古典を学び闘い続けることが大事―中村 亘|WD ONLINE

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Era Web Architects プロジェクト

古典を学び闘い続けることが大事―中村 亘

Era Web Architectsの今回のゲストは、大阪でWebの企画から制作、システムの企画から開発に従事するエッグプラント社の代表でもある中村亘氏。情報デザインやIAに造詣が深く、技術評論社の雑誌『Web Site Design』の創刊にも関わられました。今回は、ご自身が見てきたインターネットの世界と情報デザインにおけるつながりなど、ゆるく語っていただきました。
(聞き手:坂本 貴史、郷 康宏 以下、敬称略)

中村 亘 プロフィール

インターネットが持つリベラルな可能性に魅了され、インターネットに現実社会の様々な問題が解決出来る理想の世界が築けるのではないかと夢を持ち、新しい世界をアーキテクトする志で、日本において初めて情報建築家を名乗る。日本においてWeb Siteをデザインすることとは何かを初めて問うた技術評論社の伝説の雑誌『Web Site Design』の創刊に関わった。


・Facebook (https://www.facebook.com/benweb)

都市計画家になりたかった

坂本:Webの世界に入る前は何をされていたのですか?

中村:僕はもともと都市計画家になりたくて建築を勉強していました。リチャード・ソール・ワーマンももともとは建築家でルイス・カーンの弟子でもありますし、建築の世界からIA(情報設計)の世界に入った人は多くいますね。

坂本:建築と都市計画は違うのですよね?

中村:建築の世界はとても幅が広いのです。日本でよく文系とか理系とか学問をわけて言いますが,建築は全部の領域がある総合的な芸術です。意匠を専門にしている人もいれば構造を専門にしている人もいる。僕は建物が建てたいというよりも、そこに住む人達が内発的な発展をして自分たちの町や村をつくっていくということに興味があった。だから建築で学んだことはWebの世界に入ってからの活動にもつながっていると思います。

日本ではじめて情報建築家を名乗る

坂本:インターネットとはどう関わったのですか?

中村:当時、インターネットの世界に現実とは違う理想の社会が構築できるのではないかと夢を見ました。ただ実情を見たときに、自由ではあるけど混沌とした状況だったので「僕がこの新しい世界をアーキテクトする!」と思って、勝手に情報建築家を名乗りました。1997年くらいのことです。僕が日本で最初に名乗って次に松岡正剛さんが名乗ったと思います。ただ、やっていく中でバーチャルはどこまでいってもリアルの派生物でしかないことに気がついた。現実の世界を切り離していいWebは出来ない。インターネット上の問題を解決する時にバーチャルの中で問題を解決しようと考えるのではなくて、本質的に解決するためには現実の世界の社会教育などとつながりがなければ解決が出来ないと気がついた。だから今はWebの世界のUXとかUIとかだけに興味があるわけではないですね。そこだけ考えても意味がないから興味の対象はすごく広い。
 

坂本:どういう人とのつながりがありましたか? どんなコミュニティに入られていましたか?

中村:何か課題意識・問題意識をもって動いていたら、同じように課題意識・問題意識を持った人と出会えた時代でした。参加した集まりで、「あなたのような方がいたのか!」と手を握りあって喜んでいましたね。ソシオメディアの篠原さんや上野さんとも彼らがサラリーマンだった時代に出会っています。

インターネット上ではニュースグループ(Usenet newsgroup)というのがあったのでそれが楽しかった。日本のIA史を考える上で重要なのは高山さんが主宰していた「情報大工ML」ですね。あれは歴史に残るメーリングリストやと思う。リアルなコミュニティは大阪で「MUGNET(マグネット)」とか「mACademia(マカデミア)」というグループが月イチで集まっていて、そこにいる新しもの好きの連中からいろいろと教えてもらいました。
 

日本における情報デザインの転換点

中村:1999年の秋に多摩美術大学で開催された情報デザインの国際会議『ビジョンプラス7』が日本における情報デザインの転換点(マイルストーン)になったと思います。

渡辺保史さんが雑誌『design plex』で1年間くらいかけて情報デザインについて連載して『ビジョンプラス7』を開催したという流れは大きかったと思います。日本中から課題意識・問題意識を持った人たちが一箇所に集まった。『ビジョンプラス7』楽しかったなぁ。

坂本:技術評論社からコンタクトをもらったのはどういうキッカケだったのですか。

中村:何かのMLにポストした僕の投稿を見た編集者から連絡があったのです。相談があると言うので会ったら、Webの作り方に関する雑誌を創刊したいということだったので、そこでいろいろアイデアを出して僕が作りたい雑誌を作ろうと思いました。この領域だったらこの人に執筆依頼をしろとか、この領域は扱わないとダメだとか、実は影で好き放題していた(笑)。このEra Web Architectsに参加している上野さんや高山さんにも書いてもらいましたね。
 

情報デザインでは食えないことはわかっていた

坂本:IA系のつながりで東京にもよく来られていましたね。

中村:IAのコミュニティが関西にはなかったということもあるのですが、情報デザインというスキルを日本で認知してもらいたかったから、仲間と会うためによく東京には行っていましたね。これからの社会を生きていくために必要なスキルだから何としても日本で広めたいという気持ちがありました。

渡辺保史さんが一般向けに情報デザインの必要性を説くために『情報デザイン入門』(平凡社、2001年7月)を出して、東海大で教えることになったのですが、初めて講義をした時に、学生から「先生はこれからの社会で情報デザインというスキルがすべての人に必要なことだと言われますが、すべての人がこのスキルを持ったら情報デザインを職業にできなくなるのではないですか?」と質問された。

実は『ビジョンプラス7』が開催された当時から、我々は情報デザインでは食えないということはわかっていたけれど、それを隠して啓蒙していたのです。だからその女子大生の指摘には唸りましたね。鋭いな。バレたかと(笑)。 僕はよく「逃げ遅れた」という言い方をするのですが、情報デザインは科学で唯一残されたフロンティアである人間の認識についての領域ですから本当にやろうと思うのなら基礎研究に行ったほうが安泰です。それを実社会でやろうとするからヤヤコシクなる(笑)。
 

満足はしない

坂本:一番しんどかった仕事とか、思うようにできた仕事はありますか。

中村:思うようにできたことはただの一度もない。常に最適なものは何だろうということをその時々で考えるので満足はしない。しんどかった仕事は、過労で倒れて救急車で運ばれた仕事かな(笑)。
 

後悔していること

中村:実は後悔していることが2つあります。 1つ目は、国家、経済、自由に対しての認識が甘かったため、例えばAmazonやAppleが凄いと騒ぐことはあっても、将来の日本のためにどうするべきか、グローバリズムとどう戦うべきかという視点が欠けていた。結果、日本の経済は無茶苦茶になった。

2つ目は、簡単にする易しくするということがユーザビリティー(Us ability)だと勘違いし、結果、日本人の考える能力を低下させた。難しいことは難しくあるべきで、理解しやすさと安易にわかった気になることは違う。

この2つは後悔というか責任を感じています。本当に世の中のことがわかっていない尻の青いガキだったと思います。新型コロナ禍の紊乱ぶりを見ていると本当に胸が痛いです。
 

サッサと国外に出るね

 郷:もし今2021年に20歳だとしたら、何をするでしょうか。

中村:今の知恵があって20歳だったら、40歳でアーリーリタイヤできる金を稼ぐ場所を考えてサッサと国外に出るね(笑)。タイムマシーンがあって28年前に戻れるのなら、宝生 閑先生に入門して下掛宝生流の能楽師になりたい。能はいいですよ。ぜひ能楽堂に足を運んでください。
 

古典的なものを学んでいくことが大事

坂本:Webやインターネット業界に対してメッセージをいただけますか。

中村:我々の仕事は「人の話を聴くこと」「観察すること」が大事です。そして科学的に考えてどう実践していくかが大事。薄井担子さんが書かれた『科学的看護論』(2015年1月、? 日本看護協会出版会)という本が参考になります。これは読んで欲しいです。

古典を学ぶこと。古典を学んで引き出しを増やしていくと「結局、同じことを言っているよね」ということに気がつきます。フローなものに惑わされないようにならないと本当の意味で新しいことが出来ない。思いつく大概のことは過去にやられて失敗しています。そこから学ぶ必要がある。そのためには、歴史の風雪に耐えてきた古典的なものを読んで学んで考えることが大事やと思います。

人間は変わらないものかもしれない。でも、生まれた時よりも1mmでも世の中をよくして死ぬのだという気概を持って諦めずに闘って欲しいです。

おじさん達は「人はみな老いて障碍を持つようになる。だからアクセシビリティーを考える必要がある。」とかわかった風なことを言っていたのが本当に自分がそうなって、やっと当事者として闘えるようになったのですから、これからやで!(笑)
 

この記事は、オンラインインタビューを抜粋して書き起こしています。インタビュー全編をご覧になりたい方、ぜひYouTubeチャンネル「Era Web Architects」をご覧ください。
Era Web Architects オンライン #23(ゲスト: 中村 亘)
https://www.youtube.com/watch?v=2gvTu9FYLac

Era Web Architects プロジェクトとは

『Era Web Architects』プロジェクトは、発起人の坂本 貴史を中心に、インターネット黎明期からWebに携わり活躍した「ウェブアーキテクツ」たちにフォーカスし、次世代に残すアーカイブとしてポートレート写真展を企画しています。
公式YouTubeチャンネルでは、毎週ひとりずつ「ウェブアーキテクツ」へのインタビューをライブ配信しています。本記事はそれをまとめたものです。


・公式ウェブサイト (https://erawebarchitects.com/)
・公式Youtubeチャンネル (https://www.youtube.com/channel/UClJ4OvlhOzkWwFhK-7NJ0CA)
・Facebookページ (https://www.facebook.com/Era-Web-Architects-100739284870438)

インタビュアー プロフィール
坂本 貴史(『Era Web Architects 』プロジェクト 発起人)
グラフィックデザイナー出身。2017年までネットイヤーグループ株式会社において、ウェブやアプリにおける戦略立案から制作・開発に携わる。主に、情報アーキテクチャ(IA)を専門領域として多数のデジタルプロダクトの設計に関わる。著書に『IAシンキング』『IA/UXプラクティス』『UX x Biz Book』などがある。2019年から株式会社ドッツにてスマートモビリティ事業推進室を開設。鉄道や公共交通機関におけるMaas事業を推進。

郷 康宏(『Era Web Architects』プロジェクト オンライン配信担当)
2010年以降、ビジネス・アーキテクツ(現BA)を経て本格的にWebの世界へ。2015年までネットイヤーグループ株式会社において、コンテンツの作成からリアルイベント実施、SNSやWebサイトの運用まで幅広く手掛ける。2016年よりKaizen Platformにてクライアント企業の事業成長を支援。肩書は総じてディレクター。