【第3回】第一章 わたしの死から告別式までの出来事
2016.06.07 | 内田宰良
第一章 わたしの死から告別式までの出来事
今日は20××年××月××日。
わたし『 』は25歳の生涯を閉じた。こんなに早くしかも突然に人生の舞台から降りることになろうとは思ってもみなかった。
「『 』さんのご両親ですか?」
駆けつけた父と母に医者が訊いた。父は黙って頷いた。
病院のベッドの上に横たわるわたしのそばに医者と両親がいた。
「残念ながら病院に運ばれたときにはもう手の施しようがありませんでした」
そう言うと医者は軽く会釈してその場を離れた。
母は嗚咽しながらしゃがみこんだ。父は母の肩を抱いた。兄と姉が駆けつけた。
『 』、『 』と兄と姉が交互にわたしの名前を呼んだ。
わたしは意識がなくこの病院に運ばれたので何故ここにいるのかも分からなかった。しかし状況はすぐに飲み込めた。
わたしにはこの病院内の状況がすべて見えていた。そこでの人の表情も会話もすべて把握できた。
この本を読んでいたお蔭ですべてがすっきりと理解できた。
病室の天井あたりにもうひとりのわたしがいてベッドに横たわる死人のわたしを眺めていた。身体から離れたもうひとりのわたしは360度自由だった。
思ったところに行こうと思った。
はじめに婚約者のところに行った。婚約者といってもまだふたりの間の約束段階なので両親には紹介していない。婚約者はまだ職場にいた。わたしの友人Aから電話を受けていた。友人Aには婚約者に会ってもらっていた。
婚約者は非常に慌てていた。
「えっ! 『 』さんが亡くなったって本当ですか? 昨夜会ったばかりですよ。昨日は元気だったですよ」
その声は職場の周囲の人の耳目を集めた。
死亡した病院には両親と兄と姉が駆けつけていた。その日は我が家族4人だった。交通事故で死亡したわたしは病院からいったん警察の死体検視室に運ばれた。そこで検視官が死体の損傷状況をチェックした。その夜に遺体は我が家に戻った。その間の状況ももちろんわたしは把握していた。
父から職場の上司に一報を入れていた。姉からは姉も知っている高校時代の友人Aに連絡した。
翌日に父が呼んだ葬儀屋が家に来た。
父は簡素な式を希望した。葬儀会場は市営の集会所を利用することにした。
葬儀はその翌日にお通夜が、その翌々日に告別式が執り行われることになった。
その日は父の弟と母の妹が来てくれた。兄と姉がわたしの年賀状を手分けしてチェックしていた。職場と友人関係はその年賀状を見ながら葬儀の日程などを連絡していた。その日は親戚のふたりだけが来訪した。
わたしは自分の布団に横たわっていた。その周りでわたしの短い人生のことを親兄弟が話し合っていた。
姉が言った言葉に皆が涙した。
「『 』ちゃんは結婚する約束の人がいてね。近々親に紹介したいと言っていたわ。友人のAさんが良く知っているみたいね」
姉がそう言ったら叔父が口を開いた。
「『 』ちゃんには可愛そうなことをしたけど結婚して子供ができてから急死したらもっと大変だったかもしれないよ」
「『 』は昔から老人や子供が大好きで優しかったから所帯を持たせてあげたかったね」
父が叔父とはニュアンスの違うことを言った。
「『 』は三人兄弟の中では一番優しかったよね。特に老人や身障者の人には道路端でも親身に世話してたよ。あいつは困っている人を見ると放っておけない性分だったね」
兄が言った。
その間、母は言葉が出なかった。悲しみが深すぎてどうしていいか分からないほどの状況というのが分かった。
翌日はお通夜。午前中から準備に入りわたしは棺おけの中に入れられた。祭壇の前に棺おけの中のわたしが安置された。
会社の若い人がふたり先に来た。受付を引き受けると言っている。甲君と乙さんだ。ふたりとも同じ職場の同僚だ。今日は仕事の締切も近いので忙しいはずなのに無理をして来てくれてるのが分かる。
お通夜が始まった。親兄弟と親戚の人が前列に座った。姉がむずがる赤ちゃんを抱いてあやしている。参列者が続々とやってきた。会社関係、高校・中学関係で20名ぐらい。大学関係はひとりだけ。高校のG先生が駆けつけてくれた。父の仕事の関係の人も数人来てくれた。母の地域の友達も来てくれた。
少し遅れて婚約者が来た。友人Aが両親に紹介している。わたしは婚約者が親にどう言うのかしっかりと聞いていた。
「わたしは『 』さんと個人的にも大変お世話になりましたSと申します。このたびは大変ご愁傷さまでした」
通りいっぺんの挨拶だった。形式が整っていない関係の希薄さを感じた。あの夜にわたしとパートナーになる約束を熱く交わした相手なのにもう冷めているようにも思えた。
婚約者の心情を良く見てみた。わたしが亡くなった今、その関係を周囲にアッピールしても何の意味もないという感情が見えた。婚約者は早くもわたしを見切っていた。
わたしに職場でよくしてくれた上司のYさんの心情を見てみた。身体は式場に来てくれているがほとんどわたしのことを考えていなかった。わたしの仕事の穴埋めのことを考えていた。
高校のときのG先生は両親にわたしの高校時代の思い出を話していた。両親の心情を慰めてくれてるのがよく分かった。友人たちも突然の悲報を悼んでくれていた。
社会に出てから人間関係ができた人はわたしの個人としての人間性に思いをいたす人は少なかった。
残念ながら個人的な婚約者でさえそうだった。
翌日は告別式。冷たい雨の降る告別式だった。
会社関係の人は受付手伝いのふたりと昨夜都合がつかなかった3人の方が参列してくれた。学校関係の人はひとりも来てくれなかった。いや友人Aさんだけが来てくれた。平日昼間の告別式では仕事の関係で参列してくれる人は大幅に減った。婚約者も来てくれなかった。
告別式の終了にあたって父から挨拶があった。子供のほうが親より早く先立つ親の悲しみが伝わってきた。
火葬場にはごく近い血縁関係の人だけが行った。最後に母が号泣した。
わたしはお通夜、告別式と通じて上空からすべてを見ていた。
わたしの身体が骨となってももうひとりのわたしは上空に浮かんでいた。
わたしの死を巡っていろいろな人がそれぞれの想いを持っていることが分かった。
ただしもうひとりのわたしはそのことに何ら判断することも意味づけすることもなくその状況だけをただ見守っていた。
わたしは肉体が滅しても生前の心と感情がまだ残っていることが分かった。
もうひとりのわたしはそのこと知っていて、わたしの生前の心と感情を客観的に見守っていた。
告別式を経て遺骨になったことでわたしはこの世との別れを強く認識した。
それは一瞬にわたしの内奥に映像として映し出された。
わたしの誕生から子供時代、青春時代、成人となり突然の死に至るまでの人生の出来事が走馬灯のように甦ってきた。わたしの人生ドラマをわたしは一点の見逃しもなく息を呑んで観ていた。
この本で学んだライフレビューがやってきたのだ。
わたしは『 』として生きた年月にたいしてわたし自身に愛おしさを感じ、その感情を客観的に眺めていた。
特にわたしを親身にサポートしてくれた両親をはじめとした人たちに熱い感謝の念が生まれてきて、そのわたしの感情を客観的に眺めていた。
そしてわたし『 』が主人公の物語の人生舞台に脇役で登場してくれたすべての人々―わたしにとって味方役でも敵役でもーに大きな感謝の念が湧いてきて、その感情を客観的に眺めていた。
『 』物語の舞台に登場してくれたすべての人々への感謝の念の感情を眺めていると深い感動に心の内奥が震えて止めどもなく涙が流れてきた。
このわたしの人生でわたしと関わった人のすべてが、いやペットでさえもわたしの人生を豊かにするためにわたしにお付き合いしてくれた人たちだったのだ。深い感謝の念に包まれたわたしの感情をもうひとりのわたしが客観的に眺めていた。
わたしはこのようにわたしの人生の振り返り(ライフレビュー)を行い、その映像をセルフウオッチングしていた。
わたしはもう一度今度はわたしの意志で誕生から今までのノンフィクションのライフレビューを行い、その映像をセルフウオッチングすることにした。
〈マイワーク〉
○静かな環境でわたしは目を閉じます。雑念があればその雑念と一緒に息を吸い込んで、清浄になった息をゆっくりと吐き出します。気持ちが落ち着くまでゆっくりと繰り返します。
○わたし『 』は今日2×××年××月××日に死亡しました。満××歳の人生でした。
○もうひとりのわたしがわたし『 』の遺体を眺めています。
○わたしの遺体の周りにわたしともっとも縁が深い人たちが集まってきました。突然の死亡だったため皆、驚いている様子です。
○わたしと縁が深い人たちは次の人たちです。
「 」 「 」
「 」 「 」
「 」 「 」
「 」 「 」
○わたしの遺体の周りにいるその人たちの様子を想像してみましょう。もしわたしの感情が湧いてきたらもうひとりのわたしはその感情も一緒に眺めています。
○わたし『 』の葬儀の段取りは誰が中心に進めるでしょうか。家に帰宅したわたしの遺体の周りで葬儀の段取りを話し合う人たちの様子をもうひとりのわたしが眺めています。
○わたし『 』の職場や学校あるいは親しい友人、知人には葬儀日程を誰が連絡するのでしょうか。連絡している様子をもうひとりのわたしが眺めています。
○わたし『 』のお通夜が始まりました。お通夜の様子をもうひとりのわたしが眺めています。 喪主は誰でしょうか? 参列した人(告別式も含めて)は誰でしょうか? その名前を想像して記入してください。
喪主 「 」
参列者「 」「 」「 」「 」
「 」「 」「 」「 」
「 」「 」「 」「 」
「 」「 」「 」「 」
○わたしの葬儀に参列した人の名前は右記の通りですがわたし『 』が亡くなったことを各人はどのように感じているでしょうか。そのことを想像してその想いをもうひとりのわたしが眺めています。
○わたし『 』の告別式が始まりました。祭壇と遺影の前で参列者がお線香をあげています。その告別式の様子をもうひとりのわたしが眺めています。
○わたしの出棺が始まりました。棺おけのふたが開けられわたしの遺体を参列者が見ています。花々が棺おけの中に入れられてふたが閉まりました。その間の様子をもうひとりのわたしが眺めています。
○わたしの告別式が終わり、喪主が挨拶しています。その挨拶の様子をもうひとりのわたしが眺めています。
○わたし『 』の遺体が火葬場に到着しました。火葬に付される最後の遺体を縁の深い人たちが見ています。しばらくしてから遺骨となりました。その遺骨を縁の深い人が拾っています。その様子をもうひとりのわたしが眺めています。
○わたし『 』の全人生が走馬灯の映像のように、もうひとりのわたしの目の前に映し出されました。その様子をもうひとりのわたしが眺めています。
○ここまでのセルフウオッチングをすると、わたし『 』の心の奥から温かい光が充満してきました。身体全体が温かく白い光に包まれます。わたしはとても幸せな気分になります。地球上のすべての命に心から感謝してここまでのマイワークを終わります。