【第3回】第三幕(1) | マイナビブックス

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傷心館の幽霊 上演台本

【第3回】第三幕(1)

2016.04.26 | 久間勝彦

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第三幕

 

風子     そんな訳で、その夜、何かに吸い寄せられるように傷心館に集まった女たちは、お約束通り互いの傷を舐めあうような身の上話を始めました。勿論音頭取りは絹子さんです。私には確信に近い不吉な予感がありました。こんなメンバーに絹子さんが加わって話が良い方向に向かう訳はないんです。

 

(扇状に並んだ椅子。中央の奥、扇の要に絹子。上手に向かってリリー、徳さん、風子。下手に向かって京子、美里)

 

絹子     それじゃあ、会場の提供者として、とりあえず私が議事の進行を務めさせて頂くわね。

 

(徳さん拍手)

 

風子     何でまだいるの、徳さん。

絹子     三人寄れば文殊の知恵なんて言うけど、幸い今夜は同じような境遇の女と、オカマさん、四人も集まったんだから、きっといいアイデアが浮かぶと思うのよ。

風子     何をするつもりですか、絹子さん。

絹子     フーちゃん、部外者は黙っててちょうだい。

風子     部外者、

美里     あの、集団自殺とかですか?

リリー    あたし、つるむのはイヤよ。一人で静かに逝きたいわ。

京子     私はどっちでもいい、早く死ねれば。

風子     皆さん、本当にどうかしてますよ。

徳さん    フーちゃん、マスター、

風子     頭変になりそう。

絹子     集団でも個別でも、幸いこの佐伯絹子、職業柄、自殺の手段や結果についてはかなり豊富な知識をもっているからきっと役に立つわよ。自殺って案外難しいのよ。オーソリティーの意見を無視しちゃだめ。失敗して、一生植物人間なんてケースも多いんだから。

リリー    脅かさないでよ。

京子     職業柄って、何やってるんですか。

美里     もしかして‥‥佐伯絹子さんって、あの、

リリー    探偵猫股木勝男の事件簿?

京子     あそうか、誰かに似てると思ったけど、あの佐伯絹子。

絹子     そっ、その佐伯絹子よ。

風子     得意になっちゃって。

リリー    でも、その有名な小説家が何で私たちの自殺を手伝うのよ。

京子     小説のアイデアにするとか?

絹子     それ程ネタに困っちゃいないわよ。

美里     じゃあ、どうしてですか。

風子     何にでも首を突っ込みたい性格なんです。

絹子     (風子に)部外者は発言禁止、つまみ出すわよ。

風子     さっきまで泣いてたくせに。

絹子     (京子たちに)勿論、心情的に理解できるからよ。それに、今夜 この傷心館に私も含めて同じような境遇の女達と、オカマさんが集まったのは偶然じゃないような気がするの。何となく協力しあった方が自然だって感じるのよ。

リリー    オカマオカマって言わないで、リリーって名前があるの。

美里     リリー?

リリー    確かに男に裏切られて死に場所を探してた女がこうやって何人も集まったのは奇遇だけど、お互い初対面なのにいきなり自殺の助け合いってのはやっぱり変じゃないかしら。

絹子     だったら知り合えばいいだけの事よ。そうだわ、そうしましょう。そう言えばそちらの二人はまだ名前も聞いてなかったし。月並だけど自己紹介から始めましょうよ。ついでに、今夜こんな場所に迷い込むことになったいきさつも話しましょう。どの道短い付き合いになる訳だから後腐れもないし、誰かに言いたい事を言ってから事に及んだ方がスッキリするんじゃない。

美里     それ、いいですね。私もそう思います。

リリー    いいわよ。自己紹介でも何でもやってやろうじゃないの。

絹子     じゃあ、(京子に)あなたから。

京子     えっ、私から、

リリー    何よ、これから命を捨てようって人間が、こんな事くらいに尻込みしてどうすんのよ。

京子     それは、そうだけど。

美里     この人、まだどこか吹っ切れてないんです。

京子     そんな事ないわよ。

美里     飛び込めなかったじゃないですか。

京子     違うわよ、あれは、あれはあんたが邪魔したからでしょ。気が散って出来なかっただけじゃない。いいわ、自己紹介でしょ‥‥。名前は藤島京子、二十五歳、どこにでもいるようなごく普通のОL。自殺の動機もありきたり、婚約までしたのにそれが破談になってしまったから、以上。これでいい、終わったわ。

絹子     はい、ご苦労様。京子さん、藤島京子さんね‥‥あなた、そんな根性じゃ死ねないわね。

京子     え、

絹子     この期に及んでまだ本音で話していないし、自分をさらけ出すのを怖がってるそんなんじゃ、いざとなっても死ねないわ。

京子     どういう事ですか。

絹子     あなた自殺の動機をありきたりって言ったわね。そんな事ってある。他人がどう思うかは別として、少なくともあなたにとっては絶対にありきたりじゃないはずでしょ。死ぬほど辛かったり、許せなかったり、途方もなく情けなかったりするんじゃないの。だから死のうとしてるんでしょ。何かっこつけてるのよ。

京子     そういう訳じゃ、

絹子     第一、ほかの人たちに失礼よ。一緒に死んでいく道行きに、そんなつまらない話を聞かされて、自分の自殺まで安っぽくなってしまう気がするじゃない。一緒にしないでって言いたくなるわよ。

京子     ごめんなさい。

風子     妙な説得力。

美里     本音で話しましょう。

リリー    最期の言葉じゃない、上辺だけってのは悲しいわよ。ここで会ったのも何かの縁だしね。

絹子     お腹の中にあるもの、全部出しちゃいましょうよ。

京子     ‥‥分かったわ‥‥。(吹っ切れたように)そうよね、どうせ死んじゃうんだもん、思いっきり言いたい事言って死んでやるか。よおし、洗いざらい話してやるわよ。話してやるから、よおっく聞いててよ。(中央に歩み出る)私は藤島京子。藤棚の藤、海に浮かぶ島、京都の京、子供の子、藤島京子。(軽快な曲)こう見えても仕事は丸友商事の秘書課勤務。人に聞かれたら「ごく平凡な二十五歳のOL」なんて答えるけど、私も含めて同じ課の女の子達は誰一人自分の事をそんなふうには思っちゃいないわ。何故なら、丸友商事は資本金二千五百億、総資産六千七百億の超優良企業。そしてそんな丸友エンパイヤーの中に燦然と輝く花園こそ、知性と美を兼ね備えた女性だけが働く事を許されるセクレタリー・ディヴィジョン、丸友商事本社秘書課なのよ。社内では歴代の重役や取締役の奥さん達はほとんどが秘書課出身。だから、将来性のある男性社員は、先輩達の例に倣おうと、競って私達秘書課の女子社員をゲットしようとする、言ってしまえば綺麗で仕事の出来る女にはそれに相応しい男が現れて当然って事ね。つまり女の子たちにとって将来の幸せをも約束された部署が丸友商事秘書課なのよ。(中央の京子だけにスポット)

 

(電話のベルなど、オフィス内の喧騒が聞こえてくる。ドアが開く音)

 

同僚A(美里) 藤島先輩、アムステルダムに送った荷物の送付状、何であんな文面になるんですか。先方からお怒りのメール届いちゃってるんですけど。

京子     ミスター・クレイマーでしょ。そんな筈ないわよ。気難しいお客さんだって聞いてたから、あたし思いっきり丁寧な挨拶文もつけて送ったのよ。

同僚A    それが余計なんです。先輩、アイ・ノウ・ユー・アー・ハードリーウォーキングって書いたでしょ。

京子     ええ、お忙しいのに、お手を煩わせて申し訳ないですがって、つもりだったんだけど。

同僚A    それを言うならウォーキングハード。ハードリーウォーキングじゃ、あなたはろくに働いてもいないって意味なんですよ。

京子     え、

同僚A    英語分からないんだったらコメントなんか入れないでくださいよ。それに送付状に余計な挨拶は要らないんです。インボイスの意味、全く理解してないんですね。

京子     私とした事が、初歩的なミスよね。ごめんなさい。あの、急いでお詫びのメール送るわ。

同僚A    もういいです。私の方で処理しましたから。

京子     そう、ありがとう。

同僚A    忙しいときに余計な仕事まで増やさないでくださいね。

京子     ごめんなさい。

同僚A    藤島さん、大学は私立の新設校だったって本当ですか。

京子     えっ、ええ。それが何か、

同僚A    いえ、別にいいんですけど。秘書課って、みんな国立か有名私立出てる子ばっかりだから、ちょっと毛色が違うかなって。

京子     ‥‥。

同僚A    あ、別に深い意味はないんですよ。それじゃ。

 

(ドアが閉まる音。落胆した京子。電話の音、受話器を取る京子)    

 

京子     はい、丸友商事秘書課です。

叔父の声(リリー) もしもし、京子か。

京子     あ、鈴木専務。

叔父の声   もう会社の人間じゃないんだから、専務はないだろ。叔父さんでいいよ。

京子     うん。

叔父の声   どうだい、その後うまくやってるか。

京子     叔父さん、やっぱり私には無理だったみたい。何年いても馴染めないわこの会社には。

叔父の声   そうか、やっぱり無理か。いや、紹介した私がヘッドハンティングで他社に移ってしまったんだもんな。残されたお前が苦労するのは私の責任だ、申し訳ない。

京子     叔父さんの事とは関係ないのよ。ただ、私には荷が重かったみたい。まわりは綺麗で優秀な子達ばっかり。コネで入ったら後が大変って聞いてたけど、こんなに苦労するとは思わなかった。

叔父の声   そうか、叔父さんも今の会社に移ってはみたものの、それ程順調じゃないんだ。

京子     そうなの。

叔父の声   だから新しい職の世話は出来ないんだが。京子、お前そろそろ結婚して退社するというのもいいんじゃないのか。

京子     そんな相手がいたら、とっくに結婚してるわよ。

叔父の声   相手だったら心配するな。実は、お前にちょうどいい見合いの話があるんだ。一度会ってみないか。

京子     お見合い、

叔父の声   ああ、相手は叔父さんの今の会社のメインバンク、第三勧業銀行の頭取の御曹司だ。悪い話じゃないぞ。

京子     第三勧業って、大手都市銀行の頭取の息子が、何で私なんかとお見合いするの。そんな人ならいくらでもいい話があるでしょ。

叔父の声   それが不思議と縁遠いらしいんだ。私も一度だけ会った事があるが、なかなかの好青年だ。まさに掘り出し物だよ。

京子     でも、私なんかじゃダメに決まってるわよ。

叔父の声   心配はいらん。先方にはもうお前の写真を見てもらったんだ。そしたら気に入ってくれたらしくて、是非会いたいと言って来た。それで早速お前に電話してみたんだ。

京子     でも叔父さん、私もう無理するの嫌だし、結婚は分相応な人の方がいいような気がするわ。

叔父の声   馬鹿、女の人生は男次第だ、幸せを掴むのに遠慮してたら、いい縁なんか一生回って来ないぞ。

京子     でも、

叔父の声   来週の日曜、午後は空けときなさい。詳しい事はまた後で連絡するから。じゃあ。(電話を切る音)

京子     叔父さん、叔父さん、(受話器を置く京子)これがすべての始まりだった。私はその次の日曜、あの男、一乃蔵洋介と会ったの。 

 

(暗転。闇の中に声が聞こえる)

 

叔父の声   それじゃあ、後は若い二人に任せて、我々はそろそろ退散致しますか。

洋介の母の声(絹子) 洋介さん、ちゃんと京子さんをご自宅までお送りするんですよ。それから、あまり遅くならないように。

洋介     分かってるよ、母さん。

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