【第2回】第一章 開戦(2) | マイナビブックス

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崖っぷち留年娘と大学を目指したママの407日間戦争

【第2回】第一章 開戦(2)

2016.02.01 | 森之宮京子

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○子の心、親知らず

 

結衣はよく泣く赤ん坊だった。

今でも、赤ん坊の結衣が泣いている顔を思い出しては、私はうんざりしていたものだ。

そんな風に思っていた母の気持ちをわかっていて、泣いていたのだろうか…。

若かった私には赤ん坊を育てることが、ひどく自分の時間を犠牲にしている…と思われてならなかった。

留年について、詳しく聞こうとする私をよそに、

「放っといてよ。どうでもいいんだから」

結衣は、泣きながらそう言った。どうでもいい―と。

「どうでもいいって。留年したら、学校にいけないでしょ。それとも、また2年生やれるの?」

「もう、どうでもいい」

どうでもいい―。どうでもいい―。どうでもいい―。

それから私が何を言おうと、結衣は「どうでもいい」を連呼し続けたものだ…。

 

○子供はちゃんと見てほしい

 

留年しそうだというのに、「どうでもいい」と泣くだけの結衣の気持ちが、まったくわからない。

この子はいつから、こんな無気力な人間になってしまったのだろう…。

勉強はあまり得意ではなかったけれど、元気で明るくて、素直な子供だった。

今、目の前にいる結衣は、自分を投げ出している。

その時、ふと。数日前に感じた小さな違和感を思い出した。

お風呂に入ろうとした結衣が、ドアの出っ張りに、額をぶつけた。

「ママ、ぶつけちゃった。痛いよ」

結衣は少し赤くなった額を見せた。怪我というほどのものではないので、

「大丈夫、大丈夫」

夕飯の支度で忙しかった私は、フライパンの炒め物に戻った。

少しして…浴室から、悲鳴のような声が聞こえてきた。

私は驚き、浴室に駆けつけた。

結衣が膝を抱え、小さな子供みたいにワンワン泣いていたのだ…。

…あれは、結衣なりの何かのSOSだったのではないか。

私は、今まで何を見てきたのだろう…。

 

○ちょっと殺しかけました

 

人の心は硬くなる。

硬くなった心を柔らかくするのは、容易いものではない。

娘の結衣は、自分の事を「どうでもいい」と言い放っている。

まだ、17歳になったばかりで…自分の未来を投げていた。

「どうでもいい」

膝を抱えて泣きじゃくりながら、「どうでもいい」と叫び続ける結衣。

そんな悲しい言葉を聞いた瞬間、私は結衣の頭を思いきりブン殴ってた。

その瞬間、

「なにすんだよ!ババア!」

最後のババアを遠慮がちに言いながら、結衣は私を突き飛ばした。

ババアなんて、結衣が生まれてはじめて言ったな。

「出ていけ!」

押し出されそうになって、ここで負けてたまるか!私より体が大きい結衣を押し返しながら、

「どうでもいい人間を生かしておくわけにはいかない。アンタを殺してママも死ぬ」

結衣をベッドに倒し、馬乗りになった私は首を思いきり絞めていた。

ヒュッー! 泣き声すら出ない状態の結衣の喉から、苦しさのあまりの悲鳴ともつかない音が漏れた。顔も真っ赤になっていく。もはや抵抗する力も残っていなかった。

それでも力を緩めない。命がけだった。

一昔前のドラマの一場面だな。これは、と今になって思うが…

この子を助けたい。それしか考えていなかった。

首を締め上げているのに、なんとも矛盾している話だな、と自分でも突っ込みたくなるけど。

留年とか、大学受験とか…そんなものは関係ない。

みじめに泣いている結衣を助けたかった。

他人がその光景を見ていたら、気がふれた母親だと思われただろう。

―アンタは、どうでもいい人間なんかじゃない!―

私は泣きじゃくりながら、叫び続けた。

その時、

「ご…ごめんなさい…」

悲鳴ともつかない、微かな声で苦しさの中、結衣は言った。

私はその言葉で、我に返った。手から、力がスッと抜ける。

凶暴な母親から解放された結衣は、激しい咳を繰り返し泣きじゃくっていた。

あの時。結衣が「ごめんなさい」と言わなければ、どうなっていただろう…

今でも、答えは見つかっていない。

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