【第2回】北の木目 | マイナビブックス

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宇宙船とベイビー

【第2回】北の木目

2014.12.11 | 暁方ミセイ

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北の木目

 

 

(頭を数えたり、目の前から
いなくなったりした。
わたしのいくらかの野生生物が、
しきりにあの、
鉄塔を打っている。)


忘我
竜胆
みえなくなることはよくあった。
たいてい巨きくふやけあがって、薄めた水溶液の透かされた空に
川で孵った秋茜が無数に飛んでいた。
区境団地を
枯れ草をくわえて牛がはしりまわっていた。



(あーあの雲の
微妙な桃色の紫はね、
底のほうだけにくらく溜まって
ああやって一秋のあいだ
けっしてそこを
動かないでいるんだよ。)

もやもやと希薄にひろがったり
ひとところで濁ったりしながら
紫の雲は
わたしのいちれつの、
北の旅の印象から
いなくなりはしなかった。



山間の
鉄塔群を
われわれのすかすかな神像として
拝んでいる。
朝日が差し込むと
山の端にくっきりと
他との距離を保ち、真っ直ぐに向いて
立っているのが見える

(彼らは硬い鉄の輪郭だけを持ち、すかすかのからだは何も語りださず、ただそれっきり山の峰に立って、ひとつの自然な神像となっていた。…やがて薄桃色の朝日が、希薄な靄を巻きつけながら薮蘭の匂いと一緒に山の霊気をあたためにくると…カンラ、カンラ、という音がする。薄い金属の微かにぶつかる音がしている。 旗を揚げているのだ、)


くらく押し広げた
雲のしたに
旗を
揚げている。
わたしの眼の上の
ふやけて透明な
野生動物が
その空を齧っている。
北を
旅している。