【第3回】 | マイナビブックス

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コマドリ頭巾

【第3回】

2016.09.08 | 桂南

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「それでは、Let's party tonight!今夜はパーッとやろうぜ!」
「日本語訳を言わなくたってわかるよ。そんな簡単な英語。ここにいるのは全員英語の教師だぞ」と苦笑いしながら伊達。
「じゃあ、もう一つ。Let's not stand on ceremony tonight!今夜は無礼講だぜ!」
「こいつ、また和訳を言いやがって。何が『無礼講だぜ!』だ」
周りの空気を読まずにいつまでも続く伊達と田代の漫才じみたやり取りを見かねて、「いい加減にして、先に進めろ」と誰かが痺れを切らし言った。
伊達と田代のじゃれ合いは、職員でもよく見かける光景である。この騒々しい二人が英語科の雰囲気を明るく活気づけているのは誰もが認めているのだが、今夜は周りからあまり歓迎されていないようだ。
山本は、田代と伊達の二人は仲が悪そうで実は良いコンビなのだ、と思いながら穏やかな笑みを浮かべ見ている。
にやついた顔を引き締め、ぺこりと頭を下げ、姿勢を正してから田代が再び話し始めた。
「それでは、まず、主任の武田先生に乾杯の音頭をお願いします」
「いきなり私ですか」
「ここは主任の出番です。音頭を取っていただかないと会が始まりませんので。よろしくお願い致します」と丁重に田代。
「じゃあ、手短に」
そう言って立ち上がろうとするが「仲間内なんですから、座ったままでいいじゃないですか」と声をかけられ、「では、このままで失礼して」と軽く頭を下げ座り直した。
「山本先生。長い間本当にお疲れ様でした。振り返りますと、いろいろな出来事が走馬灯のようによみがえってきます。一晩では語り尽くせないかもしれませんが、今夜は、我々と一緒に大いに飲んで、思い出話に花を咲かせましょう」
そう言うと腕を伸ばし、グラスを肩の高さまで上げた。
「おーっ、いつになく短いですね」と茶化すように誰かが言った。
「Brevity is the soul of wit.『言は簡潔を尊ぶ』と言うでしょう」得意げに武田。
「おっ、シェークスピアか」また誰かの声。
「グラスの用意はいいでしょうか」
武田が乾杯を促す。
「それでは、山本先生に感謝の気持ちを込めて、乾杯致します。みなさんご唱和ください。乾杯!」
乾杯!乾杯!カチン、カチンとグラスを合わせる音があちこちでする。
山本はグラスに注がれたビールを一気に飲み干し、同僚の顔を一人一人確認するように見回した。これまで苦楽を共にしてきた仲間がそこにいる。じきに職場を離れるのかと思うと、何か込み上げてくるものがある。
山本が感慨に浸っていると、空いたグラスを見て、側に座っている織田がビールを注ぎながら話しかけてきた。
「先生、今夜は思い切り飲んでください」
「ありがとう。でも君はほどほどにね。いつもへべれけになるまで飲むから」
織田は深酒しては何度となく山本に絡み、迷惑をかけていたのである。
「はい。先生の送別会ですから。先生が酔ったら僕が介抱役を務めさせていただきます」
真顔で織田が言った。
「本当かよ」と周りから声がかかり、織田が苦笑いしている。
次々と料理が運ばれてくる。
「それではしばらくの間、ご歓談ください。なんちゃって」と田代。
「なんちゃって、が余分なんだよ」すかさず伊達。
「お前ら二人で勝手にやってろ」呆れたように真田。
もう誰も止めようとはしない。隣同士でビールや酒を注ぎ合い、姿勢を崩し、日頃の憂さを晴らすかのようにしゃべり、盛り上がっている。
少しして田代がまた膝立ちになった。
「宴もたけなわですが、続けて、えー、次はですね……」
柄にもなく田代が難しい顔で考え込む。
「おいおい、しっかりしてくれよ」
伊達がまたちょっかいを出す。
するとそれに応戦するように田代が言った。
「じゃあ、ここで山本先生に一番お世話になった方に、反省の弁も含めて、謙虚に話してもらいましょう。伊達先生どうぞ」
田代がぺろりと舌を出す。

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