【第10回】9 | マイナビブックス

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星の流れに 風のなかに 宇宙の掌に

【第10回】9

2017.03.24 | 澤慎一

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翌日は、日曜日だった。僕はひとりで出かけた。勝どき橋の南橋詰口からバスに乗り、銀座に向った。晴海通りを走るバスの中で、僕はリノアにメールを送った。

〈体調はいかがですか? 銀座に用事があるので行ってきます。夕方までには戻ります〉

しばらくすると、リノアからメールが届いた。

〈わかりました。よく眠ったら体調は良くなりました。勝どき駅で待ち合わせをして買い物に行きましょう〉

リノアのメールを読むと、僕は暖かな気持ちになった。僕はバスに揺られながら、携帯電話を掌の中で軽く握り締めた。そして、窓の外を眺めた。
銀座に近づくと、歩道に人があふれていた。群衆が行き交っていた。僕は群衆を見つめていた。――群衆がいやだった。自分の孤独をひしひしと感じるから。
けれど、僕は今、ひとりではなかった。
これまでメールを送るような人はいなかった。しかし、今、僕のメールにすぐに答えてくれる彼女がいた。僕は、この世界のどこかでつながっていた。
ひとりだから孤独なのではなかった。心が感じられないから孤独なのだろう。

僕は数寄屋橋交差点で下りた。スクランブル交差点を横切り、ゆれる柳が立ち並ぶ歩道を歩いた。銀座教会の前を通り、映画館を過ぎて、銀座プランタンに着いた。淡いピンクの模様が入ったガラスの扉をくぐり抜けて店内に入った。
アクセサリー売り場に向かった。ガラスケースの中にはホワイトゴールドやピングゴールドの指輪が並んでいた。僕がガラスケースの中の指輪をのぞいていると、若い女性店員がにこにこしながら近づいてきて、「贈り物ですか」と僕に話しかけてきた。
僕は「ええ」と返事をしながら、幾つもの種類の指輪を見つめた。ひとつの指輪が目に入った。ピンクゴールドの指輪で、それはゆるやかなカーブを描いていた。優し気でシンプルなデザインだった。リノアの雰囲気によく似合っていた。
店員は口もとに微笑を浮かべながら、「こちらは秋の新作ですよ」と言って、ガラスケースの中からその指輪を取り出した。そして、自分の薬指にそれをはめて、僕の目の前にかざし、にっこりと僕に微笑みかけてきた。
僕はリノアの細くて白い指を思い出しながら、リノアに似合う指輪だと感じた。
「ホワイトゴールドは皆さんがよくお持ちですが、ピンクゴールドはお持ちでない方が多いですよ。それにピンクゴールドは、お肌に馴染む色です」
そう言って店員は、僕が選んだ指輪を勧めてきた。リノアの指輪のサイズは知らないが、店員の薬指と同じようなサイズだと思った。僕は八号の指輪を選んだ。
僕はその指輪を買い求め、贈り物用として包装してもらうように頼んだ。

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