【第1回】もう一人の私? | マイナビブックス

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渡井さん(43歳)/神奈川県/木村鉄道での役職:電球交換係/入社:2009年

私と同じ、赤いコスチュームを着て会いに来てくれる方がいます。自宅から着て来てくれるので、遠目から見た人に「○○線車内に木村裕子がいた」と、間違われることもしばしば。それならまだいいんですけど「木村裕子が男子トイレに入っていった!」と間違えられた時は、さすがに本人に注意してしまいました(笑)。
渡井さんの変身術は本物です。以前、北九州にある鹿児島本線の始点・門司港駅でテレビの生放送中継があった時も、渡井さんは赤制服で客席にいました。全体の様子が一瞬映った時、実家で見ていた90歳の祖母が「裕子ちゃんが二人いる!?」と混乱した程です。家族まで騙せるんだから、私が体調不良になった時など代わりにお仕事先へ行ってもらいたいな(笑)。

渡井さんは、アイドルの追っかけをする為に会社を辞めてしまったファン。以前は、ある有名ファーストフード店のマネージャーをしていました。週末は書き入れ時で休めないはずなのに、土日のイベントに来られる理由、それはマネージャーである彼がシフトを組んでいたからです。そんなことをしていたら他の従業員さんに嫌われそうですよね?
ある日、それをよく思わなかった方が本社の部長に密告しました。でもアイドル追っかけは会社公認だった為、「渡井くんはこういう人だからいいんだ!」と逆に一喝されたそうです。職場のほとんどの方は「アイドルを追っかけるマネージャー」と面白がっていて、私のブログをチェックした同僚が「おお! またマネージャーが写った写真が載っているぞ!」と、社内で盛り上がるほどだったそうです。

もう一つ、面白いエピソードがあります。2010年、上野~金沢間を走っていたボンネット型の夜行列車「急行能登」が廃止される直前、「木村裕子と行く! さよなら急行能登ツアー」を行いました。上野駅22時33分発車ギリギリに来た渡井さんは、なんと普段目にする某ファーストフード店のあの制服で現れたんです。残業で着替える時間がなく、そのまま店を飛び出して来てくれたそうです。
そしてもっと驚いたのは「せっかくだから制服の袖にサインしてほしい」と言われたこと。期待にお応えしてデカデカと油性マジックで書きました。あの制服にサインをしたアイドル、きっと私以外にいないと思います。そのお店では、制服は必要時に買い取る契約だった為、「これは記念として家に飾っておくね!」とのことでした。
でも、期待を裏切らない渡井さんはやってくれました。朝寝ぼけて飾ってあった制服を着て出勤してしまったんです。さすがに怒られたと思いきや、同僚にも上司にも大笑いされ、その日はそのままお店に立って接客したそうです。

そんな渡井さんがなぜ赤制服で来てくれるようになったか、最近理由を聞いてみました。

「え? 覚えてないの? 裕子ちゃんが『次からもそれで来て下さい♪』って言ったから、それ以来毎回コレで来るんだよ」

どうしよう…全く覚えていない。私はなんて無責任なことを言ってしまったんだろう。言い訳ですが、短い時間に何十人、何百人と会話をするので、次の日の起きた時には忘れしまっていることもあって…ごめんなさい。
制服の理由はこうです。

「以前から赤制服を着ていきたい気持ちはあったんだけど、当時は新参者だったから、古参のファンから反感を買うかも…? って自粛していたんだよね。でも、たまたまイベントの日に僕の誕生日が重なった時があって、今日だけはみんな許してくれるかなって思ったんだ」

今、当時の彼が目の前にいたら伝えたいです。「古参ファンの反感なんて買わないから大丈夫だよ。だって、そんな恥ずかしい格好で来たいって人、誰もいないもん」と教えてあげたいです(笑)。
渡井さんは、赤制服での参加は1回限りのつもりだったので、町田の古着屋で真っ赤なジャケットを200円で買い、制帽は100円ショップの帽子に赤いスプレーをして参戦。それがまさかの私の無責任発言により、今日も渡井さんは赤い制服を着てイベントに現れます。

相手の言葉を疑わない純粋な性格。仕事熱心で時間ギリギリまで残業する勤務態度。そしてアイドル追っかけ公認の職場。一見、プライベートも仕事も順風満帆に見えるのに、なぜ仕事を辞めてしまったのか。

「名前と顔を覚えてもらいたくって。忘れてほしくなくって。もっともっとイベントに参加したかったんだ。だから休みの融通がここより利く職場に変えたかったんだ」

私はこの言葉を聞いた時、胸がぎゅうっとなりました。
私はプライベートでも人の名前を覚えるのが苦手です。多い時は一日に何百人と会って話をしたり、握手をしたりします。みんな文句一つ言わずに長い列を成して、たった数十秒から1分程度の時間を楽しみに来てくれるんです。
東京のイベントに九州から来る方、たった数十秒に交通費を何万とかけて来てくれる方。何度も通い、それなのにやっと自分の番になったと思ったら「ごめんなさい、前も聞いたと思うけどお名前をもう一度教えて下さい」と私に言われた社員には、どれだけ悲しい思いをさせてしまっていたのでしょうか。

私「ごめんね。覚えるのが遅くてごめんね。そのせいで会社辞めさせちゃって本当にごめんね。でもね、渡井さん。私は渡井さんのことはすぐに覚えてたんだよ!! だって会社の制服で来てくれたり、赤制服で来てくれたり、そんなインパクト絶大な人が目の前に現れたら、さすがの私も覚えるもん!!」

渡井さん「いや…裕子ちゃん、俺の名前、全然覚えてくれなかったよ(笑)」

あれれ~? おかしいなぁ? 列車の名前はすぐに覚えるんですけどね。やっぱり私は無責任発言ばかりするようです。

[社長から社員へのメッセージ]
初めて同じ服を着て来てくれた時、すっごく嬉しかったよ。ずっと「誰か私のコスプレしてくれる人いないかなぁ」って思ってたから。
あの日大宮駅のステージに出た瞬間、客席に赤制服を着た人が目に入った時は驚いたのを覚えています。今では渡井さんが客席にいないと寂しいし、心配になるんだよ。あ、これは無責任発言じゃないから。本心だから♪