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時代を彩った名機たち ~1980年代・国産パソコン戦国時代を振り返る

【第2回】ビジネス用途を最初から無視した暴れん坊X1

2014.12.08 | みやびはじめ

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ビジネス用途を最初から無視した暴れん坊X1

 

かつて8ビット時代に「御三家」と言われたメーカーも今はせっせとWindowsがインストールされたPCを送り出す時代ですが、その中でも影が薄くなってしまったメーカー「シャープ」。
けれどパソコン黎明期のシャープといえば、ある意味では「日本パソコンを引っ張り続けた暴れん坊」な会社でもあったのです。
そしてビジネス(電子機器事業部)とホビー(TV事業部)の2つの部署が張り合い…ぶつかりあった結果…同じ会社のパソコンなのにライバルという不思議な関係を持つにいたりました。
今回はそのTV事業部が世に送り出した本当の意味で「遊べるパソコン」の元祖シャープX1についてのお話です。

「シャープといえばMZシリーズ」というのがこの時代の認識でした。それほどMZシリーズは人気がありましたし…どこの工業高校に行っても、MZ-80Bあたりが置いてあるような時代(東京での話ですが)。

ただこのMZシリーズ…後のMZ-700やMZ-1500が出るまでは、どこまでいっても「すごい計算機」とでもいったらいいのか…あまりとっつきやすいパソコンではありませんでした。

「クリーン設計」に基づく設計等に詳しい人にはかなり惚れ込める存在なんですが、どうしたって初期のMZはBASICを使うのにもテープからの長時間ロードが必要でした。今ではフロッピーディスクを経てハードディスクという便利な記録メディアがありますが、当時の記憶媒体といえばカセットテープが一般的。記録媒体を買うコストが安かったのは良かったのですが…いかんともロード時間が長かった(^^;
特にロードが遅かった他社のパソコンでは、ゲームを遊ぶのに30分以上カセットテープの音声(データ)を読み込ませないと遊べなかった時代です。シャープのMZやX1シリーズは、そういった中では早い部類でした。

プログラムを組むためにBASICを使おうとしてもやはり時間がかかるとなれば…便利とはちょっと言い難かったのは事実です。
それを踏まえて使うとある意味なんでもできる箱ではあったんですが…。

そのMZに異を唱えて「本当に便利で楽しいパソコンを作ってやるぜ」と声を上げたのはなぜか同じシャープの別部署。TV事業部でした。
「パソコンテレビ」を打ち出したその姿勢は斬新でとても魅力的。自分の部屋にPCがあればそのモニタでテレビ番組も見られた。しかもテレビ放送とパソコンの画面を重ねて表示もできる。
何というか、時代をひとつ飛び抜けてしまったような存在。それがX1でした。
発売は1982年。そう、前章で紹介したFM-7なんかと同じ時代です。
パソコンのキーボードでチャンネル操作ができたり(それが便利かどうかというより「できること」が格好良かったのです。なんとなく)して持ってる人はそれだけで優越感を感じられるようなそんなパソコンでした。

カラーバリエーションがあったのも斬新で、TV事業部ならではの仕掛け満載。
とはいえそこはシャープらしさもあってMZと同じくクリーンインストール設計(少なくとも初代は)。ただし違いはというと…テープレコーダーへのこだわり方が半端ではなかった(笑)。

本体の性能は(ディスプレイ等との組み合わせをのぞけば)実は当時としてはそれほど飛び抜けてはいなかったんですが…他機種を完全に叩き伏せる性能を誇ったのがテープレコーダーへのこだわり。ともかく早い。早いなんてもんじゃない。
MZと比べるのもなんですが、PC-8801ユーザーやFM-7ユーザーを圧倒する優位性と言ってもいいほどテープレコーダーへのこだわりと追求がありました。
反面。内蔵のカセットテープドライブが高性能過ぎたせいか、フロッピーディスクドライブがなかなか普及しなかったというオチがつくあたりも面白いのですが、だいぶ後になっても「別にテープで困ってないんだよな」と言える人がいたのも事実。プログラムからテープレコーダーを直接制御しまくれるので、X1で選曲プログラムも書いてテープから曲を慣らすのも朝飯前(早送りなんかも簡単にできた)。
カセットテープのランダム再生なんて真似ができたぐらいですから(まぁ…ガチャガチャと機械音はしまくるわけですが)それはもう遊び心満載です。
MZシリーズのお堅い雰囲気は微塵もなく。ともかく楽しく面白く。搭載BASICはゲームメーカーとしても名を馳せていたハドソンが開発。この系譜はX68000へと続く道なんですが…(というかここでの経験がハドソンにPCエンジンを作らせたんじゃないかとも思えるぐらい)このBASICもかなり特徴的でした。初期はまぁ…なんですが、ある程度こなれた頃のHu-BASICは本当に面白かった。ハードを制御するのにBASICからある程度はなんでもできましたし(細かい制御はアセンブラのが楽でしたが)。
メモリの構成も独特で、ちょっと私はとっつきずらかったんですが…ユーザーにしてみれば「慣れでしょ」の一言だったという。
当時の御三家の中では「遅い」とよく言われるんですが、実際にはそんなことはなく。ただBASIC主体で考えると「最初にBASICをロードしなきゃならない」不利はありました。こんなところはMZゆずりだったのかもしれません。
ただそのロードが高速だったのはMZとの大きな違いでした。面倒ではなかったんですが「遅い」というイメージの元になってしまったのはちょっとした不幸。

ソフトが進化すると古いハードでは動かない…なんてこともあったんですが、X1はX1用のソフトであれば大抵初代でも動作しました。後期のよくできたBASIC(NEW BASIC)を初代で動かすと性能が上がったかのようで。それはもう感動もの。
モデルチェンジしてもそんなに古いユーザーが悔しがらないで済んだ、幸せなハードだったかもしれません。

…turboが出るまでは。

上位機種のX1turboは名前こそX1ですが、はっきりいって別物だと私は思っています。互換性は抜群に高く(特に切り替えスイッチとかなくても古いソフトはそのまま動いた)性能は…かなり底上げされてましたし。
このX1turboの発売をもって無印X1には終止符が打たれたと私は思っています。自らの弟に退場を迫られたわけで…この辺りは他のPC-8801とかFM-7でも起こった現象でちょっと興味深かったり。

そして…X1turboを語る上で外せないのがX1turboZ。これは別機種として記事を起こす予定です。このZ。性能は突出していてある意味で究極の8ビットパソコンなんですが…同時発表がX68000というなんというかなんでそーいうことするかなぁ…というか。

まぁ、このX1turboZがあってこそのX68000なのかもしれません。似通った部分も多くてある意味では兄弟分です。X68000が高額だったのでその下のクラスはX1turboZが受け持つ予定だったのかもしれませんが…出るのが遅すぎた最後の8ビットの大物でした。

いくつかのバリエーションがあるのもX1の特徴で、型番にDがつけばフロッピー搭載。Cだったらカセット搭載と思えばわかりやすいかな。後期のFとGはturboの廉価版みたいなイメージがありました。安いし格好も悪くはないんですが…turboシリーズの性能と比べるとちょっと辛かった。

変わり種としてシャープらしい機種としてX1 Twinというのがあります。時代の流れでいくつか登場した「パソコン+ゲーム機」の走りの一つ。というか元祖かも?
X1にPCエンジンを合体させたマニアックな機種です。開発はNECとシャープ、(正確にはNECホームエレクトロニクスとですが)という夢の機種。

た・だ・し。

電源が共通なだけで中身はばっちり別々に搭載という中途半端さがなんというか…うん。「らしい」というかなんというか。
これがノーマルX1の最後の機種となってしまったのもちょっと悲しい。
仕掛け人はハドソン。まぁ、どっちもハドソンが深く関わった機種なのでその縁なんでしょうけれど。シャープとしてはファミコンテレビとか出してましたからそのノリがあったのもかもしれませんが…。

X1といえば私は『サンダーフォース』を思い出します。パソコン売り場に行くと酔っ払いが叫んだような声で「さんだぁぁふぉぉぉす」と鳴り響いてまして。高速なスクロールがかなり目を引いていました。
8方向スクロールといいかなりよくできたソフトで、X1をもっていない人からすると結構うらやましがられたものです(同様にPC-8801SRと『テクザー』の組み合わせもうらやましがられたりした訳ですが)。
この音声合成はMZ-1500でもされていたようなんですが、私は残念ながらMZ-1500のサンダーフォースは見ていません。ちょっと見てみたかったなぁ…。

初代『サンダーフォース』の制作者の方はこの後『スタークルーザー』なんか生み出して行くわけですが、そこでも技術力を見せつけていました。…が、時代の流れかその後はあまりいい話が出てこなくなってしまったのが残念です。
『スタークルーザー』は熱心なファンが多いので、いつかまた本当に復活プロジェクトが起こって欲しい気がしますが…まぁそれは余談。

X1の代表的なソフトというと皆ステレオFM音源対応をあげることが多いんですが、それはturboの話でして…あくまでもノーマルX1の搭載音源はPSG。(後からごてごて搭載して性能を最新機種に匹敵させられるのがX1の面白さではありましたけれど)

このturbo以降のステレオFM音源は強力で、他機種から移植されるゲームの中でも有名どころはこの強力な音源を駆使して非常に素晴らしい音楽を楽しめる移植となっていました。

当時のパソコンゲームを語る上では外せない日本ファルコムは音にこだわるメーカーでもあり、PC-9801でサウンド再生機能がなくてもBEEP音で曲を慣らしてしまったぐらいなんですが(苦笑)X1turbo用のソフトは当然のようにこのステレオFM音源用にアレンジを施した移植をしてくれていました。

『イースII』辺りの曲だと、今でもX1turbo版こそ至高と言い張るおっさん世代がいるほどです(個人的には『イースII』より『ソーサリアン』のX1turbo版の方が好きです。『イースII』はPC-8801で遊びましたが、FM音源+PSGの使い方がうまいので、正直PC-8801シリーズ版の方が好きだったり。PSGも音の作り方一つで、いい音が出るんですよね)。

…ここまで書いてきてタイトルに戻るんですが、このX1という機種。最初からビジネス用途で使わせようという気がありません。というか開発コンセプトに微塵もその要素がない(笑)。
そもそもビジネスには同じ会社のMZシリーズがあるわけで、TV事業部が作りたかったのはホビー用途の遊べるパソコンです。TVと一緒に楽しめるパソコン。そのコンセプトは最初から最後まで変わらず。

最初からコンセプトが明確であったためかなり個性的なパソコンとして誕生しました。

ビジネス用途のPCが徐々に「国民機」PC-9801へとスライドして行くなかで皮肉にもMZシリーズに引導を渡したのはこのX1シリーズだったかと思います。同じ社内から生み出た暴れん坊。

その暴れん坊は熱心なファンを呼び込み…搭載されたHu-BASICやNEW BASICがプログラムの面白さをユーザーにたたき込んで。Z80のプログラマーを目指すなら個人的にはPC-8801よりもX1で憶えた方が楽だったかと思います。ただしメモリ周りの特殊さのせいで余計な知識がたくさんつくおまけつきでしたが(苦笑)。

…会社としての方向性を見いだせず事業部同士が争うという、前代未聞の事態こそが「最初からクライマックスだぜ」状態だったんですが、それゆえの面白さを見せてくれた名器です。

シャープのパソコン事業はMZからX1へとシフトし…MZはその姿をひっそりと消して行きます。

そしてこのX1の思想が…経験が伝説のX68000へと続いていきます。直系の子孫というべきでしょうか。搭載CPUこそ違えど思想は同じ。

面白いパソコンをあなたに。
あなたの夢を形作るのはこのパソコン。

目のつけどころがやはりシャープはひと味違うのです。

同じ8ビット御三家と言われながらビジネス機への転用を考えた設計を余儀なくされたFM-7シリーズ。
血統はビジネス機出身ながら大きくホビー路線へと舵を切ったPC-8801シリーズ。
けれど純血のホビーパソコンはこのX1シリーズだけだったのではないでしょうか。

残念なことにTV事業部は野心はあれど変化を好まないのか大幅なバージョンアップは果たされず…こまめなバージョンアップに終始してしまい他機種に水をあけられて行きます(これは後にX68000でも同じ運命をたどってしまいます)。

そして時代は16ビットの時代へと進み…X1はX68000にそのバトンを渡して静かに消えて行きました。
最終機種はX1turboZIII。1986年にX68000と一緒に発表され…その影に埋もれてしまったのが少し寂しかったですが…ある意味で8ビットの最後の徒花だったのかもしれません。
私の友人がこのX1turboZIIIを駆使して自作ゲームを作っては雑誌に投稿していました。彼は現在もゲームプログラマーとして現役で、PS3やPSPのゲームを作っています。(現在はPS VITA用ゲームのプログラマーチームリーダーらしいです)
X1で産声をあげX68000で育ち…そしてゲーム業界に巣立っていった友人は今でもこう言います。

「Xの遺伝子を受け継いだプログラマーは夢を失わないよ」
彼の言葉の中で私がとても気に入っている言葉です。

当時の御三家(後の8ビット御三家)はPC-8801シリーズとFM-7/8シリーズ。そしてX1。家庭用の「パソコン」として…「ホビーパソコン」という今はないカテゴリーにおいて少年たちに夢を与えた存在です。

シャープのパソコン事業のひとつの柱として…少年達の夢を背負ったX1。
その遺伝子を受け継ぐパソコンは今はもうないけれど。その夢で育った人達は今でも一線で夢を紡ぎ続けています。
今となっては思いでの彼方の名機たち。

あまりマニアックなところには触れずに当時を思い出していただけるような内容にしています。懐かしいあの頃の空気を思い出していただけたらと思います。