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ゴルフプラネット 第5巻

【第3回】ゴルフをすること、プレーをすること

2014.12.15 | 篠原嗣典

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ゴルフをすること、プレーをすること

 

 クラブを売っている仕事をしている頃、私はお金持ちに対して敏感なアンテナを持っていると思っていた。

 

 何といってもバブルのど真ん中の頃だったので、お金持ちのクラブの買い方は半端じゃなかった。気に入っていただければ、通常使う物を一つ、所有しているメンバーコースのロッカーに入れておく分に数セットが当たり前だった。ざっくばらんに告白すれば、一カ月に最低でも600万円の売上がノルマだったので、そういうお客様は文字通り神様だったのである。

 

 しかし、自信を無くすようなこともあった。一人のOLらしき20歳位の女性が毎日のように昼時にお店に来るようになった。原則として、お客様を差別はしないので、邪魔にならない程度に声を掛けたりはするわけである。最初は、愛想笑いだけであったが、ある日、突如、いうのだ。

 

「昨日、ゴルフしたんですけど…… 普通は初めてだとどの位なんですか?」

 

 月曜日の昼時は、戦い敗れたお客様の再生の相談タイム。忙しいが、一応は笑顔で答える。

 

「そうですね…… 120くらいですかね」

 彼女は喜びに満ちた顔になった。

「私! 110でした」

 

 女性のお客様が初めてで110は素晴らしい。

 

 その後、毎週月曜日は遠慮がちに彼女はいうのだ。

 

「昨日もゴルフに行ったのですけど、同じでした」

 

 それが、5回も続けば、私の見る目も変わってくる。『お金持ち』である。その頃の国内のコースの日曜日のプレー代といえば、安くても3万、高いところなら5万円は当たり前だった。食事代や交通費を考えれば、平均しても4万円を超えた時代だったのだ。毎週日曜日にプレーしているとしたら、4週でも16万円。普通のOLなら破産してしまう。

 

 腕が鳴る、とはしゃいだ私は、様々なものをお薦めするが、彼女は「それは、まだ私には……」等と、やんわりとかわされてしまった。本物はいつの時代も謙虚なものだと、ますます気合いが入るが……何も購入してもらえずに、三カ月が経ってしまった月曜日に、彼女は店に入って来るなり叫んだ。

 

「昨日、やっと150の看板まで飛びました」

 

 彼女の『ゴルフに行く』は練習場に行くことだったのだ。私は力が抜けて倒れそうになりながらも。必死の作り笑いで言うのであった。

 

「それは、良かったですね……」

 

 実際には、プレーをするとか、練習場に行くとか、詳細に表現することの方が多いので、この様なケースは少ないとは思うが、忘れられないエピソードの一つである。

 

 さて、詳細な表現は良いとしても、ゴルフをする、といえば、通常はコースでプレーすることを意味すると思われて使われている。表現としては特に問題はない。しかし、本当の意味合いとしては疑問がある。

 

 ゴルフをする、という言葉は、もっと深い意味で使いたいものである。ただ単純にボールを打ってラウンドすることは、ゴルフの一部に過ぎないのではないか? ゴルフの楽しさやスピリットまでも十分に謳歌し、自らがゴルファーとして鍛錬していると自覚できる状況があってこそ、ゴルフをする、もしくは、ゴルフをした、と胸を張って言えるのではないだろうか。

 

 プレーした、というケースで最も恥ずかしいことは、無様なプレーをすることなのかもしれない。ゴルフした、といえるケースで最も恥ずべきことは、無様で未熟で向上心がない人間であることを暴露してしまうことである。

 

 そういう意味で、先程の彼女を笑ってばかりはいられない。勇気と自覚を持っていいたい。

 

「ゴルフしてますよ!」

 

(2001年1月30日)