第3回 「好手」と「悪手」
今週も「手」に関わる言葉で対になっているもの、「好手」と「悪手」がお題です。それぞれ「こうしゅ」「あくしゅ」と読みます。
どちらも指し手を評価する言葉で、単純に「良い手」、「悪い手」という意味です。「この飛車打ちが好手で有利になった」、「最後に悪手を指した方が負ける」などど使います。
おや、今回はやけに簡単ですね。実は本題はここから。将棋には指し手のニュアンスを表現する言葉がたくさんあり、同じ好手・悪手でも、その内容によってさまざまな言い方があるのです。
今週は代表的なものをいくつか説明しましょう。
好手グループ
【最善手】さいぜんしゅ
いくつも良さそうな手がある局面で、最も良い手のことを最善手と言います。「最も良い」とは、「最も優勢を拡大できる」、「最も早く勝てる」という意味です。
例えば飛車をタダで取る手と、王様を詰ます手があったとします。どちらも良い手ですが、最善手は詰ます手となります。最善手の次に良い手は「次善手」(じぜんしゅ)と言います。
【妙手】みょうしゅ
これは「奇妙な手」ではなく「巧妙な手」の略です。好手の中でもテクニカルな手のことをいい、「こんな妙手はなかなかお目にかかれない」などと使われます。サッカー
でいえば、フェイントやヒールキックの分野に属するような技術となるでしょうか。
妙手の中で特にレベルが高い手を「絶妙手」(ぜつみょうしゅ)と言います。おそらくこれが、好手の中でも最上級のものでしょう。
ちなみに奇妙な手のことは「奇手」(きしゅ)、珍しい手のことは「珍手」(ちんしゅ)といいます。どちらも好手の場合も悪手の場合もありますが、変わった手なので、すぐには善悪が判断できないことがあります。
悪手グループ
【緩手】かんしゅ
ほかに指すべき手があるのに、急所をはずした「ゆるい手」のことです。たいがいは形勢悪化を招きます。悪手とはいいきれない場合もあり、リードが大きければ致命傷にはなりませんが、混戦に陥る要因になります。
【疑問手】ぎもんしゅ
明らかな悪手には見えなくても、結果的に形勢を損ねる要因になる手のこと。平たく言えば悪手なのですが、すぐに駒をタダで取られたりするほど直接的な悪手ではない場合に使われることが多いようです。
具体的な指し手ではなく、戦略を誤った場合には「疑問の構想」という言い方があります。「ここは玉を固めたのが疑問の構想で、すぐに攻めるしかなかった」などと使われます。
次回も「手」について。
第4回 「上手」と「下手」
先週に続いて対になっている言葉で「手」に関わるものがお題です。「上手」と「下手」。読み方は3通りありますが、将棋ではどのように使われるでしょうか。
まず、「じょうず・へた」という一般的な読み方がありますね。もちろん将棋の記事でも使われることはありますが、これは専門用語ではありません。
また、「かみて・しもて」という読み方もあります。これは川の上流・下流などの地勢を指す場合と、芝居などの舞台で客席から見て右側と左側を指す場合があります。これは将棋とは関係がありませんね。
将棋の専門用語としてのお題は、「うわて・したて」と読みます。お気づきのように相撲の専門用語にもある読み方ですが、意味はまったく違います。
先手と後手があべこべ
将棋には「駒落ち」というハンディ戦があります。格上の方がいくつかの駒をはずして、実力差を平均化して互角の勝負ができるようにするものです。サッカーに例えれば、強いチームが10人なり9人なりで試合をするようなものと思ってください。
駒を落とさない通常の対局は「平手(ひらて)」と言います。「初段のAさんと3級のBさんでは、平手じゃ勝負にならないので、Aさんに駒を落としてもらおう」というような使い方をします。
この駒落ち戦で、駒を落とした方を「うわて」、落としていない方を「したて」と言います。「じょうず・へた」とニュアンスが似ているからといって「Bさんはへた」などと言ってはいけませんよ。
よく知られている駒落ちは「飛車角落ち」とも言われる二枚落ちでしょう。上の図面を見てください。このように飛車と角を落とした上手を後手側に、下手を先手側に表記することになっています。五角形の駒マークも下手が▲、上手が△です。ところが、駒落ちではなぜか上手から先に指すことになっています。だから実戦の指し手は「△6二銀▲7六歩」のように△から始まります。慣れないと戸惑うかもしれませんが、これは「そういうもの」として覚えましょう。
さて「うわて・したて」には「相手が一枚上手だった」とか「悔しいけど下手に出ておこう」という一般的な使い方もあります。もちろん将棋の記事にも出てきますが、駒落ちの話との区別はそれほど分かりにくくないはずです。
次回は「筋」のお話です。