第1回 「指す」と「打つ」
どの分野にも専門の用語や言い回しがあります。言葉としては一般的でも、独特な使われ方をするものもありますよね。なんとなく「こんな感じかな」と雰囲気はつかめても、意味や読み方が分からないとスッキリしません。
初心者にとっては、この専門用語を理解するのが一苦労です。上級者にとっても、いざ人に説明しようとしたら、「あれ、なんだっけ」と戸惑うこともあるでしょう。
今週からスタートするこの欄では、将棋の専門用語をなるべく分かりやく説明していきます。本紙はもちろん、専門誌や専門書、ネット中継やテレビ中継をいっそう楽しんでいただくためのガイドとなれば幸いです。
バロメーター
第1回のお題は基本中の基本。将棋は「指す」ものですか、「打つ」ものですか? はい、もちろん「指す」ものですね。将棋は指す、囲碁は打つ、と言います。「将棋を指そう」、「難しくて、どう指していいか分からなかった」、「ここでは、こう指せばよかった」というように使われます。
何を今さら、とおっしゃるなかれ。世の中にはけっこう「将棋を打つ」と言う人が多いのです。指さない人なら、むしろ「打つ」と言う方が多数派かもしれません。
日常の会話の中で将棋が話題になったとき、ちょっと意識して聞いてみてください。「指す」と言うか「打つ」と言うかで、その入がどのくらい将棋に親しんでいるかのバロメーターになるはずです。
部分的には
ここまで読んで、「あれ、将棋でも打つということがあるよ」とお気づきの読者も多いことでしょう。そう、将棋でも部分的に「打つ」を使うことがありますね。それは持ち駒を使うときです。
具体的には「急所に歩を打つ」、「敵陣に飛車を打ち込む」、「合駒を打たされた」というように使われます。以前は「張る」という言い方もありましたが、最近は聞かなくなりました。
また、持ち駒を使う場合でも「囲いのすき間に金を埋める」、「歩で王様をたたく」など、指し手のニュアンスによっていろいろなバリエーションがあります。これらは別の機会に説明する予定です。
ところで、なぜ将棋は「指す」なのでしょう。最初は盤に何も置かれていない囲碁と違って、将棋は最初に並べられた駒を「進める」から、という説をどこかで読んだことがあります。つまり、石を置いて陣地をとっていく囲碁に対して、相手の王様を目指していく指向性のため、ということですね。
もちろん定説ではなく、語源は確かめようもありませんが、なんとなく納得できるような気がしませんか?
次回は「手」と「手」について。何のこっちゃ。
第2回 「先手」と「後手」
将棋には「手」という文字を使う用語がたくさんあり、それを何回かに分けてとりあげていく予定です。まずは対になっている言葉から始めましょう。さっそく今週のお題、「先手」と「後手」の説明に入ります。
先手は黒、後手は白
将棋は2人で交互に駒を動かすゲームです。先に指す方を「先手」、後の方を「後手」といい、それぞれ「せんて」「ごて」と読みます。「先手番」「後手番」という言い方もありますが、意味は同じです。「この局面は先手が優勢」、「98手で後手の勝ち」などと使います。
先手を「せんしゅ」、後手を「こうしゅ」とは読みません。先手は「さきて」と読む場合がありますが、これは軍隊の先陣のことです。
指し手を記号で表すとき、先手を「▲」、後手を「△」と表記します。この面上の観戦記にもいっぱい使われていますね。「▲7六歩」とあれば「先手が7六に歩を動かした」ということです。
駒の配置を表した図面の脇にもこの記号が使われています。これは先手、後手それぞれの持ち駒を示すものです。「▲羽生 飛金歩二」とあれば「先手の羽生の持ち駒は、飛車と金と歩が2枚」です。
この記号がいつから使われるようになったのかよく分かりません。また、なぜ先手が黒で後手が白なのかも不明です。囲碁は先に打つほうが黒石を使うので「黒番」、後のほうが「白番」といいいますので、その影響かと思ったのですが…。
1935(昭和10)年7月7日付の東京日日新聞(現:毎日新聞)に第1期名人戦リーグの第1局が掲載されています。そこでは先手が△、後手が▲と表記されているのです。当編集部の記者がたまたま48年出版の本を持っていたのですが、それも先手△、後手▲が使われています。ところが、54年出版の本では、現在と同じ先手▲、後手△となっていました。もっと精密に調べれば経緯が分かるかもしれませんね。
別の先手と後手
さて、ここまでの「先手」と「後手」の話は分かりやすかったと思います。しかし、これとは違う「先手」と「後手」もあるのです。
お気づきのように「先手をとる」、「後手をひいた」などの言葉ですね。前者は「機先を制す」「先に動く」、後者は「先を越されて受身になる」などの意味です。
これらは戦いの状況を表現する際に一般的に使われる言葉ですが、将棋の記事の中でひんぱんに出てくるとややこしくなります。「先手がうっかり後手をひいた」、「後手が積極的に動いて先手をとった」などは混乱のもとです。われわれ記事を書く側が気をつけなければいけませんね。
次回は「好手」と「悪手」の話をします。