ドアについている鈴の音、下手より、篤志登場。
修二
いらっしゃい。
篤志
こんにちはマスター。
元子
篤志今日は遅いじゃない。
篤志
うん電車止まってて、振り替え輸送とかで大回りして来たんだよ。
修二
え、電車止まってるの。
元子
何で、
篤志
雨です、大雨。
元子
え、雨降ってる?
篤志
局地的な集中豪雨、大泉学園あたりで線路が冠水だって。
修二
そっか、ゲリラ豪雨とかっていう奴だね。
元子
こっちは降ってないのにね。
篤志
こっちもぽつぽつ落ちてきてるよ。
元子
そうなの。
篤志
途中タクシーも使って帰ってきたんだから、もう最悪。
修二
うわ~辛いね、じゃあ今日はサービスしちゃうか、何にする。
篤志
マスターありがとう、じゃあアイスココア。
元子
マスター、ちゃんとお金取らなきゃダメ、甘いって。
修二
ココアだけに。
篤志
面白い。
元子
全然面白くないし。
篤志
どうしたの元ちゃん。
元子
ガキンチョが気安く元ちゃんなんて言わないの。
篤志
はいはい、元子さん。どうなさったんですか。
元子
篤志、私はちょうど今、この店の危機的経営状況についてマスターと話していたところなの。
篤志
危機的ってこの店が?
元子
そうよ。マスターがあんたみたいなちっとも売り上げに貢献しないお客を大事にするからこのリコリスは潰れそうなの。
篤志
そうなのマスター?
修二
(奥の客を実にして)元ちゃん、あんまり大きな声で、
篤志
そんなのやだよ。ここなくなったら俺どこに行けばいいの。
元子
いつもタダで飲み食いしてるあんたが、何勝手なこと言ってんのよ。
篤志
だって俺そんな事知らなかったんだもん。
元子
毎日来てて普通気付くでしょ、いつもお客なんてろくに入ってないんだから。
修二
だから、元ちゃん、
篤志
そう言えばそうだよね。
元子
あんたもマスターと同じね。
篤志
俺のどこがマスターと同じなの。
元子
人がいいばっかりで、肝心なことが全然見えてなくて、何より生活力の無さが男としてもう致命的。
修二
手厳しいな。
篤志
元ちゃん、マスターはそうかも知れないけど、俺そんな事ないよ。
修二
あれ、何だよ篤志君まで。
篤志
だって俺、仕事はばっちりだもん。バイト先でもしっかりしてるってすごい褒められて、ああそうそう、今度俺主任になるんだよ。
修二
へ~すごいね。
篤志
すごいっしょ。
元子
それで、時給は上がるの。
篤志
いや金の問題じゃないんだよ、すごい頼りにされちゃって、新人の教育とか任されて、何てったって主任だもん。
元子
篤志、もしかして時給全然上がらないの。
篤志
だから今不況だし、うちの会社も苦しいんだよ。それに俺は金にはこだわってないし、
元子
馬鹿、それ名ばかり店長とか、名ばかり主任って言う奴よ。
篤志
え、
元子
責任重くなってやることきつくなって時給は同じ、て事は実質的な減俸なの、会社に上手く利用されてるのに、そんな事も気付かないなんて。
篤志
そうなの。(マスターを見る)
修二
そうかもね。
元子
話になんない、仕事はお金を稼ぐためにやるのよ。あんた今日タクシー代いくら使ったの。
篤志
四千円くらい。
修二
うわ~、かわいそうに。
元子
マスター同情しなくていいの。篤志、
篤志
はい、
元子
あんたバイトから帰るのにそんなお金使ったら、今日何のためにバイトに行ったの。
篤志
だって、電車が動かないんだもん。
元子
電車なんて待ってたら動き出すの。それにたとえ歩いて帰ることになってもあたしだったら意地でもタクシーには乗らない。それじゃああんた今日一日タクシーに乗る為に働いたようなものじゃない。
篤志
だって、
修二
元ちゃん、もうそのくらいで。
鈴の音、下手奥より、あわてた様子で裕樹が飛び込んでくる。
裕樹
マスター、
修二
裕樹君、
裕樹
ひき逃げ、
元子
え、
篤志
ひき逃げ、
裕樹
だと思う、女の人が倒れてて、
修二
どこ、
裕樹
横断歩道のところに、端に寄せないと、結構道の真ん中辺りで、
元子
そのままにして来たの、
裕樹
だって、
元子
マスター、
修二
元ちゃん、救急車連絡して、それから警察も、
元子
分かった。
下手奥へ飛び出していく修二、篤志、裕樹。
元子
(携帯で)もしもし、あの車にはねられた人がいるみたいで、はい?あ、いえ、いるみたいっていうのは、つまり、近所の人が、この店のすぐ近くで車にはねられた女性がいるって、それで(神尾が突然立ち上がり、修二達の後を追って飛び出して行く。元子は客を目で追いながら電話を続ける)…あ、店は西武ドームの近くのコーヒーショップで、リコリスって言います…。
― 暗転 ―