【第2回】①アレッサンドロ・ネイサンとバニー・ブランカス ―(2) | マイナビブックス

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奇妙などっかのウサギ Rabbits Rush Rapidly 上演台本

【第2回】①アレッサンドロ・ネイサンとバニー・ブランカス ―(2)

2016.08.08 | 宇野正玖

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バニー    俺を気にかけるのか。

アリス    何故壁にぶち当たるの?

バニー    しれたことを。その先に行きたいからさ。

アリス    周りこめば壁を越えて向こう側へ行けるんじゃない?

バニー    そいつぁ勘弁してくれや。

アリス    なんで?

バニー    越えるってのと突き抜けるってのとじゃ、輝きが違う。

アリス    輝き?

バニー    ああ、そうだ。突き抜けた先から射し込む輝きの量だよ。越えるだとか、頭使ってまわりこむだとか、そういうのじゃねえんだ。お嬢ちゃんには分からねえかい?

アリス    お嬢ちゃんって年でもないわ。

バニー    そうかい。人は見た目によらねえもんだな。

アリス    16のとき私は、38年間もの時を止めて、メルヘンを維持したの。でも、姉さんの異変にビクついて、立ち上がってしまった。私が可愛くいられるのも、あと数十分ってところかしら。私の信念の代償に、老いは急速に私を追いかけてくる。数十分後には私はババア。おとぎ話の世界じゃ、編み物を編むか、リンゴを売るか、背丈に見合った立ち位置を模索することになるわ。

バニー    そうかい。そいつぁ驚れえた。難儀するな。おいらとどこか、似た臭いを感じるぜ。おいらはバニー・ブランカス。おまえさんは。

アリス    寛子よ。姉さんには、アリスって呼ばせてる。

バニー    事情がありそうだな。

アリス    特にないわ。横文字の方がかわいいからよ。

バニー    そうかい。ソー、キュートだぜ。もしあんたと一緒に昼下がりのアップタウンに出掛けられたなら、おいらはあんたとこの妥協のために、die for you and this compromise、死をも厭わないだろう。

アリス    なら一緒に。

バニー    そいつぁ無理な相談だ。

アリス    強情ね。

バニー    このクソッタレの壁のヤツが、ヒビひとつ見せねえ頑丈な居姿が、おいらをがっちりキャッチして離さねえ。世間じゃあ大学行って合コンしたり、カラオケに羽根伸ばし、携帯いじってのんべんだらりと日常を送る。なんだか不完全燃焼に、今を適度に脱力して将来の安定目指して割り切って、目の前の壁を見ようとしねえ。でもおいらには、そういった暮らしは我慢できねえのさ。目の前にはっきりそびえ立ってやがるのを、おいらってやつぁ見て見ぬフリができねえのよ。

アリス    でも私と一緒に昼下がりのアップタウンに行くんでしょ?

バニー    悪ぃが他当たってくれ。

アリス    なによ!

帽子     もうよさないかアリス。君には時間がないだろう。

アリス    ええ、ないわね。

帽子     メルヘンを維持できなかった君のその若さは、今も急速に衰えつつある。残された僅かな時間の君の望みはそう、可愛い奴らを引き連れて、昼下がりのアップタウンにお買い物に出かけることだ。違うか?

アリス    全くその通りよ。

帽子     ならそのウサギはやめておくんだ。そいつはマイノリティランクにも入れない落ちこぼれのダウナーボーイだ。君とメインストリートを練り歩くのには相応しくない。そしてお買い物には路銀が必要だ。それが分かればさあ、散らばった素敵なメダルを拾うんだ。バックに小物に、いたいけなガジュアルシーズンが君を待っている。

アリス    いやよ。

帽子     馬鹿な。君は、9位なんだぞ。

アリス    ランクが何よ。可愛さはね、数字じゃないのよ。それにマイノリティと可愛さに、一体なん関係があるっていうのよ。

帽子     むう……。

バニー    まあアリス、そういうこった。諦めない。

アリス    でも。

バニー    所詮おいらはマイノリティランクにも入れない寂しんぼのロンリールームさ。さてと、お喋りが過ぎたぜ。あらよっと。

 

バニーはやおら傷ついた身体を起こす。

 

アリス    このまま続けたら、あなたきっと死んでしまうわ。

バニー    死は、誰にでも訪れるもんだ。そう、あんたにだって。メメントモリってな。

 

バニーは壁にぶち当たる。

 

アリス    メメント・モリ。森を忘れるな…。ええ、いいでしょう。あなたと出会ったこの森が、残りの人生の最初の日よ。バニー、壁をぶち破って。その輝き光溢れる黄金の道を通って、あなたとアップタウンに繰り出すから! 私を、待っていてね。

 

アリスは下手にはけようとする。

 

帽子     アリス! どこへ行く。

アリス    可愛いやつ同士は引かれ合う。私の歩む轍は、花開く畝となるのよ。

帽子     くっ。かっこよさげなセリフを遺してからに。

 

ネイサンが立ちふさがる。

 

ネイサン   間違えたぞアリス。

アリス    は?

ネイサン   メメントモリ。死を忘れるな、だ。

アリス    うるっさいわね! あんたなんか姉さんじゃない!

ネイサン   くどい! 俺は貴様のネイサンだ。だから、俺も貴様とメインストリートを闊歩する!

アリス    いやよ。肉だるま。あんたは姉さんなんかじゃない。だってちっとも可愛くないもの!

ネイサン   なに!?

アリス    どいて。

 

アリスはネイサンを押しのけてはけていく。

 

ネイサン   この俺が…、可愛くないだと……。

 

ウサギたちは落ちている素敵なメダルを集める。

 

ウサギたち  素敵なメダル!

ウサギたち  ああ、素敵なメダル!

ウサギたち  僕たち、

ウサギたち  私たちが、

ウサギたち  愛してやまない素敵なメダル。

帽子     こら、おまえたち…。

ウサギたち  そう、僕らの、

ウサギたち  飽食のシンボル!

 

ネイサンが暴れ出す。次々にウサギたちを殴り飛ばす。

 

ネイサン   この俺が! 可愛くないだと! 貴様らより!? そんなはずはない!

帽子     よせ! ネイサン!

 

ネイサンの怒涛のような暴力が収まると、ウサギたちの屍が累々とよこたわる。ネイサンは息をきらせて立ち尽くす。

 

帽子     まったく、屍山血河の有様だな。

 

帽子屋さんはウサギたちの屍からメダルを取ろうとする。ウサギたちは死してもメダルを放さない。

 

帽子     これは、9位のアリスの取り分だというのに。下賤なダニどもめ。

バニー    そのままにしてやってはくれませんかね。

帽子     なに?

バニー    さながら冥途の渡し賃、彼奴らへのせめてもの餞です。カロンの渡し舟にでも、使わしてやってはもらえませんかね。

帽子     何を馬鹿な。

 

ネイサンがバニーに掴みかかり、殴打する。

 

ネイサン   貴様なんぞより! 貴様なんぞより!

バニー    ぐあ! が!

帽子     待て! ネイサン、そいつを殺しちゃいかん!

ネイサン   なにゆえ!

帽子     私は先ほどそいつをダウナーボーイと嘲ったが、そいつがまだ挑戦を続けている間の話であって、もしそいつが志半ばで生き絶えたとしたなら、その生涯を壁にぶち当たり続けたことから、おそらく上位ランクに表彰されるだろうことは間違いない! そうすれば君は、なおのことそいつを讃えてしまうことになるんだ!

ネイサン   くっ……。だが、

 

ネイサンは暴力を止める。バニーは血反吐を吐いて地面にのびる。

 

ネイサン   マイノリティランクなど知るか! 問題は可愛いかどうかだ。アリスは、この俺ではなく、こいつの方を可愛いと決めつけた。不可解だ。どうみても俺の方が可愛いだろう!?

帽子     確かに、ランクとアリスの求める可愛さは関係ないかもしれない。でもしかし、まだランクインもされていない彼のポテンシャルに気づいていた。きっとアリスは、これからも上位ランクの奴らに出会うだろう。そしてそれを…。

ネイサン   可愛いと言うのか……。認めん……。認めんぞ!

 

ネイサンは帽子に掴みかかる。

 

帽子     な、なんて力だ……!

ネイサン   俺のランクはいくつだ、言ってみろ。

帽子     さ、34位だ……。

ネイサン   ……なんだと?

帽子     ちなみに、そこで寝ているウサギたちの中にも、おまえより上位者がいる。お前は、お前はその程度だ……。

 

ネイサンは帽子を乱暴に突き放す。

 

ネイサン   ああ! あああああ!(泣く)

帽子     残酷だがメルヘンは、筋肉に容赦しない。生まれる時代を間違えたな。ネイサン。

ネイサン   俺は認めん。ならば、ならばこうしてやる!

 

ネイサンはバニーの衣裳を剥ぎ取る。

 

帽子     何をしている!

ネイサン   きっとこいつの格好がかわいいのだ! それだけの違いに違いない!

 

ネイサンはバニーから剥ぎ取った毛皮状の腰巻を身に纏う。

 

帽子     ば、馬鹿な。これは、数値が上がってる! こんな、こんな方法があったとは…。

ネイサン   (身体を見せ)どうだ?

帽子     今の、君のランクは28位だ。

ネイサン   可愛いか?

帽子     (照れくさそうにはにかんで)ああ、少し、可愛い。

 

ネイサンも微笑を返す。実に涼やかな漢笑みで。帽子やさんとネイサンの友情のオーヴァーチュア。だが、たちまちに、ネイサンの眉間に険が戻る。

 

ネイサン   こうしてはいられない。

帽子     どうする気だ?

ネイサン   知れたこと。アリスのまわりにはおそらく上位者が集まる。そいつらの身ぐるみを穿いで、メルヘンに一石を投じるのよ。

 

ネイサンははけようとする。

 

帽子     待て。

ネイサン   !

 

帽子はドアを開ける。ドアの先には、様々な銃器が取り揃えてある。

 

ネイサン   それは。

帽子     アリスには恥をかかされた。私はお前について行こうじゃないか。

ネイサン   (微笑んで)余計なことを……。

 

バニーがゆっくりと立ち上がる。またも彼は、壁に向かおうとしている。

 

暗転

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