【第1回】①アレッサンドロ・ネイサンとバニー・ブランカス ―(1) | マイナビブックス

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奇妙などっかのウサギ Rabbits Rush Rapidly 上演台本

【第1回】①アレッサンドロ・ネイサンとバニー・ブランカス ―(1)

2016.07.14 | 宇野正玖

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①アレッサンドロ・ネイサンとバニー・ブランカス

 

 

風青し、身を横たえる他になし。

鍾乳洞の入口にプリズムが差し込む。その光のマジックが降り注ぐ落下点に姉さんとアリスはいつもいる。恒久の緑園。常しえに陽だまり。永遠の日曜日。アリスの日課、姉さんの柔らかな膝枕で一日中微睡むこと。眠っているというよりは、ただ、横になっているだけである。眠る必要のないくらい、体に疲労などが見当たらない。

 

アリス    平和ね。姉さん。

姉さん    ええ、そうね。

アリス    ずっとこうしていたい。

姉さん    (微笑んで)何を言ってるのアリス。

アリス    ん?

姉さん    だってあなたもう38年間もこうして惰眠を貪ってるじゃない。

アリス    惰眠だなんて。春眠がいつまでも暁を教えてくれないんだもの。

姉さん    もう子供じゃないんだから。

アリス    そんなことないわ。大人たちには知性なんて欠片もない。物事に興味を持っていたら、99才になったって子供のままなんだから。

姉さん    あら、38年間も膝枕で眠り惚けていて、あなたが何かに興味を持つのかしら。

アリス    姉さんの膝枕への興味なら、私を置いて語る者なし。一家言を持っているわ。

姉さん    そうね。でもおかげでね、私の膝は血の気を失い、腐り果てて蛆がたかるのを拒めないわ。

アリス    ウソ? いつから?

姉さん    かれこれ25年も前からよ。

アリス    私全然気づかなかった。

姉さん    それはそうよ、あなたに、人に対する気遣いなんてものが、あった試しはないもの。

アリス    私を責めるのね。

姉さん    あなたと私しかいないこの世界。人は自ずと敵を求めてしまうものなのよ。

アリス    姉さんが、私を敵と定めたってこと?

姉さん    足の感覚を失って幾星霜、あなたを恨まないことなどなかったわ。

アリス    そう。でも私は狼狽えたりしないわ。この忘却された寥々たる草原に、これより他に悲しみを植え付けるなんてことは絶対にしない。私がこの可憐な営みをやめてしまったら、姉さんといるこの幸せな陽だまりが、仮初めの虚飾のエデンに変わってしまう。そんなこと、おとぎ話は許さない。私は居眠りを貫くわ。

姉さん    さすが私の妹ね。じゃあこうするのはどう?

 

姉さんは、自分の膝枕に横たわるアリスの首を絞める。

 

アリス    何をするの。

姉さん    あなたがその可憐な人生の幕を閉じるのが先か、または永遠を超える那由多の刻の彼方まで、居眠りを貫くか。勝負よ。

アリス    面白いわ。この退屈な人生に花を咲かせようってのね。

 

ウサギが洞窟の奥から走り出て、上手の壁に体当たりをする。

 

暗転

 

明転すると、先ほど舞台に登場したウサギが、上手の壁に体当たりを続けている。疲れはて、ボロボロになりながら。時に体を横たえ、痛みに震える。しかし諦めず、立ち上がると、壁を目掛けて突進する。

 

アリスはまだ膝枕で眠っている。しかしアリスの頭側部が横たわる姉さんの柔らかな太腿は、いつしか分厚いタイヤのような筋肉の塊に変貌していた。浅黒く鍛えられた肉体、黒真珠のように光沢を帯びる。姉さんの衰えた身体が変貌を遂げ、屈強なネイサンへと成長していた。

 

アリス    あれ?

ネイサン   どうした? アリス。

アリス    ううん。なんだか、姉さんじゃないみたい。

ネイサン   馬鹿なことを。俺は貴様のネイサンだ。

アリス    いいえ、嘘よ、なんだか硬いし、でかいもの。

ネイサン   それはそうだ。おまえの眠ろうという意志に負けて、おまえがその生涯を眠って過ごせるよう、俺は環境に適応したのだから。

アリス    あなた、姉さんじゃないわね。

ネイサン   俺は貴様のネイサンだ。

アリス    (壁にぶち当たるウサギを見て)あいつ。

ネイサン   ウサギだ。

アリス    かわいいわ。ちきしょう。かわいいわ。

 

アリスは膝枕から立ち上がる。アリスが立ち上がると同時に沢山のウサギが舞台上にあらわれる。アリスは壁のウサギに歩み寄る。しかし、上手から現れた帽子が二人の間に入り、遮る。

 

アリス    道をあけて。

帽子     いいや。まずは報告だ。

アリス    報告?

帽子     38年と3ヶ月18日7時間21秒。新記録だ。

ウサギたち  おお!

 

ウサギたちが歓声をあげる。

 

アリス    なんの茶番?

帽子     君が膝枕をして過ごした時間だ。陪審員たちの評価では、現在君のランクは9位。なかなかだ。そうそう。これを。

 

帽子は懐から素敵なメダルを取り出し、アリスの手に渡す。

 

ウサギたち  9位?

ウサギたち  9位だって、すげえな。

アリス    なにこれ?

帽子     マイノリティポイントだ。今、君は2500マイノリティを獲得している。

ウサギたち  2500マイノリティ! すげえ!

帽子     君のマイノリティな活動を正当に評価した表彰金だ。これからもマイノリティな活動を続けてくれたまえ。

ウサギたち  いいなー、いいなー。

 

アリスはメダルをばらばらと捨ててしまう。ウサギたちはそわそわする。

 

ウサギたち  ああっ、素敵なメダルが!

ウサギたち  あんなに素敵なメダルが!

ウサギたち  あの光沢!

ウサギたち  艶やかなメタリックフォルム!

ウサギたち  僕たちが求めて止まない、

ウサギたち  飽食のシンボル!

帽子     何をする。

アリス    いらないわ。

帽子     君の栄誉を讃えているんだ。

アリス    栄誉なんてもののどこに可愛さがあるの?

帽子     可愛さ?

アリス    可愛さを追い求めただけ。あの陽だまりのなか姉さんを膝枕に過ごす私の日常が、どれだけメルヘンで可憐さに溢れていたか。私はただそれを求めていただけ。

帽子     だからその行為に対する評価だというのに。いらないのか。

アリス    可愛くあることに、ギャアランティーなんていらないのよ。どいて。

ウサギたち  さすがアリスだ! 宵越しの金は持たねえ所存だぜ!

帽子     ……。

 

帽子は道を譲る。

 

ウサギたち  アリスが落ちこぼれのアイツに近寄るぜ。

ウサギたち  9位のアリスが、あんな落ちこぼれに。

 

アリスがウサギたちを振り返る。

 

ウサギたち  9位のアリスがこっちを見たぜ。

ウサギたち  俺だよ! きっと俺のことを可愛いと思ってるんだ!

ウサギたち  違うよ、俺だって!

ウサギたち  いいや俺さ。きっと俺のことをそばに置きたいかわいい必須アイテムだと思っているのさ。

ウサギたち  違うね、たぶん俺をペンダント替りに首から下げて、昼下がりのアップタウンに出かけるつもりなのさ。

ウサギたち  ドキドキするぜ。俺ががま口の財布になって可憐なアリスの細い指を一層引き立てるトキメキグッズになるなんて。

 

ウサギたちはアリスと共にいる今に高揚する気持ちを抑えきれず、そわそわと騒ぎ立てる。しかしアリスは彼らを無視して、力付き、身を横たえているボロボロの白ウサギの身体を起こしてやる。

 

ウサギたち  ああ!

ウサギたち  アイツ! 落ちこぼれのくせに、

ウサギたち  9位のアリスに身体を支えてもらうなんて!

ウサギたち  羨ましいな! 僕の方がこんなにかわいいのに!

 

しかし白ウサギはアリスをはねのける。

 

ウサギたち  あいつ! 9位のアリスになんてこと!

ウサギたち  9位のアリスをはねのけるなんて!

ウサギたち  くそう、生意気だ!

ウサギたち  やっちまうか!

ウサギたち  やっちまうのか!

ウサギたち  仮にやっちまうとしよう!

ウサギたち  やっちまえるかもしれない!

ウサギたち  もうやっちまったも同然だ!

アリス    うるせえな! ザコども!

 

ウサギたちは腰を抜かす。

 

アリス    わさくさわさくさしやがって…。

ウサギたち  9位のアリスにどやされた。

ウサギたち  9位のアリスからおしかりを受けた。

ウサギたち  ちきしょう。なんて出会いだ。

ウサギたち  ああ、こんな出会いは、

ウサギたち  まるでマイナススタートのティーンエイジドリームだぜ。

 

ウサギたちは空気を読んで黙る。

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