里 急行でしたね。
京子 あんたね、私は自殺しようとしているんだから、普通の精神状態じゃないのよ。それなりに、切羽詰まった気持ちで、追いつめられてここに立っている訳じゃない。そうよ、自殺するくらい精神的にまいってるんだから判断力が欠如してて当然なのよ。だけど、あんたは健全なメンタルでそこにいるんでしょ‥‥‥普通止めない?
美里 止めて欲しいんですか。
京子 そんな事言ってんじゃないわよ。
美里 ‥‥‥靴、脱がないんですか。
京子 えっ?
美里 映画とか、靴脱ぐじゃないですか。
京子 ‥‥‥それは水に入ったり、高い所から飛び降りて死ぬ場合でしょ。電車で死ぬのに靴は脱がないんじゃない。
美里 そうですか。
京子 ね、気が散るからあっち行ってよ。
美里 やっぱり、靴は脱いだ方がいいと思います。
京子 脱がないわよ。
美里 遺書、どうするんですか。普通脱いだ靴の上に置くじゃないですか。
京子 遺書なんて無いわよ。
美里 無いんですか、遺書?
京子 無いわよ、そんなもの。
美里 じゃあ思いつきですか。
京子 えっ、
美里 遺書も用意してないなんて、思いつきで飛び込もうとしているんですか。本当に死ぬ気あるんですか。
京子 ‥‥‥。
美里 (上手を見て)次が来ます。(赤い点滅、警報機の音)
京子 あの、私、
(美里、しばらく京子を睨んだ後、靴を脱ぎ、その上に白い封筒をのせる)
京子 ちょっと、何よ。
美里 時間かかるようだから、先に行かせてもらいます。(一歩前に出る)
京子 ちょっと、あんた何やってんのよ。
美里 各停でも急行でも何でも来いです。(近づく電車の音)
京子 (美里を引き戻そうとしながら)やめなさいよ。
美里 放してください。
京子 危ないじゃないの。
美里 死んで化けて出てやるんてす、私を騙した男の所に。
京子 え~、何言ってるのよ電車が来るでしょ。
美里 死なせてください。
京子 やめなさいってば、
美里 死なせて~。
京子 危な~い。(美里を押し倒す形で一緒に倒れる。警笛音と共に電車が通り過ぎる。しばらくして京子立ち上がり、怒鳴る)何があったか知らないけど、男に振られたくらいで死ぬことはないでしょ。
美里 えっ、(顔を見合わせる二人。暗転)