③切腹
Mイン
舞台下手ホウジョウが現れる。ミナモトは介錯のため、ホウジョウにつれそう。ホウジョウが正座すると、ミナモトは短刀をホウジョウの前に置き、ホウジョウの背後に位置する。モリクニ、トクガワ、ゴダイは上手奥から切腹を見守る。下手から校長が現れる。皆は校長に深く礼をする。ホウジョウは校長に対して土下座する。校長はホウジョウ両肩に手を添え、肩を起こしてやる。校長に対する軽い会釈の後、ホウジョウは正面に向かって身を固め、短刀に手を伸ばす。胸の前で真一文字に構える。
ホウジョウ それでは、御免仕ります。不肖ホウジョウサユリめに、慰みな死を。
ゴダイ ホウジョウ先生!
ミナモト ゴダイ先生、声をお掛けにならないよう!
ゴダイ これが最後です。この処罰に対して最後の抵抗を私に!(前へ歩みだそうとする。)
トクガワ お控えなさい!ゴダイ先生!(ゴダイの肩を強く掴み、引きとめる)
ホウジョウ (短刀を膝に置き、)無様に取り乱すものではありません!ゴダイ先生。お聞きにならなかったのですか?あなたの納得ではないのです。これは私にふさわしい、愚者としての仕置きです。ここで死を受け入れることが私への情けであり、幸福なのですよ。お分かり下さい。
ゴダイ ・・・・ホウジョウ先生・・。(入れていた力が抜け落ちる。)
ホウジョウ さあ、頼みますよ、ミナモト先生。私の亡骸は挫折の道へ。名前は左に刻んでください。
ミナモト そのように。(抜刀する。)
ホウジョウ ・・・ゴダイ先生。
ゴダイ はい・・。
ホウジョウ もしあなたが真に教典を信じるなら、後ろから逆さに読み返してみなさい。これが、私があなたへと最後に捧げる。本懐です。
ゴダイ 後ろから―
ミナモト ―充分でございましょう。ホウジョウ先生。さあ、逝く時です。
ホウジョウ 仕りました。(再び短刀を胸の前に掲げ、)それでは!(腹へ突き刺す。)
ミナモトがホウジョウを背中から袈裟切りに斬り下ろす。ホウジョウは弓なりに体を反らす。倒れる間際、校長に振り向く。校長はホウジョウの目線に合わせるように片膝をつき、じっとホウジョウの瞳を見る。ホウジョウはやがて力尽き、地面に崩れ落ちる。校長はホウジョウの背に手を沿え、うな垂れるではなく、じっとその骸を見据える。皆は校長に深く礼をする。ゴダイも少し遅れて礼を。やがて校長は立ち上がり、その場を後にする。モリクニが直ると、皆も姿勢を治す。
モリクニ それではゴダイ先生。教室で。
ゴダイ ・・・はい。
モリクニ よろしくお願いしますよ。
ゴダイ はい。
(モリクニ、トクガワははけていく。ゴダイはホウジョウの遺体の傍へ歩み寄る。)
ミナモト 愚者の死に触れてはなりません。後生ですから。ゴダイ先生。
ゴダイ (舞台中央で立ち止まり)・・・卒業演習を任じられました。
ミナモト そうですか。よろしく頼みますよ。
ゴダイ ええ。
(ミナモトは上手に歩みだし、はけ口の近くで止まる。)
ミナモト これが最後の忠告だ。決して心を乱すな。君に失望したくはない。
ゴダイ ご心配は無用です。
ミナモト そうか、それでは。
ゴダイ ええ。
ミナモト (もう一度はけ口前で立ち止まり、ゴダイに背中を向けたまま。)ホウジョウ先生は教義を軽んじた。挫折をしたのだ!彼女のようになるなよ。
ゴダイ ・・・・ええ。
(ミナモトははけていく。ゴダイはホウジョウの遺骸に目をやりながら)
ゴダイ ホウジョウ先生、教え子全員を死なせたあなたは無謀でした。しかしあなたのその挫折を、私は礼賛しようと言うのです。
(ゴダイは教典に目を通し、その序文を読み上げる)
ゴダイ ひとつ、その命は校長のものである。ひとつ、勉学を怠れば死を。ひとつ、解答を誤れば挫折の死を。ひとつ、模範となる解答を導けるものには栄光の死を。ひとつ、学業とは、死ぬことと見つけたり。
(ゴダイは序文を読み終えると、パラパラと最終ページを見開き、視線を落とす。)
暗転
④二組の朝
寺子屋のような教室。生徒は着物を着用し、座布団の上で正座して授業を受ける。教室には教卓以外、現代の教室風情に見合ったものは用意されていない。
二組の教室には3名のみ。イガ、チグサ、ナワが登校している。上手側のイガは客席に背中を向けてギターを弾いている。チグサはイガの肩に寄りかかり、呆然と中空を眺めている。こちらは正面を向いている。下手側のナワは背筋を伸ばし、硬直したような姿勢で参考書を眺めている。彼は年中こうである。やがてアシカガが現れる。アシカガは荷物を席に放ると、豪放さを匂わせる荒々しい様子で座布団に座る。背後に山積みになった学習机に肘をかける。もう必要なくなった同級生たちの遺した机である。二組では93名の生徒が処刑された。彼らの意気が消沈しているのは自明である。イガの奏でるギターも、哀調の趣を隠せない。アシカガはしばしギターを奏でるイガを凝視している。苛苛が過ぎたのかやがて立ち上がり、イガへ歩み寄る。イガはギターを止める。音が止む。イガはアシカガを見上げる。アシカガはギターをイガから奪うと、袖に持っていって、ぐちゃぐちゃに叩き壊す。イガは止めるでもなくその姿を見つめている。アシカガが戻ってくる。壊れたギターのアームをイガに投げ渡す。イガはそのアームを見つめている。アシカガはイガの様子に目もくれず、自分の席に戻る。
チグサ ・・・なにするのよ。
アシカガ ・・・・。
(チグサとアシカガはしばしみつめあう。)
チグサ 謝らないの?
アシカガ 意味ねえだろ。・・・あんなもん・・。
イガ ・・・・・。
ナワ ・・・くっ(少し笑みが漏れる。)
皆はナワを見つめる。ナワは視線を感じるとすぐに参考書を読む姿勢に戻る。イガはアームを見つめている。ユウキがやってくる。入り口で立ち止まる。沈鬱な面持ち。チグサだけがユウキを迎える。しかしユウキの方へ駆け寄ったりはせず、言葉も掛けない。ただ、ユウキと同じように鈍重な目線を送る。ユウキはチグサに近寄ると、持っていた包みを、彼女の学習道具が入っていた包みを激しく床に叩きつける。チグサは親友の荒げた様子に動じることなく、叩きつけられた包みをユウキと同様に、同じ気持ちで見つめている。他の生徒はそんな二人の様子に見向きもしない。