はじめに
ヘブライ語で「おはよう」の発音はボケル・トーブ。
アルツハイマーを発病した夫を伴って旅したイスラエルで、最初に出会ったヘブライ語である。
このヘブライ語の挨拶「ボケル・トーブ」は、「おはよう」よりも「Good morning」よりも「GutenMorgen」よりも「Bonjour」よりも、何と快い響きと慰めをもって私の心をとらえたことだろう。
「ボケル・トーブ」と言って神は私を選び、アルツハイマーを病む夫を私に与えられた。彼が去って五年の月日が経った。
私は今、本当の意味で彼と過ごした四十五年に別れを告げようとしている。
私たち夫婦に与えられた最終の課題をどのように捉え、自分のものとしていかに歩んだかをまとめることで、私と彼との別れは完結する。
人間に死は必ずやってくる。しかし、それぞれ、死の様相は異なり、死の床も様々であるが、老いがもたらす死は、その行く道で同じ姿を残していく。これはどこの家族でも、一度は味わわされる人生への道程であろう。
アルツハイマーの夫を与えられた私に課せられた課題が、ここにある。
私がアルツハイマーをどうとらえ、それと向き合いながらいかに歩んだかを語ることで、同じ道を行く人に声をかけられるかもしれない、共に歩めるかもしれないと思う。この小さな望みがかなえられるなら、私は嬉しい。