【第3回】車掌の仕事を4週間休む | マイナビブックス

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 通信教育も2年目に入り、課題をあたえられたところを重点に教科書を読むとかして、レポートを書くコツが分かってきた。あとは科目別履修の登録をしているので、4週間の教育実習が第2の関門だ。年休は40?日ほどあるので日数的には余裕はあるが、私がいない分は他の人が電車に乗務しなければならない。そんなことがはたして許されるのであろうか。スクーリングで講義を聴いているときに、ある教授が

「通信教育では、やはりスクーリングがネックになっていますね。出席するために、みんな四苦八苦しているようです。かなり無理をしている人も多くいます。ある人は、スクーリングが終わって会社へ出勤したら自分の椅子がなくなっていたそうです。また、これによく似た話もけっこう聞きます。」

 と話をしてくれたが、私を含めてみんな驚いた様子はなかった。身近に起こりうることとしてとらえており、覚悟をしている人もけっこういた。

 私が勤めていた当時の国鉄は、予備員がけっこういた。予備員とは公休日以外に休暇を取る人の代わりに勤務をする人で、人が足りているときは切符を拝見する車内改札の仕事もする。だから正月等の特別な期間をのぞいて、休暇は比較的取りやすかった。だから上司に4週間の休暇を申請しても

「本当にそれだけ休むの。」

 と言われただけで、あっさりと認めてくれた。

 教育実習は付属小学校がある教育大学だとそこでやることが多い。実際に姉は神戸大学だったのでその付属小学校に行っていた。佛教大学は付属小学校がないので、教育実習は宝塚市の母校の校長にお願いに行った。しかし

「うちは春にはやってないんです。どこか別の学校に頼みに行ってください。」

 と、断られてしまった。

 私は10?月の入学だから6月に教育実習をやることになっているが、母校は秋にしかできないという返事だった。しかしせっかく順調に進んでいるのに秋まで待つわけにはいかない。私は市の教育委員会に、なんとか受け入れてもらえないかお願いしようと思い足を運んだ。すると私が小学生のときの恩師が教育委員会におられたので、事情を説明した。佛教大学の10?月に入学があることもよく知っておられた。恩師は

「母校以外にお願いするところはないでしょう。こちらから校長先生にたのんであげます。佛教大学のことはよく知っています。6月に教育実習をたのまれることが今までにも何回かありました。」

 と言ってくれた。そしてすぐに母校に電話をしてくれて、6月にもできるという返事をもらった。

 私は恩師にお礼を言ったあと、さっそく母校に行ってあらためてお願いした。すると校長先生は

「そういうことだったのか。それで6月にね。わかりました。教育実習の担当に伝えて計画してもらいます。」

 と今度はいい返事をもらったので、ほっとした。

 教育実習は先生の見習いのようなものだ。車掌になるときも見習いを経験したが、鉄道学園でやったシュミレーションと本物の電車でお客さんが乗っている中では、緊張度がぜんぜんちがった。車掌見習いを経験しているとはいえ、今度は実際に子どもたちを相手に授業もするので、まったくちがうものだ。

 いよいよ教育実習の日が来た。子どもたちと直接関われるのは、浜坂ユースホステルでのちびっ子クリスマス会以来だ。同じ兵庫県でも浜坂は北西にあり、宝塚は南東にあるから人口密度もちがうし、言葉もちがう。どんな子どもたちか期待と不安が入り混じった気持ちで小学校に向かった。

 小学校では職員室で職員の人に、運動場では全校生に、そして指導の先生のクラスの4年生の教室で子どもたちに挨拶をした。クラスの子どもたちはみんな歓迎ムードで、私が自己紹介をしているときに、ひとつひとつの話をうなずきながら聞いてくれた。そのあと子どもたちからも自己紹介してもらい、私もうなずきながら聞いた。子どもたちには「村山先生です。」と紹介してくれた。実習生でも先生と呼んでくれるのがとってもうれしかった。業間休みに、さっそくクラスの子どもたちから「村山先生、遊ぼう。」と誘ってくれたので、運動場で長縄をしていい汗を流した。

「村山先生の跳び方かっこいいわ。」

「回すのもうまい。」

「明日もやろうね。」

 子どもたちと出会ったのが1日目とは思えないぐらい馴染んでくれた様子で、私も「これがずっと続いたらいいなあ。」とあらためて思った。

 授業は3日目にやらせてもらった。一番得意としていた算数だが、前日に何回も練習したにもかかわらず、子どもたちがいると目の前は真っ白になってしまった。特に?45分授業のうち前半は自分が何をしゃべっているのかもわからない。後半になると子どもたちの顔が少しは見えてきたが、今度は板書の字が思い出せない。それでも、あせったり余裕がないような表情だけは見せないように、自信たっぷりだという身構えだけはくずさないようにした。

 なんとか授業が終わった。子どもたちがすぐに寄ってきて

「村山先生、授業うまかったわ。本物の先生になれるよ。」

 と言ってくれた。私はぜったいに子どもも言ってくれた本物の先生、つまり教諭になろうと一段と強く思った。

 教育実習でも先生方が見に来られる研究授業があり、終わってから校長先生が

「まあ、最初だからこんなもんかな。授業は決して上手とは言えないけど、やる気は感じたわ。立派な先生になれるようにがんばりや。」

 と言ってくださった。授業の方法はこれから研究していったらいい。これでますますやる気がアップした。

 

 4週間の教育実習もあっと言う間に終わった。最後の日は、お別れ会もしてもらってまたが、終わったという感じはしなかった。自分としては明日からも学校に来るような感覚である。教育実習でも子どものすばらしさがあらためてわかった。さらに、教えるというすばらしさもわかった。教えることはとても難しい。しかしその難しさがやりがいを感じ、突破口を開いたときはなんともいえない気持ちだ。