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奇妙などっかのウサギ Rabbits Rush Rapidly 上演台本

【第3回】②サンポルールーとイフードードー ―(1)

2016.08.15 | 宇野正玖

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②サンポルールーとイフードードー

 

 

舞台上には二本の木人。のちに名乗り上げるがサンポ・ルールーとイフー・ドードーである。その木人たちを柱にして神輿が乗っている。神輿の上には華やかなおしゃれグッズや洋服。ぬいぐるみのいくつかが陳列されている。そしてチェシャ猫と女王が中央に居座る。女王はチェシャ猫の膝枕で上品に居眠りをする。よく見ると木陰にアリスがいる。アリスは神輿の存在に気付いておらず、神輿の面々もアリスの存在を感じていない。

 

アリスは物陰から舞台を窺い、執拗に獲物を逃がさぬよう息を殺す。物陰からカサコソと何かが動くのを、アリスは見逃さない。アリスが疾風のように飛び出すと、物陰の生き物もそれに合わせて舞台に躍り出る。姿カタチはキノコ。しかし俊敏に動く。キノコはアリスを翻弄するようにジグザグに行き先を変え、アリスを惑わす。ところがアリスの野性味溢れる卓越した反応速度は、忽ちのうちにキノコを捕える。キノコの身体をからめ取り、アームロックで顎を絞める。アリスは腰から短剣を抜き払い、がら空きになったキノコの喉もとを切り裂こうと刃をつきたてる。キノコが傘から水を飛ばす。水が霧吹き状に飛び出ている。アリスはそれに驚いて短剣を放す。キノコは更に水を吹きかけると、身体がヌメヌメになっていく。

 

アリス    ぬ、ぬるぬるする!

 

キノコのその滑らかな肌にアリスのロックは外れ、とうとうキノコは逃げ出す。丁度神輿のある方へ。アリスは咄嗟にキノコ目掛けて跳び足刀をかます。キノコは衝撃で神輿に倒れこむ。

 

女王     きゃあ!

 

神輿は屈強な木人たちに支えられているためビクともしなかったが、きのこ頭頂部から飛び出る水で女王とチェシェ猫をずぶ濡れにする。

 

ネコ     ああ!

アリス    あ、濡れた。

女王     ぬ、ぬるぬるする!

ネコ     ぬるぬるする!

 

女王たちの被害など気にも留めず、アリスはキノコに掴みかかる。

 

アリス    てこずらせやがって! ぬるぬるぬるぬるしてー!

 

倒れるキノコの胸ぐらをアリスが掴む。

 

アリス    ちきしょう、かわいくてー。さあ、私とチャーミングにアップタウンへ繰り出すのよ!

キノコ    ……。

 

キノコは気絶している。

 

女王     ぬるぬるする。

ネコ     大変なことをしたわね。女王をずぶ濡れにするなんて。

アリス    姉さん!?

ネコ     は? 誰が姉さんよ。

アリス    やっぱりあの姉さんは姉さんじゃなくて、姉さんはちゃんといたのね。

ネコ     初対面の人に説明なしでづけづけとまくし立ておってからに。

アリス    あのキノコ素敵でしょ。連れてくの。さあ、姉さんも私とアップタウンへ繰り出すのよ。

ネコ     だから違うって言ってんでしょ。それよりあんた、9位のアリスね。これはまた、とんだ跳ねっ返りだわ。

 

アリスは気絶しているキノコを引きずって、何処かへ行こうとする。

 

ネコ     何処へ行こうっての?

アリス    グズグズしちゃいられない。急がなくちゃ。

ネコ     人の話も聞こうとしない。女王をこんなにして。謝るのよ。

アリス    人に謝らない。

ネコ     あ?

女王     可愛くない。

アリス    あ?

ネコ     あら女王様。

女王     チビ。

アリス    てめえ今なんつったよ。

女王     チビ。

ネコ     こらアリス。女王様に向かってイテマエ打線みたいにつっかかるんじゃないの。

アリス    あたしが可愛くねえだと?

女王     うん。

アリス    降りろ!

ネコ     アリス、鎮まりなさい。そして謝るのよ。

アリス    でも姉さん! こいつが私を可愛くないって。私可愛いわよね。ねえ、そうでしょ!

ネコ     だからあんたの姉さんじゃないって。でもあんた、自分が可愛いかどうかなんてよく人に聞けるわね。恥ずかしくないの?

女王     痛いヤツ。

アリス    誰が。

女王     あんた。ねえ、こいつランク格下げしてよ。

ネコ     それは陪審員たちに相談しないと。

アリス    ねえ、姉さん、私ってイタイの?

ネコ     だから姉さんじゃないけど、まあ、54歳にもなってそんなフリフリの服着てキノコ捕まえてるようじゃ、ある意味更にマイノリティランクをあげる才能があるわよ。あんた。

アリス    この服は姉さんがつくってくれたんじゃない。

ネコ     だから知らねえっつの。

女王     粗末。ダサい。

アリス    うそ!

ネコ     女王様がそう仰るんだから仕方ない。

アリス    何よ、女王って。

ネコ     知らないの。バカねえ。このお方がマイノリティランク1位。アップタウンの女王様よ。

アリス    アップタウンの。

女王     だから一番かわいい。

アリス    そういう発言イタイんじゃないの?

女王     は?

ネコ     女王様は実際かわいいんだからいいのよ。でもあんたは、今すぐババアになるってんでしょ。それにランクもたかが9位。さっさとエプロンしてリンゴでも売り始めな。

アリス    ひどい。(泣に入る)

女王     ねえ、こいつもっと可愛いと思ったのに期待外れ。せっかくアップタウンに呼んであげようと思ってたのに。あんな汚いキノコ拾って。馬鹿だわ。かわいそう。趣味悪いんじゃないの。

アリス    ……。(だんだん泣き出す)

ネコ     こら、54歳が馬鹿にされて泣くんじゃないの。それにだいたいあんたが悪いんじゃない。

アリス    可愛いキノコだもん。

女王     アホね。可愛いものはこういうもののことを言うのよ。(神輿の上のグッズをお披露目する)

アリス    違う。そういうのもかわいいんだけど、もっと、上を見るならね、もっと、朧げで、繊細で、いつ朽ち果てるか分からないような、そんな危なっかしいものにこそ、かわいさを求めたくなるんだもん。こだわるんだもん。

女王     意味わかんない。

アリス    可愛いっていうのはね、奇跡なのよ。奇跡っていうのは…、

女王     うるさいよ。あんた罰するからね。

アリス    うっせ、濡れ女!

女王     ねえ、こいつなんとかしてよ!

ネコ     とにかくね、女王に逆らったあなたはタダじゃすまないわ。いずれあなたを捕縛することになるでしょうから、覚悟しておくのね。

アリス    そんなのやだよ姉さん。

ネコ     だから姉さんじゃないって。さあ、お召し物を着替えないと。女王様。

女王     ぬるぬるする。ぬるぬるする。こんなもの!(濡れた服を脱いで投げ捨てる)

ネコ     あらら。大変、さあ、メインストリートに戻りましょう(はけようとする)

アリス    さっさと行っちまえ!

女王     絶対あんた罰する。でも、そのキノコは今すぐぐしゃぐしゃにして殺すから渡して。

アリス    やだ。

女王     このズベタが!

ネコ     女王様、行きましょう。アリスのことは刺客にまかせて。

女王     そう?

ネコ     ええ。いずれ刺客が、アリスもキノコも必ず捕まえますから。

女王     ……。

アリス    なに、刺客って、かわいいの?

ネコ     そんなわけありますか。恐ろしい化け物よ。居眠りから醒めたことを、とことん後悔するのね。

アリス    なんで姉さんが私にそんな恐ろしいことを。

ネコ     だから何度も言わせんなよ。まあいいや、じゃあね。

 

神輿が下がっていく。

 

ネコ     (アリスに)あ、あんたそれからね、アップタウンにひったてられるときでも、うちの領内はエレガント重視だからね。その粗末な服を着替えて来てちょうだい。

アリス    え?

 

女王は先ほど投捨てた服をアリスに投げつける。

 

女王     これでもあげるよ。ずぶ濡れでも今のよりはマシでしょ。

ネコ     ですね。

 

神輿はいなくなる。アリスは自分が着ている洋服を強く掴む。

 

アリス    この服は、姉さんがつくってくれたんじゃない……。こんなもの!

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