【第2回】 | マイナビブックス

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コマドリ頭巾

【第2回】

2016.08.17 | 桂南

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山本は教え子たちの顔を思い出しつつ、ぶつぶつ呟きながらゆっくり歩いていた。何を話題にすべきか考えがまとまらぬまま、ふと気づくと店の前まで来ていた。これまでに何度となく教員仲間と杯を酌み交わした馴染みの居酒屋である。
暖簾をくぐり店の中へ。二階へ上がり、襖を開けると、温かい拍手で迎え入れてくれる。長テーブルが縦に二つ置かれ、それを囲むように座っている。壁に貼りつけてある模造紙には『山本武士先生、お疲れ様でした』の文字が踊り、四隅にバラのようなものが飾られている。ティッシュペーパーで作ったのか、形や大きさがまるで揃っていない。あの二人が準備したのだろう。思わず山本の口元が緩む。
上座へ案内され、ねぎらいの文字が書かれた模造紙とバラもどきを背に、座布団を引き寄せ腰を下ろした。視線を前に向けると、山本と主任の武田を除く英語科専任スタッフ十二名の見慣れた顔が並んでいる。男子校の宿命なのか、女っ気なしの男所帯である。
昨年から教鞭を執り始めた自称若手のホープ田代が、膝立ちの姿勢で参加者の顔を見回しながら話し出す。
「主任の武田先生から、会議が終わり、こちらに向かっていると先ほど連絡がありました。ビールは」
まだ飲まないように、と声をかけようとしたその時、階段をドカドカと上がってくる音が聞こえ、襖を開け主任の武田が入ってきた。
「すみませんね。会議が延びてしまって」
息が切れている。ハーハー言いながら上座近くの席に腰を下ろした。
「走ってきたんですか」と誰かが聞く。
「フー、今夜は大切な日ですから」
かなり無理して急ぎ足できたのだろう。まだ呼吸が乱れている。
「みなさんお揃いのようですね。それでは」
そう言って田代が挨拶を始める。
「今夜は、山本先生の送る会にお集りいただき、ありがとうございます。進行役を務めさせていただきます田代で、あっ、名前を言う必要はないか」
顎を前に突き出し不自然な格好でお辞儀をすると、励ましとも冷やかしともとれる声があちこちからかかった。よっ、いいね、頑張れよ、しっかりな。それに拍手が入り交じる。
「未熟な若輩で、至らぬ点も多々あるとは思いますが」
田代が照れ臭そうに言った。
「おいおい、堅苦しい挨拶は抜きにしろよ。そうならないように若手のお前を選んだんだから。そんな畏まった話し方をしてたら、すぐにぼろが出るぞ。いつもは日本語と英語をチャンポンにして、チンプンカンプンな話をしてるくせに」
先輩風を吹かせ伊達が茶々を入れた。
田代が条件反射のように言い返す。
「チャンポン?チンプンカンプン?そんな表現はもう死語じゃないですか」
「死語?何を言ってるんだよ。このすぐ近くに長崎チャンポンを売りにしてる店があるだろうが」
「そのチャンポンは名詞でしょ。動詞としては使わなくなってるんじゃないですかね。それにチンプンカンプンなんてまず言わないな。少なくとも僕らの世代では」
「何が僕らの世代だよ。相変わらず口の減らない奴だな。じゃあ、どう言うんだよ」
「もういいから二人とも。それくらいにして、始めよう」
伊達の正面に座っている真田が呆れ顔で割って入った。
「あっ、すいません。じゃあ、いつもの調子で行かせてもらいます。いいですよね、伊達先生?」
「いちいち俺に聞くな」
伊達がぶすっとした顔をしている。
「田代君に任せると、英語で進行しかねないからな。今夜は日本語だよ、日本語。いいかい。頼むよ」
ようやく呼吸が整った武田が小声で釘を刺した。
「わかりました。でも一言だけ英語で言ってもいっすか」
「おい、いっすか、かよ。一言だけだぞ」と伊達が念を押す。
「いちいち絡むな」と真田。

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