【第1回】登場人物/開幕 ―(1) | マイナビブックス

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リコリス~夏水仙~ 上演台本

【第1回】登場人物/開幕 ―(1)

2015.01.15 | 久間勝彦

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登場人物

 

 篠崎修二 喫茶店リコリスのオーナー(マスター)

 當間篤志 リコリスの常連客、一浪している予備校生

 川村元子 リコリスの常連客、酒屋の一人娘 (あだなゲンちゃん)

 神尾昇  事故現場に佇む男

 高畑稔  ひき逃げ事故の被害者の息子

 高畑愛海(まなみ) 稔の妹

 八田常雄 近所の老人

 八田靖子 常雄の妻

 平山孝一 近所の交番勤務の巡査

 溝口啓太 元暴走族

 野元卓也 元暴走族

 笹井裕樹 リコリスの常連客、寺の住職の息子

 平静江  リコリスで英会話を習っている近所の主婦

 柴山美津子 リコリスで英会話を習っている近所の主婦

 深田早苗 近所の主婦 町内の子供会役員

 猪俣晋  主婦達の英会話教師

 男    ひき逃げの犯人

 

開幕

 

 舞台奥が店内で、舞台ツラ(手前客席側)が表の通りという設定。舞台奥の上手にカウンター、下手に小さなテーブル席が二席。それぞれのテーブルに椅子が二脚ずつ。上手の出はけ口は、舞台奥カウンターの右に一箇所、これは店の奥の部屋につながる入り口と、表通りの上手出はけ口として共用。下手は奥に店の入り口(袖幕のみでドアなどは見えない)と、手前に表通りの下手出はけ口。出はけ口は以上三箇所。下手二箇所の出はけ口は、表通りの出はけ口を「下手前」とし、店の玄関を「下手奥」と表記して区別。

 

 喫茶店リコリスの店内。前の客の残した食器を片付けたり、テーブルを拭いたりしている修二。カウンターの端の席に座ってコーヒーを飲んでいる元子。そんな情景の中に修二の心の声が聞こえてくる。

 

修二(声)

 あれから三年…初めは、時の流れが、僕の記憶から君の姿を消してしまうのが怖かったけど、今はそうじゃないって、はっきり言える。君と一緒に始めたこのリコリスのおかげで、僕は今も、毎日君を身近に感じながら生きている。

 

 鈴の音(玄関のドアについている)がして、中年の客(神尾)下手奥より登場。

 

修二

 いらっしゃいませ。お一人様ですか。(頷く神尾昇。席に促し、注文を聞いて、コーヒーを作るためにカウンターに入る修二のシルエット)

 

修二(声)

 君が好きだったマックナイトの絵、一緒に選んだコーヒーカップ、すべてが思い出の入り口だけど、それだけじゃないんだ。僕はこの店の中にいれば、もっと確かに君の存在を感じることが出来る。

 例えば昨日、君はゲンちゃんの話を本当に楽しそうに聞いてたよね。例のお見合いの席での武勇伝だよ。彼女のきつい冗談に笑い転げてた、そう、コーヒーを入れながら元ちゃんと話していた僕のすぐ隣で。

 (神尾にコーヒーを出して、再びカウンターに戻る修二)

 そして今朝は、僕がトースト用のパンをスライスしようとしてナイフを床に落としたとき、君はびっくりして大声をあげたよね。それから心配そうに僕の足元を覗き込んで「パンを切るのはまだ早いわ、お客さんに出す前に切り口が乾燥しちゃうじゃない」って言ったよね…。

 もちろん、こんな話は誰にもしない。頭がおかしくなったと思われても困るからね…。でも、僕はこの店で、今も君との新しい思い出を作り続けているし、多分、これからもずっとそうだと思う。

 

 店内、明るくなる。

 

元子

 だから、野球観に来るお客を当て込んでここに決めたんでしょ。

修二

 まあ、それもあるかな。

元子

 それ以外に無いじゃない。で見事に当てが外れたって訳だ。

修二

 う~ん、現状がこうだから、あながち否定は出来ないけど。

元子

 だから、マスターはビジネスセンスが無さ過ぎだっつの。

修二

 まあ、その意見もあえて否定はしません。

元子

 否定できないでしょ。駅の改札出たらすぐに球場の入り口っていうのが西武ドームの売りなんだから、野球観に来たお客が流れて来る筈無いって、どうして分かんなかったかな。

修二

 でもほら、電車だけじゃなくて、マイカーのお客さんもいるし。

元子

 それも甘い。車のお客は、何も球場に近い店に入らなくても自宅と球場の間にある一番ステキな店を選ぶんだから。

修二

 ステキじゃないかなウチは。

元子

 だから問題の本質はそこじゃ無いのよマスター。マスターが商売に向いてるかどうかって話。

修二

 まあ、胸張って向いてますとも言えないけど。

元子

 まったく。例えばね、この店は確かに大通りに面してるけど、店の前の急カーブ、案外車入れにくいでしょ、そこまで考えた。

修二

 ああ、それね、店始めてから分かった。たまに車で来た日には実感する。

元子

 これだもん。

修二

 でも本当はね、場所より大事なのはサービスのクオリティーだと思ったのね。ほら、行列の出来るラーメン屋って場所は関係ないらしいよ。だから、ウチもコーヒーの味で勝負だって。

元子

 あのねマスター、ラーメンとコーヒー一緒にしちゃダメよ。

修二

 どうして。

元子

 ラーメンって味の良し悪しが分かり易いのよ。コーヒーの味が本当に分かる人なんてそんなにいないんだから。

修二

 え~、元ちゃんそんな事言うかな。

元子

 だって行列の出来る旨いコーヒーショップなんて聞いた事ないもん。コーヒーにうるさい人達って微妙な違いにこだわってるのよ。

修二

 その微妙な違いが大切で、

元子

 オーディオファンがデジタルの音はダメだ、真空管で出す音は温かみがあって良かったとかって言ってるのと同じなの。興味ない人には違いが殆ど分からない。

修二

 何だか僕の存在そのものを否定されたような気がするな。

元子 

車のお客とか言いながら、どうせ交通量の調査とかもしないでここに決めたんでしょ。

修二

 まあ、そこまではやってないね。

 

元子

 あ~、何か不毛な会話に思えて来た。

修二

 ついに見捨てられちゃった?

元子

 マスター、もっと危機感もってよ。

修二

 はいはい。

元子

 はいはいって、この店なくなったら私や篤志は何処に行けばいいのよ。

修二

 篤志君は大学受かったら一人暮らし始めるって言ってたから都内に住むんじゃない。元ちゃんだってそのうちお嫁に行っちゃうでしょ。

元子

 マスターそれ本気で言ってる。私は生きてる限りここに通い続ける女よ。だって私や篤志みたいなご近所さんだけでもってるんだもん、この店。

修二

 ありがとうございます。

元子

 それに私、当分結婚なんてしないし。

修二

 どうして?川村酒店の一人娘として跡取りの婿養子を募集中じゃなかったっけ。

元子

 それは親の希望。

修二

 そうなんだ。

元子

 何より私につり合う程のいい男なんて、そうそういないじゃない。多分、日本中探せば三人くらいはいると思うんだけど。

修二 

(納得)なるほど。

元子

 マスター、そこ突っ込むとこだから。 

修二

 あ、そうなんだ。(二人で笑う)