2016.04.01
清水幹太のQuestion the World Web Designing 2016年4月号
クレア・グレイヴスさん(Webby Awards)|褒めて褒めて褒めまくって、歴史を刻む
いまやインターネットに関わる産業はめちゃめちゃたくさんある。Webサイトをつくる仕事があり、それを考える仕事があり、コンサルタントのようにそれについて「説明する」仕事まである。Amazonのパッケージを宅配するお兄さんですら、ある意味インターネット関係者なのかもしれない。そんななか、インターネットに関わるものを「褒める」特別な仕事をしているのが、今回話をしたクレア・グレイヴスさんだ。
Photo : Suzette Lee (PARTY NY)
小学生の頃から、歴史という科目が好きで得意だった。歴史が楽しいのは、基本的に「お話」だからだ。歴史は「この人がこういうことをやったから、次にこういうことが起こった」みたいなつながりの連続だったりする。年号とか人の名前を覚えたりとかという部分ではなくて、はるか昔から現代まで、ずっとつながっている一つの物語だというところが面白い。
高校生の頃の私は、歴史学者になりたかった。今でも、じっくり歴史でも研究していれば、もうちょい落ちついた人生を送れたんじゃないかなんて思う。なにしろ自分が働くインターネットの世界は、落ち着くどころか毎日状況が変わっていく、とんでもなく落ちつかないフィールドだからだ。
「インターネットという新しいメディアが、日々どう変化していくのか、私はインターネットの歴史を見つめているのよ」
クレア・グレイヴス(Claire Graves)は、楽しそうに言う。新しいメディアの中で、人がどのように振る舞って、それが何につながるのか。彼女はまさに、私が歴史という分野に見出していた「物語」をインターネットに感じ、それを楽しんでいるらしい。
「インターネット界のアカデミー賞」などとよく言われるWebby Awards(ウェビー賞)。筆者がその存在を知ったのは、もう10年も前になる。西田幸司さんが、伝説の個人サイト「raku-gaki.com」で、日本人として初めてWebbyを受賞した。当時アシスタントですらなかった私は、そのニュースをちょうど本誌(WD)で知った。そんなものが世界に存在するのか! と驚き、どんな賞なのかを一所懸命調べたものだ。
Webbyは広告賞などのように特定の領域だけではなく、インターネット全体を対象にしたアワードだ。WikipediaやTwitterからちょっとした個人サイトまで、ボーダーレスに素晴らしいインターネットクリエイティブを表彰する。
クレアはそのWebby Awardsを率いるマネージング・ディレクター。全体を統括するリーダーだ。もともとはオーストラリアのアデレードの出身だ。
「17歳でアデレードを出て、イギリスに渡って大学で歴史を専攻したの」
そう。やっぱり歴史なのである。変化を見つめることが、彼女の根本的な要素としてあるらしい。同時にこの時代の常として、彼女もインターネットに出会い、ノックアウトされた。
「ネットが好きすぎて、POKEというロンドンのデジタルエージェンシーに入って、そこでプロジェクトマネージャーをやっていたわ」
クレアは、まず「つくる」ところに身を投じた。10年少し前、当時のデジタル広告の領域は、まさに最高に面白い領域だった。Flashでさまざまな表現をつくることができるようになり、実験的な作品がものすごい勢いで生まれ続けた。インターネットに荒々しい夢があった時代だ。
そして、そんなカオスで自由なインターネットの時代から、いろいろなものがテンプレート化されたソーシャルメディアの時代になった。それについてどう思う? と聞いてみた。自由なあの頃のネットが好きだったんじゃないの? という意味だ。
「予測できないものに出会うようなことは起こりにくくなったわね。だけど、インターネットの普及率は『まだ』人類の半分でしかなくて、これからさらに進化していく。10年後は今よりももっと多くのものがつながるようになって、また社会は変わる。それはとても素敵なことよね」
クレアは歴史家だ。変わり続けていくインターネットという「物語」は、その状態がどうあれ、とてもエキサイティングな存在なのだ。実際問題、このへんの話をするクレアの声は愛に満ち満ちている。インターネットを優しい目で見つめる女神である。
筆者がWDでWebby Awardsの存在を知ってから10年。そのWDで今、Webby Awardsの中の人の記事を書いている。これも変化であり、物語なのかもしれない。その間に、関わった仕事が何回かWebby Awardsを受賞した。
「褒める、祝うのが私たちの仕事。本当にすごい作品を目にして、それをつくったすごい人たちを祝う。こんなに楽しいことはないわよ。あなたもその一人よ」
いやー、そんなことないッスよ、なんて言いながら、まんまと喜んでしまった。
賞なんていうものは誰か他の人の価値観がつくるもので、大事なのはつくったものがどれだけユーザーに作用するかだ。だけど、クレアが刻んでいく物語の一員になれることは、とても愉快なことだなと思う。なにしろ、それは私たちが大好きなインターネットの歴史なのだから。
- 清水幹太のQuestion the World
- 30代後半になってニューヨークに移住した生粋の日本人クリエイター清水幹太(PARTY NY)が、毎月迎えるゲストへの質問(ダベり)を通して、Webについて、デジタルについて、世界を舞台に考えたことをつづっていくインタビューエッセイ。
- Text:清水幹太
- Founder/Chief Technology Officer/PARTY NY 1976年東京生まれ。2005年より(株)イメージソースでテクニカルディレクターを務める。2011年、クリエイティブラボ「PARTY」を設立。企画からプログラミング、映像制作に至るまで、さまざまな形でインタラクティブなプロジェクトを手がける。現在はニューヨークを拠点に広告からスタートアップまで幅広い領域にチャレンジしている。