【第2回】③切腹/④二組の朝 | マイナビブックス

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dogma 上演台本

【第2回】③切腹/④二組の朝

2016.04.15 | 宇野正玖

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③切腹

 

Mイン

 

舞台下手ホウジョウが現れる。ミナモトは介錯のため、ホウジョウにつれそう。ホウジョウが正座すると、ミナモトは短刀をホウジョウの前に置き、ホウジョウの背後に位置する。モリクニ、トクガワ、ゴダイは上手奥から切腹を見守る。下手から校長が現れる。皆は校長に深く礼をする。ホウジョウは校長に対して土下座する。校長はホウジョウ両肩に手を添え、肩を起こしてやる。校長に対する軽い会釈の後、ホウジョウは正面に向かって身を固め、短刀に手を伸ばす。胸の前で真一文字に構える。

 

ホウジョウ  それでは、御免(ごめん)(つかまつ)ります。不肖(ふしょう)ホウジョウサユリめに、(なぐさ)みな死を。

ゴダイ    ホウジョウ先生!

ミナモト   ゴダイ先生、声をお掛けにならないよう!

ゴダイ    これが最後です。この処罰に対して最後の抵抗を私に!(前へ歩みだそうとする。)

トクガワ   お控えなさい!ゴダイ先生!(ゴダイの肩を強く掴み、引きとめる)

ホウジョウ  (短刀を膝に置き、)無様に取り乱すものではありません!ゴダイ先生。お聞きにならなかったのですか?あなたの納得ではないのです。これは私にふさわしい、愚者としての仕置きです。ここで死を受け入れることが私への情けであり、幸福なのですよ。お分かり下さい。

ゴダイ    ・・・・ホウジョウ先生・・。(入れていた力が抜け落ちる。)

ホウジョウ  さあ、頼みますよ、ミナモト先生。私の亡骸(なきがら)は挫折の道へ。名前は左に刻んでください。

ミナモト   そのように。(抜刀する。)

ホウジョウ  ・・・ゴダイ先生。

ゴダイ    はい・・。

ホウジョウ  もしあなたが真に教典を信じるなら、後ろから逆さに読み返してみなさい。これが、私があなたへと最後に捧げる。本懐です。

ゴダイ    後ろから―

ミナモト   ―充分でございましょう。ホウジョウ先生。さあ、逝く時です。

ホウジョウ  仕りました。(再び短刀を胸の前に掲げ、)それでは!(腹へ突き刺す。)

 

 

ミナモトがホウジョウを背中から袈裟切りに斬り下ろす。ホウジョウは弓なりに体を反らす。倒れる間際、校長に振り向く。校長はホウジョウの目線に合わせるように片膝をつき、じっとホウジョウの瞳を見る。ホウジョウはやがて力尽き、地面に崩れ落ちる。校長はホウジョウの背に手を沿え、うな垂れるではなく、じっとその骸を見据える。皆は校長に深く礼をする。ゴダイも少し遅れて礼を。やがて校長は立ち上がり、その場を後にする。モリクニが直ると、皆も姿勢を治す。

 

モリクニ   それではゴダイ先生。教室で。

ゴダイ    ・・・はい。

モリクニ   よろしくお願いしますよ。

ゴダイ    はい。

 

(モリクニ、トクガワははけていく。ゴダイはホウジョウの遺体の傍へ歩み寄る。)

 

ミナモト   愚者の死に触れてはなりません。後生ですから。ゴダイ先生。

ゴダイ    (舞台中央で立ち止まり)・・・卒業演習を任じられました。

ミナモト   そうですか。よろしく頼みますよ。

ゴダイ    ええ。

 

(ミナモトは上手に歩みだし、はけ口の近くで止まる。)

 

ミナモト   これが最後の忠告だ。決して心を乱すな。君に失望したくはない。

ゴダイ    ご心配は無用です。

ミナモト   そうか、それでは。

ゴダイ    ええ。

ミナモト   (もう一度はけ口前で立ち止まり、ゴダイに背中を向けたまま。)ホウジョウ先生は教義を軽んじた。挫折をしたのだ!彼女のようになるなよ。

ゴダイ    ・・・・ええ。

 

(ミナモトははけていく。ゴダイはホウジョウの遺骸に目をやりながら)

 

ゴダイ    ホウジョウ先生、教え子全員を死なせたあなたは無謀でした。しかしあなたのその挫折を、私は礼賛(らいさん)しようと言うのです。

 

(ゴダイは教典に目を通し、その序文を読み上げる)

 

ゴダイ    ひとつ、その命は校長のものである。ひとつ、勉学を(おこた)れば死を。ひとつ、解答を誤れば挫折の死を。ひとつ、模範となる解答を導けるものには栄光の死を。ひとつ、学業とは、死ぬことと見つけたり。

 

(ゴダイは序文を読み終えると、パラパラと最終ページを見開き、視線を落とす。)

 

暗転

 

 

④二組の朝

  

寺子屋のような教室。生徒は着物を着用し、座布団の上で正座して授業を受ける。教室には教卓以外、現代の教室風情に見合ったものは用意されていない。

 

二組の教室には3名のみ。イガ、チグサ、ナワが登校している。上手側のイガは客席に背中を向けてギターを弾いている。チグサはイガの肩に寄りかかり、呆然と中空を眺めている。こちらは正面を向いている。下手側のナワは背筋を伸ばし、硬直したような姿勢で参考書を眺めている。彼は年中こうである。やがてアシカガが現れる。アシカガは荷物を席に放ると、豪放さを匂わせる荒々しい様子で座布団に座る。背後に山積みになった学習机に肘をかける。もう必要なくなった同級生たちの遺した机である。二組では93名の生徒が処刑された。彼らの意気が消沈しているのは自明である。イガの奏でるギターも、哀調の趣を隠せない。アシカガはしばしギターを奏でるイガを凝視している。苛苛が過ぎたのかやがて立ち上がり、イガへ歩み寄る。イガはギターを止める。音が止む。イガはアシカガを見上げる。アシカガはギターをイガから奪うと、袖に持っていって、ぐちゃぐちゃに叩き壊す。イガは止めるでもなくその姿を見つめている。アシカガが戻ってくる。壊れたギターのアームをイガに投げ渡す。イガはそのアームを見つめている。アシカガはイガの様子に目もくれず、自分の席に戻る。

 

チグサ    ・・・なにするのよ。

アシカガ   ・・・・。

 

(チグサとアシカガはしばしみつめあう。)

 

チグサ    謝らないの?

アシカガ   意味ねえだろ。・・・あんなもん・・。

イガ     ・・・・・。

ナワ     ・・・くっ(少し笑みが漏れる。)

 

皆はナワを見つめる。ナワは視線を感じるとすぐに参考書を読む姿勢に戻る。イガはアームを見つめている。ユウキがやってくる。入り口で立ち止まる。沈鬱な面持ち。チグサだけがユウキを迎える。しかしユウキの方へ駆け寄ったりはせず、言葉も掛けない。ただ、ユウキと同じように鈍重な目線を送る。ユウキはチグサに近寄ると、持っていた包みを、彼女の学習道具が入っていた包みを激しく床に叩きつける。チグサは親友の荒げた様子に動じることなく、叩きつけられた包みをユウキと同様に、同じ気持ちで見つめている。他の生徒はそんな二人の様子に見向きもしない。

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