【第3回】観光島の光と影――心に残るグアムの女性たち―― (1) | マイナビブックス

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旅行小説「旅は一期一会」

【第3回】観光島の光と影――心に残るグアムの女性たち―― (1)

2016.01.13 | 武山博

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 オレは旅行が好きだ。多分、それは小さなラーメン屋をおふくろとやっていて、ちっぽけな空間にしばりつけられ、「ああ、家出したい」って年中、思っているからだろう。

 でも、正直いって今度の旅行はさっぱり気乗りがしなかった。何故っていうと、そもそも無理に押しつけられた故もある。

 ある同業組合にオレの店は加盟している。六年前に亡くなったオヤジの代から入っているんだ。組合費ばかり取られて大したメリットもないけど、おふくろに言わせると何か困ったときには、やっぱり入っていると心強いもんだよ、ということで、いわばお付き合いだ。

 この組合が、ここ数年来、「謝恩まつり」というイベントを年に一回やっている。所属してる支部にも「割り当て」がきて、抽せん券をお客さんに配ることになった。けど、うちのお客さんは、そんな券、殆んど無視してる。当たりっこないと思ってるんだ。

 で、今年もかなり余った。その結果、景品はそれなりに店のものとなる。もちろん、うちらの扱う券はたかが知れている。お付き合い程度で買い取るわけだから、最低の単位だ。それでも、一枚、運よく二等の「ひとめぼれ」の米五キロが当たった。あとは三等のチューインガムが八個。いつもそんなもんだ。

 このイベントが終わって十日ほど経った頃、組合支部長の長谷川さんが「そば」を食いにきた。そこで彼が「……正ちゃん、ガム、どう?」と聞く。

「ガムはあんまり好きじゃない。割り当てだけで充分ですよ」と、オレは答えた。

 彼は「そうじゃないよ。グアム島へ行かないか、ってこと……」と笑った。

 特賞の「海外旅行三日間」に大田さんが当ったのだ。本当は当選したお客さんに権利があるんだが、締め切り日になっても現われない。ところが、大田さんは奥さんが自転車で転び、入院しているので行けないというのだ。

 できれば行きたい人に譲りたい、ということで相談に来たわけ。もちろん、特賞が「グアム島行」ということは知っていた。入口に椰子の木と、青い海のポスターを貼り出したしね。でも、ただそれだけ……。全然、行ってみたいとも思わなかった

 返事をしぶっていると、どういう風の吹きまわしか、丼を洗っていたおふくろが「お前、頂いて行ってきなよ」と、言い出したのだ。

 長谷川さんが渡りに舟と、「行ってくれると有難いんだがなぁ。横田さんも無理、鈴木さんも法事があるとかで……」と旅好きの仲間の名を挙げ、溜め息をついてみせる。

 おふくろが、「店は心配ないから、行っておいで……」と、再び余計なことを言う。

 そんなわけで、気乗りがしないまま、オレは行くことになった。

 ラーメン屋をやってるけど、オレはこれでも高校を出て、一時、会社勤めをしたことがある。本当は文系の大学へ進みたかったんだが、色々あって諦め、中堅の印刷会社の営業をやってたんだ。二年ほどだったが、オヤジが倒れて仕方なくその跡を継いだ。

 おふくろは、好きな道を断念させたという思いがあるらしく、時々、風の吹きまわしで「かまわないから、行っておいで……」というような言い方をする。姪のユキちゃん、近所のおばさんに加勢を頼むんだが、後が大変で、気疲れもあって寝込んだりする。

 オレは学生の頃から歴史が好きだったので、わりと古いものに興味がある。だから、旅行というと、お寺とか、遺跡みたいなものに心が惹かれる。

「若いのにジジイみたいだな」と言われたこともあるが、平気さ。それだけに、ただ美しい景色だけという観光地には気が乗らない。ポスターを見てもわかるけど、「グアム島」ってのは、青い空と海と、波乗りや潜水が売りじゃない? 心がどうしても躍らないんだ。

 でも、初めての所だし、まあ骨休めでもしてくるか、と出掛けることにした。

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