最終章 旅立ち
「お別れまで、あと十五分てことか……」
高校時代、野球に明け暮れたグラウンドを窓から見つけ、再び胸が緊張で熱くなるのを感じた。
「あの西高を卒業してもう六年も経っちゃったのよね。そりゃ、お兄ちゃんも世界に行くわよね」
お袋も車の窓から俺の高校を見つけたらしく、後部座席でしみじみとつぶやいている。俺は三人兄弟の長男だから、小学生の頃からお袋は俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ。
「そうだな。お前も来月で二十五か」
運転席の親父が車のライトを調整しながら低く静かにつぶやいた。六月とは言っても、八時近くになればさすがに暗さも容赦をしなくなる。
「二十五歳だなんて、私はもうお兄ちゃんを産んでいたわ」
お袋が相変わらずの早口な高い声で反応する。親父が隣で黙ってうなずいたのが分かった。
東京の大学進学で実家を出たのが六年前。それまではこの大きなオデッセイも家族五人で乗ると、いつも狭く感じていた。一番小さなお袋が後部座席の真ん中にチョコンと座り、体の大きな海斗と、態度の大きな妹の理奈が、お袋を挟む形で座る。海斗より体は細いものの、長男である俺はいつも助手席を確保した。あれから家族五人でオデッセイに乗ったのは、覚えている限り、もう一人の祖父のお葬式の時だけだ。今では五人のうち海斗以外は運転席に乗ることができる。そのオデッセイも、親父とお袋と俺の三人だと、別の乗り物のように広く、静かに感じていた。
「インドは、どれくらい行くことになるの?」
お袋がいつもの明るい調子で聞いてきた。俺もお袋も親父も、できる限りいつもと同じように振る舞おうとしているのが伝わってくる。
実家を出てからの六年で、おそらく十回ほどしか帰省はしていない。そのせいか、それでもなのか、不思議とお袋と親父の「親」だけは、全く変わっていないように俺には映る。親のイメージだけはいつ思い出しても同じ顔をしている。
「メールでも言ったけど別に決まっているわけじゃないよ。でも、先輩の話だと最短で三年、平均五年ぐらいは行くらしい。一、二年行っただけじゃ、満足に結果なんか残せないしね」
俺は助手席の窓から流れていく、覚えているだけでも十年以上を過ごした街を眺めながら、できるだけ気持ちを込めないように答えた。興奮と不安のどちらを言葉に乗せればよいのか、正直自分でも分からない。どちらかだけを残すことなどできない気もしていた。
「そりゃ、そうよね……」
何に納得したのか、誰もいない後部座席の相変わらず真ん中にチョコンと座って、お袋は静かにそうつぶやいた。
「お別れまで、あと十五分てことか……」
高校時代、野球に明け暮れたグラウンドを窓から見つけ、再び胸が緊張で熱くなるのを感じた。
「あの西高を卒業してもう六年も経っちゃったのよね。そりゃ、お兄ちゃんも世界に行くわよね」
お袋も車の窓から俺の高校を見つけたらしく、後部座席でしみじみとつぶやいている。俺は三人兄弟の長男だから、小学生の頃からお袋は俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ。
「そうだな。お前も来月で二十五か」
運転席の親父が車のライトを調整しながら低く静かにつぶやいた。六月とは言っても、八時近くになればさすがに暗さも容赦をしなくなる。
「二十五歳だなんて、私はもうお兄ちゃんを産んでいたわ」
お袋が相変わらずの早口な高い声で反応する。親父が隣で黙ってうなずいたのが分かった。
東京の大学進学で実家を出たのが六年前。それまではこの大きなオデッセイも家族五人で乗ると、いつも狭く感じていた。一番小さなお袋が後部座席の真ん中にチョコンと座り、体の大きな海斗と、態度の大きな妹の理奈が、お袋を挟む形で座る。海斗より体は細いものの、長男である俺はいつも助手席を確保した。あれから家族五人でオデッセイに乗ったのは、覚えている限り、もう一人の祖父のお葬式の時だけだ。今では五人のうち海斗以外は運転席に乗ることができる。そのオデッセイも、親父とお袋と俺の三人だと、別の乗り物のように広く、静かに感じていた。
「インドは、どれくらい行くことになるの?」
お袋がいつもの明るい調子で聞いてきた。俺もお袋も親父も、できる限りいつもと同じように振る舞おうとしているのが伝わってくる。
実家を出てからの六年で、おそらく十回ほどしか帰省はしていない。そのせいか、それでもなのか、不思議とお袋と親父の「親」だけは、全く変わっていないように俺には映る。親のイメージだけはいつ思い出しても同じ顔をしている。
「メールでも言ったけど別に決まっているわけじゃないよ。でも、先輩の話だと最短で三年、平均五年ぐらいは行くらしい。一、二年行っただけじゃ、満足に結果なんか残せないしね」
俺は助手席の窓から流れていく、覚えているだけでも十年以上を過ごした街を眺めながら、できるだけ気持ちを込めないように答えた。興奮と不安のどちらを言葉に乗せればよいのか、正直自分でも分からない。どちらかだけを残すことなどできない気もしていた。
「そりゃ、そうよね……」
何に納得したのか、誰もいない後部座席の相変わらず真ん中にチョコンと座って、お袋は静かにそうつぶやいた。