夢をもって新しいことを始めることをしないと―清水 誠|WD ONLINE

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Era Web Architects プロジェクト

夢をもって新しいことを始めることをしないと―清水 誠

Era Web Architectsの今回のゲストは、IAやUX、アナリティクスなどの専門領域でも活躍し、コンセプトダイアグラムの提唱者でもある清水誠氏。今回は、ご自身のキャリアを振り返り、外資系企業や事業会社、渡米から帰国に至るまで語っていただきました。
(聞き手:坂本 貴史、郷 康宏 以下、敬称略)

清水 誠 プロフィール

1992年に大学でインターネットを知り、海外旅行で買ったパソコンで海外とやりとりを始める。印刷会社に就職しインターネットの商用利用の実験に取り組み、SIPS全盛のときに外資系企業に就職。ユーザビリティやIA、UXなどで外部活動もしつつ3社を渡り歩く。その後、事業会社ではUXとシステム改善に取り組み、楽天ではアナリティクスの全社展開をリード。2011年に渡米し、米Adobe社でプロダクトマネージャーを経験したのち、2014年に帰国し独立。現在に至る。


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電子メールが画期的でした

坂本:学生のころはどんな感じだったんですか。

清水:インターネットは大学で知りました。留学生の多い大学だったので、海外とのやりとりにインターネット(電子メール)を使っていました。UNIXのターミナルで使っていましたね。今みたいに瞬間で届くのではなく、宛先が遠いと半日くらいかかっていましたが、当時は画期的でした。

大学の計算センターに行くと、Macintosh SE/30が並んでいたのですが、当時はマウスも知らないしダブルクリックもわからず、電源を入れたけど何もできなくてショックでした。そこからワープロを覚えたり、ネット接続するために洋書を取り寄せたり、国際電話でつなげたり、まさに試行錯誤しましたね。パソコンは、大学入って2年目にアメリカに1カ月くらい旅行したときに、PowerBookを買って帰ってきて、インターネットもやりはじめて、向こうの友達とやりとりしていましたね。
 

最初からネットの仕事でした

坂本:就職で行きたかったところはありました?

清水:最初からネットの仕事をしてました。入った会社は印刷会社だったんですが、当時はネットの仕事ができる珍しい会社でした。当時の大手の印刷会社は、クライアントからコンテンツをもらい、紙に印刷したりCD-ROMにしたりして、さらにホームページも作ります、というところが多かったんです。新卒で入社して5年くらいいましたね。社内の研究組織が立ち上げた実証実験をする部署で、ホームページ制作だけでなく、メールクライアントや3次元空間のチャットなど、いろいろ立ち上げていました。
 

外資企業を渡り歩く

坂本:そこから外資に行かれたんですか。

清水:2000年ごろSIPS(Strategic Internet Professional Service)と呼ばれるWebコンサル会社が流行りましたよね。彼らが日本でもユーザビリティやIAやUXを広め始めたことに興味を持って転職し、その後4年間にサイエントとセピエントとレーザーフィッシュの3社に在籍しました。

大学は心理学だったので、UIやデザインは学んでいないですが、仕事でデザインやUIを手がけようになってきて、ヤコブ・ニールセンの『Alertbox』のような英語の記事を見て勉強していた時期だったので、外資系Webコンサルの日本支社立ち上げでIAのポジションができたと聞いて夢が広がりましたね。

坂本:外資でカルチャーショックはなかったんですか。

清水:最初は泣きましたよ。サンフランシスコに1週間くらい研修に行ったんですが、話が通じない、自分の力では足りない、と思い知らされて辛かったです。
あと当時、凄腕の経営コンサルがいっしょに動くこともあり結構シゴカれましたね。客先で靴脱ぐなとか、タクシー使ってでも時間を節約しろとか、タイプミスや遅刻は絶対するなとか。おかげでビジネスの基本が身についたと思います。
 

事業会社と改善魂

坂本:そこから事業会社に行くことになりますね。外資疲れとかですか。

清水:いえ、焦れったくなったんです。コンサルして良い提案をしても提案先でポシャったりとか進まなかったりすることがあって、外からの限界を感じて。自分だったらもっと上手にやってやると思って、事業会社側に飛び込みました。

最初はWebCrewという会社に入ったんですが、ちょうど上場する手前で、それまでに立ち上げたサイトがみんなバラバラで、現場も追いついていなかったんです。そこから改善魂が目覚めて、コンサルのスキルを使って、かなり大胆な社内改革をしたんですが、あれは楽しかったですね。

楽天に入ったのが2008年ごろですが、当時Web担当者Forumのイベントで講演する機会があったので、自分はこういう図解手法を使っていますと紹介したんです。どうせなら名前をつけてみようと思って「コンセプトダイヤグラム」と命名しました。

楽天では、システム部門の中に工程改善部というのができた時期で、いくつもある事業を横串でいろいろ整理しつつ、UXを改善するということをしていました。ちょうどAdobe Analyticsを全社展開するというタスクがあって、手をあげてリーダーになり、グループ全体にアナリティクスを導入していきました。
 

渡米とカルチャーショック

坂本:アメリカのAdobe本社に現地採用されるというのはどんな心境だったんですか。

清水:結構、背負って行きましたね。当時、Adobe Analyticsを一番使っていたのが、楽天とリクルートだったのと日本でユーザーグループもリードしていたので、日本のユーザーの代表として本社に殴り込みするくらいの勢いで行ったんです。

でも最初は結構カルチャーショックがありました。アメリカ人ってチャレンジャーじゃないとリスペクトしないんです。やったことないロッククライミングとか渓谷下りとか危険な遊びに誘われるんですが、断るとチキン野郎と判定されて仕事も振ってくれなくなる。でも、背伸びして「いいねー、やるやる」と死にそうなことをやってのけると、態度がガラッと変わるんです。そのおかげで、だいぶ(精神的にも身体つきも)変わりましたね。

3年くらいいたのですが、むこうは楽しかったですね。朝と夜に日本とやりとりして、アメリカの昼間は自分のやることに集中して、平日の夕方と土日は遊ぶ、というメリハリがよかったです。仕事は、開発部門でバグの対応方針や優先順位を決めたりドキュメントの改善を手がけていましたが、だんだん認められていき、プロダクトマネージャーになりました。
 

帰国そして独立へ

坂本:アメリカで転職とかは考えなかったんですか。

清水:日本がだんだんヤバいと思うようになったんです。2000年以降、日本の地位が下がっていくのを感じたのと、Adobeにいると、グローバル企業がどうデジタルに取り組んでいるのかがわかるので、日本との落差がヤバいと思いました。

グローバル企業ってお金もあるし人もいるので成功するのは当たり前で、だんだんGAFAのような企業の寡占状態が進むんですね。それって、若い頃に夢に描いた世の中じゃないなと思うようになり、もっと夢をもって新しいことを始めることが日本でもできるようにならないとヤバいなと思いました。それでそういう仕事をお手伝いしたいと思って、帰ってきて独立したんです。
 

何か立ち上げしたいですね

 郷:もし今2021年に20歳だとしたら、どんなことをされるでしょうか。

清水:何か立ち上げしたいですね。サービスを考えて立ち上げて会社作って仲間集めて、っていうのが昔はめちゃくちゃ大変だったのに今って簡単なので。人集めるのもお金を集めるのも。なので昔こんな状況だったら(今自分が若かったら)いろいろやりたいなあ、と。それがやれる状況だなと思いますね。

具体的なテーマは(今は)いろいろ知りすぎて絞れないんですが、モビリティは最近熱いですよね。電動キックボードとか。ああいう世の中が変わるようなことを自分ができたらよかったなと思いますね。
 

上手に作る、みたいにならないようにしてほしい

坂本:Webやインターネット業界に対してメッセージをいただけますか。

清水:Web業界ってだいぶ特殊で。Webばっかりになっちゃいがちなんですよね。でも実際にはリアルも大事だし、営業とかほかの部門とかも大事なので、Webのエリアにばっかり閉じこもらないようにするといいんじゃないかなと思いますね。

それと、Webに携わるということは、ユーザーに近い接点を作ったり企画したりできると思うので、単純に使いやすいサイトを上手に効率よく作るという作り手の視点にならないで、ちゃんと企業と顧客との望ましい関係を考えたうえで、それが実現できるようなUIなりサービスなりに取り組むと楽しいと思います。上手に作ろう、みたいにならないようにしてほしいですね。
 

この記事は、オンラインインタビューを抜粋して書き起こしています。インタビュー全編をご覧になりたい方、ぜひYouTubeチャンネル「Era Web Architects」をご覧ください。
Era Web Architects オンライン #30(ゲスト: 清水 誠)
https://www.youtube.com/watch?v=2gvTu9FYLac

Era Web Architects プロジェクトとは

『Era Web Architects』プロジェクトは、発起人の坂本 貴史を中心に、インターネット黎明期からWebに携わり活躍した「ウェブアーキテクツ」たちにフォーカスし、次世代に残すアーカイブとしてポートレート写真展を企画しています。
公式YouTubeチャンネルでは、毎週ひとりずつ「ウェブアーキテクツ」へのインタビューをライブ配信しています。本記事はそれをまとめたものです。


・公式ウェブサイト (https://erawebarchitects.com/)
・公式Youtubeチャンネル (https://www.youtube.com/channel/UClJ4OvlhOzkWwFhK-7NJ0CA)
・Facebookページ (https://www.facebook.com/Era-Web-Architects-100739284870438)

インタビュアー プロフィール
坂本 貴史(『Era Web Architects 』プロジェクト 発起人)
グラフィックデザイナー出身。2017年までネットイヤーグループ株式会社において、ウェブやアプリにおける戦略立案から制作・開発に携わる。主に、情報アーキテクチャ(IA)を専門領域として多数のデジタルプロダクトの設計に関わる。著書に『IAシンキング』『IA/UXプラクティス』『UX x Biz Book』などがある。2019年から株式会社ドッツにてスマートモビリティ事業推進室を開設。鉄道や公共交通機関におけるMaas事業を推進。

郷 康宏(『Era Web Architects』プロジェクト オンライン配信担当)
2010年以降、ビジネス・アーキテクツ(現BA)を経て本格的にWebの世界へ。2015年までネットイヤーグループ株式会社において、コンテンツの作成からリアルイベント実施、SNSやWebサイトの運用まで幅広く手掛ける。2016年よりKaizen Platformにてクライアント企業の事業成長を支援。肩書は総じてディレクター。