昭和55年12月の平日にもホステリングをしようと思い、浜坂ユースホステルに当日になって電話をした。するとペアレントさんは
「今日は満員なんです。」
と言う返事だった。なんで12月の平日に満員なのか不思議に思うと
「地元の子どもたちを呼んで、1泊で『ちびっ子クリスマス会』を行うため満員です。それでもよかったら来てもいいですよ。」
とおっしゃった。今回も静かな雰囲気でのホステリングをと思っていたが、期待はずれだった。行き先を変更しようかと考えたが、満員なのに「来てもいいよ。」と、うれしいことを言ってもらったので行くことに決心した。
行きの列車で
「わけの分からない子どもたちがいっぱいで、どれほどさわがしいか。子どもたちがクリスマス会でゲーム等をやっているとき、自分はどこに避難しているのがいいか。満員なので寝るところはベッドではなく、談話室かな。」
など、頭の中で大勢の子どもたちからどのように逃れるかを考えていた。
昼過ぎに浜坂駅に着いた列車から20分ほど歩いてユースホステルまで行く間にも、未知の子どもたちのことで頭がいっぱいになっており、ホステリングを楽しむことを考える余裕はなかった。
ユースホステルに着いた午後2時頃は、ペアレントさんやヘルパーさんの休憩時間でホステラーは入ることができない。だが大阪方面からの急行列車は朝出発して、ちょうどいい時間帯に浜坂に着くのでこちらからお願いしていつも特別に入れてもらっている。
その日も受付時間外だったのと満員なのに泊まらせてもらうので、特にていねいに頭を下げてお願いした。しかしペアレントさんはいつもの「まあいいか。」というような感じとはちがって、ニコニコした様子で
「村山さん、ちびっ子クリスマス会の男子リーダーが一人来られなくなったので、やってくれない。」
と言われた。詳しいことはよくわからなかったが、子どもにかかわらなければならないことだと直感した。しかし、たいへんお世話になっているので断るわけにもいかなかった。それより、ここまで4時間あまり列車に乗ってやってきたので、ここでまた4時間あまり列車に乗ってすぐに帰るわけにもいかないのである。
「いいですよ。子どもたちが満足したクリスマス会になるように、自分としても精いっぱいがんばります。」
と心にも無いようなことを言ってしまった。
子どもたちは1年生から6年生までの、いわゆる縦割りグループで構成されていた。1部屋に2段ベッドが4組あり定員8人なので、子どもが7人とリーダーが1人だ。もちろん同姓が同じ部屋になるので、私の担当は男ばかりだ。しかも、3年生ぐらいの子ども2人は、ペアレントさんのお話の時から話も聞かずに動き回っていたり、4年生ぐらいの子どもと2年生ぐらいの子どもがけんかを始めたりと、ずいぶん騒がしいグループのリーダーになってしまった。
「走り回るな。」
「けんか両成敗だ。」
「いいかげんにしろ。」
と、いくら怒鳴ってもききめがない。
夕食はカレーライスで、そのときぐらいはおとなしく食べるかと思っていたが、好き嫌いがはげしく子どもが多く、どの子にも均等に配膳しているのに
「人参が○○さんは少なく入れているのに、ぼくのはたくさん入っている。」
「カレーは僕のほうが少ない。」
と文句が多い。そして勝手に他人のおかずと交換して、ここでまたけんかがおきて、あげくの果てにこぼしてしまう始末だ。
夕食が終わって部屋にもどると、さすがに満腹になってゆったりした気持ちになったみたいで会話もはずみ、部屋の中のムードもよくなってきた。しかし今度は、このちびっ子クリスマス会のメインイベントとも言える「出し物」を部屋ごとに考えなくてはならない。「出し物」は、自分が小学校・中学校のとき以来やっていない。しかもこういうときはリードする人が必ず1人はいたので、私はその人たちが決めたことをするだけだったので、そのときの記憶もあいまいだ。
「出し物」を考える時間は約1時間だ。このことが何日も前から分かっていれば調べることもできたが、ここに来てからリーダーを任されたので頭の中は真っ白だ。6年生もいるが、あまり積極的ではないような様子だ。やはりここは私が進行をしていかなければ始まらないと思い
「出し物、何がやりたい。今までやったり、見たりしたことを思い出して。」
と言うと、その6年生が
「演奏会なんかどうでしょう。」
とすぐに言ってくれた。私は、あまり期待をしていなかった6年生がすぐに発言してくれたので驚き、しかも「演奏会」という誰も考えないような題だっただけに、2度驚いた。それに
「ぼくに任せてください。」
と進行もやってくれるのだ。すぐにあとの6人にてきぱきと説明した。
「楽器は使わないけれど、楽器で演奏をしているような動作をします。口でそれらしい音も出してね。7人の動きと音がそろったら、立派なオーケストラになって、他の部屋の出し物に負けないよ。」
と自信たっぷりに他の6人に語りかけていった。そうしたら5年生から1年生までの子どもたちも、その言葉に吸い込まれるようにうなずいた。
「知ってる楽器を教えて。」
と6年生が言うと、しばらくは友だちと顔を見合わせながらヒソヒソ話をしたり、楽器を演奏するふりをしていた。
「自分がその楽器を演奏するかどうかは考えなくていいから、知っている楽器をたくさん言ってみて。その中から7つ選びます。」
6年生がそう言うと、今までほぼ沈黙の状態だったのに
「ギター」
と2年生の子どもが口火を切り、そのあと
「バイオリン」
「マンドリン」
「クラリネットとフルート」
「ラッパ」
「ラッパはおもちゃだよ。トランペットだったと思うよ。」
「それによく似たトロンボーンもある。」
「ピアノとオルガン」
「太鼓にシンバル。」
「カスタネットとすずとトライアングル。」
「ハープ」
「木魚もある。」
「口笛も。」
「それはちがうよ。」
一気に16種類の楽器が出た。1分もかからなかったように思う。まだまだ出そうだったが口笛が出たとき、本題からそれそうになったと感じ
「たくさんの楽器を知っていてすごいね。まだまだあるかも知れないけれどみんながよく知っている楽器はこれぐらいだと思うから、次は曲の題名を決めます。」
と6年生は切りかえした。少しふざけた雰囲気になっていて、軌道修正をしなければならないと思ったようだ。
題名は「山の音楽家」にしたらいいという意見が出た。いろいろな種類の楽器が出てくるからだ。みんな賛成したので、そこから楽器を選ぶことになった。バイオリン・ピアノ・フルート・太鼓は「山の音楽家」の歌詞にもあるので、私を含めて8人がそれぞれ2人ずつ4種類の楽器を担当したら簡単に割り振りができていいと言う意見が出た。確かにそれだとスムーズに進行することができる。
しかしせっかくたくさんの楽器を考えてもらったのだから、ここは1人1種類の楽器で演奏するほうがやりがいがあるし、演奏が盛り上がると6年生は考え
「せっかくみんなでたくさんの楽器を出してもらったのだから、1人1人の見せ場をつくろう。」
とみんなに話した。3つの楽器をどうするかだ。3年生から
「指揮者を1人、あとの2つの楽器ぐらいみんなで考えよう。そのほうが面白いよ。」
「賛成。」
「じゃあ、あとの楽器と動物の鳴き声が似ているのを考えて。楽器の音から動物の鳴き声を考えてもいいし、動物の鳴き声から楽器を考えてもいいよ。」
「う~ん。シンバルが何かの動物に似ているような気がするんだけどな。」
「ゴリラかな。」
「カバだよ。」
「どちらも似ていないよ。動物の鳴き声からで考えよう。ユニークな鳴き声の動物を考えてみて。」
「アザラシは。」
「アザラシは山にいないよ。
「でもぼく、好きだよ。あうっ、あうっ、あうって鳴くんだ。」
「それなら題を『動物の音楽家』にしたらいいんじゃない。アザラシの楽器をトロンボーンなんかどう。」
「合うと思う。」
「わたしゃ音楽家、海のアザラシ、じょうずにトロンボーンふいてみましょう、ああっあうあうあう、ああっあうあうあう、ああっあうあうあう、ああっあうあうあう、いかがです。」
5年生がトロンボーンの楽器でアザラシを考えてくれた。6年生も感心した様子で
「すごい。天才だ。この調子であと1つできそうだ。」
「いいことを思いついた。馬が走っているときパカパカだから、カスタネットの音に似ている。」
「いいぞ。似ている。じゃあカスタネットのように、かわいらしく子馬にしてみたら。」
「わたしゃ音楽家、草原の子馬、じょうずにカスタネットたたいてみましょう、ぱかぱっかぱか、ぱかぱっかぱか、ぱかぱっかぱか、ぱかぱっかぱか、いかがです。」
今度は4年生がカスタネットの楽器で馬を考えてくれて、子馬にしてみたらと言ってくれたのは2年生だ。
「子馬にぴったりだ。しかも草原は広々とした感じで伸び伸びと走れる。これで完成した。ばんざい。」
6年生が思わず「ばんざい。」と言ったので、そのあとにみんなからも「ばんざい。」「ばんざい。」と叫ぶように歓声がおこった。
指揮はすぐに6年生に決まり、楽器もアザラシと子馬を考えた5年生と4年生がそれぞれ受け持ち、山の音楽家の歌詞にあるバイオリン・ピアノ・フルート・太鼓は低学年(3年生は2人いるので生年月日の順)から希望を聞いて決定した。
練習する時間も十分にあったので6年生は
「自分の番以外の楽器のところも歌いながら演奏のまねをしてね。そしてその楽器の音のところはその楽器の人だけ弾くまねをしてね。恥ずかしがらないで大きく動作をすると、あとで大きな拍手をもらえるよ。」
と言って、各自練習をしたあと通しの練習もまとまりがあった。
いよいよ「出し物」の時間になり、男子4グループと女子も4グループで、合計8つのグループあるが抽選で最後の出番になった。
「うわあ最後、緊張する。」
と顔がこわばった人もいたが
「でも最後はうまい人がやることが多いから、その気になって堂々とやってみよう。」
と6年生が切り返した。
プログラムは順調に進んでいった。みんなにクイズを出すグループ、芝居をやるグループ、手品をやるグループ、合唱するグループ、広告の紙で飛行機を折って飛ばすグループ等それぞれ工夫した「出し物」が発表され、いよいよ最後で自分たちの番になった。6年生の指揮に合わせ、1番から4番までは低学年だったが、知っている歌詞だったのもあってか順調にいった。5番と6番はオリジナルなので少し心配な気持ちもあったが、しっかりした指揮だったのでいいテンポのリズムに乗り、見事に演奏した。そして最後の7番はどの楽器も登場して
「わたしゃ音楽家動物の仲間、じょうずにそろえてひいてみましょう、キュキュキュッキュッキュッ、ポポポロンポロンポロン、ピピピッピッピ、ポコポンポンポン、ああっあうあうあう、ぱかぱっかぱか、いかがです」
と完璧に弾き終えた。その瞬間、どのグループからも大きな拍手とどよめきがおき、しばらく歓声につつまれた。
私も感激してしまって、グループの子どもたちになんと言ったらいいのか、しばらく声を上げることもできなかった。みんなも声が出ないようだ。しかし、私を含めて8人がとてもいい表情で顔を見合わせているだけで満足だった。
「出し物」が終わって部屋に戻ると、やり終えた達成感からか、なごやかな雰囲気が伝わってきた。私は完全に子どもたちに打ちのめされた。6年生を中心とした7人の子どもたちの発想の豊かさは、大人が考えることをはるかに越え、しかも柔軟さを持っていた。さらに覚える速さや声の大きさ等のメリハリもよかった。子どもたちだけであれだけ集中して取り組める力があることに気づかされた。
昨日まで、いや今日でも数時間前までは子どもにできるだけ近づきたくないと思っていたのは、自分ではなく他人だったような気がしてきた。
明くる日になって子どもたちが帰るとき、これでもう別れてしまうのが信じたくない気持ちに追いやられた。『昨日出会ったばかりだ。』『子どもの無邪気な姿が忘れられない。』『始まったばかりなのになぜもう終わりなんだろう。』『あの子のいいところがわかってきたので、もっとたくさんの長所があるはずなので、それを見つけていきたい。』その他いろいろな思いが頭の中を回っていた。