正面奥に微かな照明、暗い部屋、男のシルエット、冷蔵庫を開け、缶ビールの入ったビニール袋を取り出す。ビールを一気飲み、飲み終わった缶を捨て、袋を持って退場。電源ブレーカーが落ちる音、壁の照明が消える。やがて高窓から差し込む月明かり。ぼんやりと浮かぶフローリングの部屋。散らばった本や衣類。上手側にエレベーターがある。タンスの引き出しは引き出されたままで、空き巣に入られた後の様な状態。しばらくして、下手ドアより恭平登場。辺りを懐中電灯で照らす。
恭平 何だよこれ、どういう生活してたんだよここの住人は。ちょっとは片づけろってんだよ。(異変に気づく)…嘘だろ…(タンスの引き出しを照らす)くっそ~。(落胆し、へたり込む。部屋の外で何かぶつかる音)
久美(声) いたっ、痛~い、
恭平 あの野郎。
久美(声) 恭平~、ねえどこにいるの、恭平~。
恭平 ここだよ。
(下手ドアより懐中電灯を手に久美登場)
久美 あっ、恭平いた。良かった~。二階かと思って上に上がっちゃった。(恭平、久美を無視)ねえ、私おでこぶつけちゃったの(懐中電灯で自分の顔を照らし)ここんとこ、ねえ腫れてない。
恭平 あのな(恭平も懐中電灯で自分の顔を照らし) 俺たち今何してんだ。
久美 何って、
恭平 表で見張ってろって言ったろ。
久美 だって、恭平の事が心配だから。
恭平 言われた通りにしろよ。
久美 見張りは要らないと思うけどな。
恭平 何でだよ。
久美 そんなに人も通らないし。
恭平 馬鹿、近所に飲み屋とかあるし夜中でも結構人通りは多いんだよこの辺りは。
久美 そうかも知れないけど、こんな夜中に表で見張ってたらかえって怪しまれるんじゃないかな。
恭平 馬鹿、怪しまれたってな (久美の言う事が正しいと気づく) …とにかく、
久美 分った、恭平の言うとおりにするよ、ごめんね。(出て行こうとする)
恭平 もういいよ。
久美 いいの…ごめん。
恭平 とにかく、お前は声でか過ぎ。
久美 分った、気を付ける。
恭平 それからな…今日はもう帰る。
久美 えっ、どうして、もう終わったの?
恭平 先客だよ。
久美 先客?
恭平 遅かったんだよ俺たち。先に誰かに荒らされてる。
久美 え、(懐中電灯で辺りを照らす)そっか~、変だと思ったのよね。だって上もすごい散らかってたから…そういうこと。
恭平 ついてねえよ。
久美 ねえ、電気点けていい?(壁のスイッチを入れるが照明は点かない)
恭平 馬鹿、電気なんか来てるわけないだろ。
久美 大元かな、(懐中電灯で照らしながら)ブレーカーどこだろ。(下手に消える)
恭平 人が住んでないんだぞここは、何で空家に電気なんか、
(ブレーカーを上げる音、照明が点く、同時に今まで消えていた上手のエレベーターの電源も入り数字や三角の矢印が見える)
久美 (登場)点いちゃった。
恭平 …とにかく、こんな感じじゃ何も残っちゃいねえよ。本当ついてねえな。
久美 ねえ見て、これエレベーターじゃない。すごいね家の中にこんなのあるんだ。いくら位するんだろ。
恭平 いくらしたってエレベーターじゃ持ち出せないだろ。
久美 …また失敗ね。
恭平 おい、またって何だよ、またって。
久美 あ、ごめん、そういうつもりじゃ、
恭平 お前さ、どうして人が落ち込んでる時に余計落ち込むような事言うわけ。
久美 だからごめん、ごめんね恭平。
恭平 普通空き巣に入ってみたら先を越されてたなんて事ないだろ。誰がそんな事予想出来んだよ。
久美 でも、似たような事ばっかりだったから恭平の場合。あっ、ごめん。
恭平 お前ね、こんな時に、(携帯のバイブが恭平のポケットの中で鳴る)
久美 こんな時に、電源入れといたんだ。
恭平 マナーモードだよ(携帯を取り出そうとするが、なかなか取り出せない)
久美 普通、電源切っとくよね。
恭平 (やっと取り出し)大事な用かも知れないだろ。
久美 泥棒してる最中に電話に出るんだ。
恭平 ああ出るさ。
久美 もしもし今警察に追われてるから手短に。
恭平 あのな、
久美 出ないの。
恭平 出るよ(携帯の表示を見て)くそ、
久美 (察しがつき)貸して。(携帯を取る)
恭平 おい、
久美 (出る)もしもし、
恭平 切れよ。
久美 はい、はい、
恭平 切れって。
久美 いえあの、横田の妹です。
恭平 妹、
久美 兄、携帯忘れて出かけちゃって…ええ、聞いてます。
恭平 切ればいいんだよそんなの。
久美 それは何とかするって兄も言ってました。ただもう少しだけ待ってもらえたら、ええ、でもすごく反省してるみたいで、必ず返済するんだって言ってます。
恭平 言ってねえよそんな事。
久美 あの、兄は本当はいい人間なんです。たまたま今お金がなくて、だからあの、ブラックリストとかに載せるのだけは、
恭平 (携帯を奪い)もしもし、俺横田恭平、そんな金払えないし払うつもりも無いから。(切る)
久美 恭平、
恭平 何勝手に作り話してんだよ。
久美 だって恭平、大きな借金さえ払ったら真面目に働くって言ったじゃん。だったらブラックリストとかに載せられたらまずいじゃない、だから、
恭平 そんなのとっくに載ってるよ。
久美 そうなの、
恭平 そうだよ。それにサラ金に泣き落としは効かないんだよ。何言ってもこっちが金を払うまで奴らはどこまでも追いかけてくるし、逆に金さえ払えばすぐに手のひらひっくり返して、又のご利用をお待ちしてま~すだ。そんなもんなんだよ。
久美 そうなんだ。
恭平 まったく、何が妹だよ。
久美 …ねえ、恭平。ちゃんと仕事探すんだよね。そして結婚するんだよね、私と。
恭平 何度もしつこい。
久美 だって、
恭平 何で俺を信じないわけ、その為にこんな事やってんだろう。
久美 だけど、
恭平 約束はちゃんと守る。
久美 …この後、どうするの。
恭平 この後って、
久美 まずは大きな借金返すんでしょ。でも、これ失敗しちゃったし、何か考えなきゃなんないでしょ。
恭平 …狙いは良かったんだよ、ただ運が悪かっただけさ…場所変えるか。
久美 え、
恭平 そうだな、別にここにこだわる必要はないんだよな、世の中金持ちの家はごまんと有るし。
久美 話が違う。
恭平 何だよ。
久美 話が違うよ恭平。
恭平 うるせえな。
久美 恭平言ったじゃん。
恭平 何を。
久美 これは泥棒じゃない、身寄りのないおじいさんが亡くなって、放っといたら役所とかが処分する物を頂くだけだって、誰にも迷惑掛けないって、だから私、
恭平 状況が変わったんだよ。
久美 恭平、それじゃあ只の泥棒だよ。
恭平 しょうがないだろ。
久美 私、私、(泣く)泥棒の奥さんにはなれない。私、私、
恭平 何だよもう。
久美 (泣きながら)ここに入るんだって、私嫌だって言ったじゃん。
恭平 泣くなよ、泣くなって、
久美 私、私、生まれて一度も人の物なんか盗った事ないもん。
恭平 あのな、だからそれはな、
久美 本当に、本当に嫌だったんだよ。だけど恭平が、誰にも迷惑掛けないって言ったから、サラ金から解放されたら真面目に働くって言ったから、だから私、私、
恭平 よし分かった、俺が悪かった、悪かったよ(久美の両肩を掴み)謝る、謝るから泣くなよ。
久美 それなのに、ここがダメだから他の家に泥棒に行くなんて、
恭平 本気じゃないよ。お前があんまりしつこいからさ、だから俺もついな、
久美 嘘、状況が変わったなんて言ったじゃん。
恭平 勢いで言っただけだよ。俺だってさすがにそこまで落ちぶれたくはないって。
久美 本当。
恭平 ああ。
久美 じゃあ他を当たるなんて無しだよね。
恭平 ああ。
久美 良かった。
恭平 あのな久美、確かに俺は今までアンラッキーなところがあってさ結構失敗もしたよ。
久美 失敗だらけだもんね。
恭平 そうだよ失敗だらけだよ、ここんとこずっともがき続けてるって感じだよ、結果も出ないし。だけどそれは努力だろ。じゃあ俺は一体誰のために努力してんだよ。
久美 私のため、
恭平 そうだよ、お前のためだろ久美。
久美 そうよね。
恭平 正直言って、ちゃらんぽらんな俺はさ、毎日面白おかしく暮らせたらそれが一番だと思ってたさ。だけどお前と一緒になるって決めたから今こうして頑張ってんだろ。
久美 そうだよね。
恭平 信じてくれよ。
久美 ごめんね、本当は信じてるのよ恭平の事。でも私弱いから、ちょっとダメだともう全部ダメだってなっちゃうのよね。
恭平 お前、普段明るいくせにちょっとした事で悲観的になる傾向があるよな。
久美 ごめん。もっと明るく考えるようにするね。
恭平 そう言う事。ポジティブ、ポジティブ。(久美の顔を覗き込み笑う)そうだ、久美、この状況もまだ諦めるのは早いかもな。
久美 えっ、
恭平 もしかしたら先客が見落とした物が残ってるかも知れないぞ。
久美 見落としたもの、
恭平 だからさ、大した物じゃなくても、見つけにくい所に隠したへそくりとかさ。せっかく入ったんだし、ダメもとで探してみようぜ。
久美 そうね。
恭平 案外残ってんじゃないかな。
久美 残ってるかもね。
恭平 (落ちている本を手に取り、ページを繰りながら)こんな本の間に現金挟んでたりとかさ。(タンスに向かい)あと引き出しも中に敷いてる新聞紙の下とかさ。
久美 額縁の裏とか、床の間の壺の中。
恭平 そうそう、
久美 宝探しみたいね。
恭平 よし、久美は別の部屋探しな、ここは俺が担当だ。
久美 うん、なんか楽しくなってきた。
恭平 どっちが先にでかい獲物見つけるか、競争だ。
久美 ようし、負けないよ。(上手ドアに)私こっち見てみるね。(退場)
恭平 がんばれよ~。めでたい奴だ。(携帯を取り出しダイヤル。発信音)あ、エリちゃん、俺、恭平君。誕生日おめでとう。店もう終わったんだろ。ごめんね、顔出したかったんだけど急に仕事入っちゃって。え、あ、電話くれたんだ、そうか。いや電波の入りが悪い所にいたから。うん、うん、花届いた、結構綺麗でしょ。普段花なんて買わないから、ちょっと照れくさかったけど、エリちゃんの喜ぶ顔がみたくてさ。気にしなくていいんだって、俺の方こそこの間は仕事の愚痴ばっかり聞かせちゃって、お詫びの印だよ。それはこっちのセリフ、エリちゃんの方が優しいよ。俺のつまんない話を親身になって聞いてくれて、エリちゃんはさ、目に嘘がないんだよね。ぶっちゃけ水商売やってる子にもこんな純な子がいるんだって驚いたもんマジでマジで。俺も酔ってたから話くどかったよね、ごめんごめん。弁護士なんて仕事も結構ストレスたまるんだよね。うん、うん、そうそう、それでさ、エリちゃん今度の、
久美 恭平~。
恭平 あ、ごめんキャッチ入った、こんな時間にクライアントから電話だ。参ったな。また店に顔出すから、その時にゆっくりと、本当にゴメンね、じゃあ。