【第2回】7番アイアンの男 | マイナビブックス

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ゴルフプラネット 第4巻

【第2回】7番アイアンの男

2014.12.15 | 篠原嗣典

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●7番アイアンの男

 

 私がゴルフを始めた頃、PW、SWなどのウェッジといったクラブは、あまり一般化していなかったような記憶がある。アイアンのセットはPWまでで、SWは別売りになっていた(最近のプロモデルにも同じような傾向があるようだが)。

 

 私は90を切るまでは不要だと言われ、ドライバーとSWは持っていなかった。だから、SWを持っている人がいると羨ましくてしかたがなかった。それは、技術的な問題ではなくて、単に幼稚な物欲に過ぎず、ソールが狭くバンスもないPWでバンカーショットをしていたことが、その後の自分のゴルフに多大なプラスを与えることになるなんて、想像もしていなかったのだ。

 そんな私の気持ちに答えを出すためにセッティングされたと思われるKさんとのラウンドは唐突に実現した。

 

 Kさんは「7番アイアンの男」と呼ばれていた。

 

 初めの数ホールは、Kさんの特殊な技術に気が付かなかった。7番アイアンは私が最も好きなクラブ、負けないぞ! なんてかわいいことを考えていた。しかし、パー3のグリーン周りで私は驚愕の技術を見ることになる。

 

 ティショットを打ち終わって、グリーンに向かっていく途中で、バッグからパターを抜いた時、後ろからKさんの声がしたのだ。

 「7番」

 キャディは普通に7番を抜いて、私の後ろのKさんに渡した。

 Kさんのボールは少しショートしてグリーン手前のバンカーに入ったことを見ていて知っていたので、慌ててKさんのバッグを覗いた。

 SWをとっさに探す。バッグには9番未満のクラブはなかった。キャディが戻ってきたので、

 「9番アイアン、まだここにありますよ」

 と言った。キャディは少しだけ微笑んで、大丈夫とだけ言った。

 

 Kさんはバンカーに向かって歩いていた。私も後を追う。

 バンカーに入ったKさんは、信じられないほどのオープンスタンスを取ると、まるで腹切りをするようなスイングで無造作にボールを打った。少しの砂を伴ってボールは、ぴょいっと上がってグリーンに向かった。ピンの5Y左に落ちて、右にサイドスピンが掛かってコロコロとピンに寄っていき、1Yオーバーして止まった。

 

 Kさんは90Y以内は全て7番で寄せる名人だったのだ。

 

 転がしが中心だが、上げることもできた。何より、右左に曲がる度合いも完璧。

 後で見せてもらったら、7番アイアンだけが他の番手と比較にならないほど減っていて、相当の練習量に支えられていることも分かった。Kさんはそのラウンドを84、85くらいで回ったと記憶している。

 

 その後も、女性や力のない方が7番アイアンで上手にアプローチするシーンに遭遇したが、Kさんの比ではない。Kさんはその直後、不幸な事故でなくなってしまったので、何故、7番アイアンにそこまでこだわったのか? その疑問に本人の口から答えてもらうことはできなかった。未だに真相は謎のままだ。

 

 賭けゴルフが大好きだったKさん、7番アイアンに痛い目にあった人も多かったのであろう。親しかった人が葬儀の後、Kさんが愛用していた道具を形見として譲り受けたと聞くと、数人のゴルフ仲間が譲り受けた人の所に見せてもらいに行ったらしい。しかし、バッグには7番アイアンだけが入っていない。譲り受けた人もKさんの家族も探したのだが発見できなかったという。

 

 あれから約20年。その間に出来た新しいコースには極端なアプローチを要求する所も少なくない。7番アイアンの男がどんなアプローチで挑むのか……。見てみたいけど、見るのが怖い気もする。

 

(2000年2月25日)