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Era Web Architects プロジェクト

とにかく何かしろ、今すぐに。―長谷川恭久

Era Web Architectsの今回のゲストは、デザイナーの長谷川恭久氏。デザインに関わるコンテンツ発信をしつつ、企業のデザインコンサルティングでも活動されている。ブログ「could」やポッドキャスト「Automagic」などで活動の場を広げ、講演や著書も多数。今回は、高校の留学時から帰国してからの活動について、ご自身のキャリアを振り返りながら語っていただきました。
(聞き手:坂本 貴史、郷 康宏 以下、敬称略)

長谷川恭久 プロフィール

高2でアメリカに留学。イリノイ州で大学生活を過ごすが、途中デザイン系の学部に変更。Webデザインの授業を担当するなど独学で学びはじめ、友人の紹介でマルチメディア系の会社に入る。911を境に日本に帰国し、Webサービスの開発を担当するなどフリーランスになる。趣味でオンラインゲームをしつつも、インターネットにおけるコンテンツ配信にハマり、ブログやポッドキャストなど積極的に取り組み、現在に至る。


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高2でアメリカに留学しました

坂本:どこ出身でしたか。学生のころはどんな感じだったんですか。

長谷川:三重県四日市出身です。高校2年で留学したので、それまで地元にいましたね。留学するって決めたのが中学だったので、休学できる高校を受験して留学しました。普通の中学生でしたね。英会話学校にはまわりより早く行っていましたが、高校のときに「お前の実力だと(留学は)失敗する」と先生からは言われていたくらいです。結果、留学はしましたけど。

最初、英語のスピードが比較的ゆったりしていると言われているアイオワ州の農家にホームステイしたんですが、(会話が)早すぎてぜんぜんわからなかったですね。交換留学生プログラムの一環で、2年間高校に行きました。1年経って、向こうでやっていけそうだったので、日本の高校を退学して、F1ビザ(外国人留学生)をとり、結果8年間くらいいましたね。
 

Webデザインの授業は僕が教えていました

坂本:デザインとの関わりはいつごろですか。パソコンはいつからありましたか。

長谷川:アートというかお絵かきとかはずっとやっていたんです。もともとは国際関係学という政治学寄りの学部にいたんですが、そこから趣味が高じて学部も変えてデザインを勉強をし始めた感じですね。当時はグラフィックデザインがメインで、Webデザインの授業もありましたが、ほとんど僕が教えていましたね。

パソコンは、高校のときのホームステイ先にMacintoshがありました。そのときはまだインターネットにつながっていませんでしたが、大学に入ってからはパッカードベルのPCで早くから遊んでいましたね。

坂本:誰かから教わったりとかはあったんですか。

長谷川:ないですね。インターネット上の数万数千の人たちから間接的に教えてもらった感じです。当時から、Web標準のMLとかにも参加したり、初期のインターネットを支えていたデザイナーとかエンジニアを遠くから見ていた感じです。

就職は、仲良かった友達がマルチメディア系のエージェンシーにいたので、僕がWebができるというので入れてもらいましたが、そのときにSQLで簡単なCMSを作ってサイトを作ることを覚えたので、スキルアップにはなりましたね。
 

帰国してフリーランスに

坂本:帰国するタイミングはなにかあったんですか。

長谷川:ビザの関係っていうのもあるし、911以降でアメリカの雰囲気が変わってしまい、そこにいるモチベーションがあんまりなくなってきたのと、日本にいる知り合い経由で大きめの案件がとれたというのがあり、日本に帰っても問題ないと思い帰ってきました。そこからフリーランスですね。

坂本:ピンク背景のブログを見た記憶がありますか。その頃ですか。

長谷川:日本に帰国した前後くらいだと思います。アメリカで第一次ブログブームというのがあったので、それに乗っかり自分でブログシステムを作って発信していました。99年にドメインをとってから今も変わっていないです。当時でいうアルファブロガーとして早くからやっていましたね。
 

アメリカと日本のギャップ

坂本:帰国してからのカルチャーギャップとかはありましたか。

長谷川:Webっていうところでいうと、やっぱり「Webディレクター」という人がいたことにビックリしましたね。Webデザイナーってワイヤーフレーム描かないんだとか、設計しないのになんでデザイナーって呼ぶんだとか、なんでお客さんと話さないんだとかね。あと、代理店という人がいることにも驚きました。代理店はアメリカにもいますが、政治的な強さでいうと日本のほうが強いので、日本特有の社会構造の中でデザイナーがどういう立ち位置になっているのかを学ぶまでずいぶん時間はかかりました。そういう「デザインの意味が違うんだ」というところが、帰国当時の印象ですね。

坂本:著書『Web Designer 2.0 進歩し続けるWebデザイナーの考え方』(ソシム、2005/2)に至った経緯は何かありますか。

長谷川:帰国したときのモヤモヤ感に対する話と、作るだけではないツールとしてのWebサイトに変わり始めていた頃だったので、そういうデザインができる能力やコミュニケーション能力がないといけない、ということをツラツラと書いていたと思います。
 

どこににも属せないコンプレックス

坂本:失敗談とか苦労したことはありますか。

長谷川:どこににも属せない、というところにはコンプレックスがあって。当然、国籍も血も装いも日本人だけど、人間を形成する大事な時期(中・高・大学とか)にアメリカに行っているというのは、良くも悪くもなんです。それによってマインドがアメリカ人ぽくはなっていると思うんですよ。ただ、どうがんばってもアメリカ人ではないし、なりたいとも思わない。そうなってから日本に帰国すると、今度は日本人ぽくはないから「変わってるね」と言われてしまいます。 どこににも属せないし、どこににも属したいと思えないとかっていうところはあるので、それによって得たこともあるけど、同時に失った部分もありますね。
 

インターネットにハマりました

坂本:影響を受けたものはありますか。ゲームとかやってましたね。

長谷川:ゲームは、帰国してからMMORPGとかをずっとやってましたね。チームコミュニケーションとか組織の話とかはある意味そこで覚えました。UIは参考にならないですね。どちらかというと、オンラインゲームで行われる経済について学習したっていうのはあると思います。

ゲーム以外でいうと、インターネットにハマってましたね。コンテンツ配信ですよ。特定の人っていうのはないですが、見ていた人にインスパイヤされてっていうのはあります。

坂本:個人でずっとやっていますが、メディアで配信するとかは考えなかったんですか。

長谷川:やらないですね。なぜ個人がメディアになれるインターネットで、どこかのメディアに乗っかる必要があるのでしょうと思います。あとはインターネットの思想としてもそういうところがあるんじゃないかと思いますね。ブログブームのときも、アメリカでボトムアップだったのに、日本では有名人ブログでトップダウンだったので、疑問に感じた時期がありました。
 

なにかで情報発信はしているでしょうね。

 郷:もし今2021年に20歳だとしたら、どんなことをされるでしょうか。

長谷川:YouTubeとかTikTokとかなにかで情報発信は必ずしてるでしょうね。

当時は、見ている人が多かったのがブログだったり、注目されていたのがポッドキャストだったりしただけなので、それを同じようにするというのは間違いないでしょうね。マーケットがあるものとか注目が上がってきているものに対して、どうアプローチかけるかのほうが面白いと思うので、そっちのほうをしていると思います。

インターネットに対する考え方として「個人がメディアになれる」という思想を(20歳の自分が)持っているのであれば、していると思います。たとえ結果デザイナーになっていなくても、インターネットに興味を持っていれば、そういうことをしているでしょうね。
 

とにかく何かしろ、今すぐに。

坂本:Webやインターネット業界に対してメッセージをいただけますか。

長谷川:とにかく何かしろ、ですよ。今すぐに。「何か世に出す」ということはすごく重要で、すでに何かやっているとは思うんです。多分パソコンとかタブレットとかに眠っているとは思うんですが「ノー、出せ」と。で多分、それを出しても1年間くらい誰も反応がこないかも知れませんけど、それでも出すんですよ。そうすると結果というのは出てくるので。

とくに今の時代に生きている人は大変だなと思っていて、SNSでもあらゆる人たちの人生のベストヒットがタイムラインに流れるわけじゃないですか。それでも発信したり作り続けて出すということをすれば、一皮むけていい感じにデザイナーとして生き残れるんじゃないかなという気がしています。
 

この記事は、オンラインインタビューを抜粋して書き起こしています。インタビュー全編をご覧になりたい方、ぜひYouTubeチャンネル「Era Web Architects」をご覧ください。
Era Web Architects オンライン #28(ゲスト: 長谷川 恭久)
https://www.youtube.com/watch?v=HRlS60gzmBM&t=95s

Era Web Architects プロジェクトとは

『Era Web Architects』プロジェクトは、発起人の坂本 貴史を中心に、インターネット黎明期からWebに携わり活躍した「ウェブアーキテクツ」たちにフォーカスし、次世代に残すアーカイブとしてポートレート写真展を企画しています。
公式YouTubeチャンネルでは、毎週ひとりずつ「ウェブアーキテクツ」へのインタビューをライブ配信しています。本記事はそれをまとめたものです。


・公式ウェブサイト (https://erawebarchitects.com/)
・公式Youtubeチャンネル (https://www.youtube.com/channel/UClJ4OvlhOzkWwFhK-7NJ0CA)
・Facebookページ (https://www.facebook.com/Era-Web-Architects-100739284870438)

インタビュアー プロフィール
坂本 貴史(『Era Web Architects 』プロジェクト 発起人)
グラフィックデザイナー出身。2017年までネットイヤーグループ株式会社において、ウェブやアプリにおける戦略立案から制作・開発に携わる。主に、情報アーキテクチャ(IA)を専門領域として多数のデジタルプロダクトの設計に関わる。著書に『IAシンキング』『IA/UXプラクティス』『UX x Biz Book』などがある。2019年から株式会社ドッツにてスマートモビリティ事業推進室を開設。鉄道や公共交通機関におけるMaas事業を推進。

郷 康宏(『Era Web Architects』プロジェクト オンライン配信担当)
2010年以降、ビジネス・アーキテクツ(現BA)を経て本格的にWebの世界へ。2015年までネットイヤーグループ株式会社において、コンテンツの作成からリアルイベント実施、SNSやWebサイトの運用まで幅広く手掛ける。2016年よりKaizen Platformにてクライアント企業の事業成長を支援。肩書は総じてディレクター。

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