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Era Web Architects プロジェクト

アクセシビリティを明るく楽しく分かりやすく―植木 真

Era Web Architectsの今回のゲストは、株式会社インフォアクシア代表の植木 真氏。Webアクセシビリティコンサルタントで、大手企業のWebやモバイルアプリなどもアクセシビリティ向上のお手伝いをされている。アクセシビリティのガイドラインづくりにも参加して活動中です。今回は、キャリアの変遷とアクセシビリティへの思いを語っていただきました。
(聞き手:坂本 貴史、郷 康宏 以下、敬称略)

植木 真 プロフィール

地元の浜松で就職したいと情報誌の会社にUターン就職し、編集長まで務める。その後上京してWeb制作会社に入り「Web年鑑」に関わりWebディレクターを経験。事業会社を経て、ユーザビリティの専門会社に入り、アクセシビリティを知る。2004年に独立してWebアクセシビリティコンサルタントとしてガイドラインづくりにも参加し活動している。


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情報誌の会社で、インターネットにつないで見た

坂本:インターネットに触れたときがいつごろか覚えていますか。

植木:浜松の高校を卒業して、大学を卒業したのち、静岡県内で求人誌や中古車情報誌などを出している会社にUターン就職しました。その会社で、広告営業から営業企画部、最後は編集部に異動したわけですが、編集部に入ったタイミングでWindows 95がオフィスに導入されました。自分たちの部にも導入されたときに、常務がモデム接続でインターネットにつないで見せてくれたのが、はじめての出会いでした。

当時は、パソコンではなく原稿用紙を書いて仕事をしていました。営業企画部のとき、毎週の売上を計上するために一太郎とか花子とかを使って少しパソコンを触っていた程度です。情報誌の仕事をしたかったというよりは、浜松に戻って就職したかったというのが理由です。

坂本:学生のときは、どういう分野で活動とかされていましたか。

植木:教育学部で、英語英文学科でしたね。大学卒業したあと英語はできるようになってはいませんでしたが。ただ学生のときは、ハリウッド映画にハマりまして、VHSのレンタルビデオを借りてきて、面白かった映画や気に入った映画は何度も繰り返し見ていましたね。そこでスラングが面白かったので、卒論でも「ハリウッド映画におけるスラングの研究」などを書いていました。
 

デジハリで学び、Web年鑑づくりに参加

坂本:情報誌の会社からWebに移るときに何が起こったのですか。

植木:当時、求人誌の編集長をしていたんですが、毎週火曜に締め切り木曜に出るスケジュールでした。でも、その間に採用が決まってしまうケースがあり、無駄になることも多かったんです。そんな中、インターネットが出てきました。Webだったらリアルタイムで締め切りとか関係なくできるわけです。製本とか配送とかの原価もかからないので、Win-Winだと思うようになりました。
それからインターネットやWebの仕事をしようと思い、東京に向かいました。
 

坂本:東京の就職先は決まってたんですか。東京に来てから就職活動をしたんですか。

植木:当時、Webのウの字もわからなかったので、東京に引っ越してすぐにデジタルハリウッドのホームページクリエイターコースに入って勉強していました。失業手当はあったのですが、仕事は早くしたかったので、当時「MdN」などの雑誌でよく名前を見るWeb制作会社のホームページから直接代表のメールに訪問希望を出しました。すぐに返信があり、会社訪問に行くことができました。

当時その会社が『Web年鑑』というのを作っていたときだったので、編集アシスタントというポジションでその会社に通い始めました。エントリーされたWebサイトがたしか400くらいあったのですが、それらを全部見て、素人ながらにも自分なりに予備審査に参加できたのが原体験になりましたね。
 

ユーザビリティ、アクセシビリティを知る

坂本:はじめにたくさんのWebを見て研究できたのはいい経験でしたね。

植木:Web年鑑が終わった後はアシスタントディレクターを経てディレクターとして仕事をしていました。そのときもクライアントに提案はしていたのですが、当時は検証とかあまりできない中でボタンの位置やカラーについて提案していましたね。その後2年くらい在籍してから、今度は作る側から作ってもらう事業者側にWebマスターとして転職しました。医療従事者向けのWebサイトの立ち上げから関わらせていただきましたが、いろいろ検証はできたのですが、まだ何か足りない感じがしていました。

そんな中、たまたま参加したWebユーザビリティセミナーに行ったときに「自分が求めていたことはコレだ」と思いました。調査とか研究とかに裏付けされた原則などを知ることができたんです。そこで、セミナー登壇者だった社長にその場で名刺交換をして、すぐに会社訪問をし、その流れで籍を移すことになります。

その会社で、Macromedia Dreamweaverのアドオンとして登場した「LIFT」をローカライズすることになりました。それが「アクセシビリティ」との出会いでした。

まわりに障害を持っている方はいなかったので「アクセシビリティ」と聞いたときにもよくわかりませんでした。「はぁ…」という反応です。それこそ今いろいろな方から受けている質問を僕自身がしていたわけですね。
 

アクセシビリティのインパクト

坂本:そこからアクセシビリティに本格的に関わっていくんですね。

植木:ユーザビリティを学びたいと入社したので、アクセシビリティを担当するのは最初は戸惑いがありましたね。それからセミナーに参加したり、全盲の方にもお会いする機会ができたりしてきたわけですが、インパクトがありまくりでした。「目が見えなくてもパソコン使えるんだ」と思いましたからね。

とくに、印象的な経験は、毎日新聞でユニバーサロンを運営してご自身も全盲の岩下さんの全米ツアー企画に参加してサンフランシスコに行ったときです。僕以外はみんな目が見えない人たちでレストランに行き、一緒に晩ごはんを食べたという貴重な経験をさせていただきました。

また、当時マイクロソフトのエンジニアでいらした全盲の細田さんが、全盲の方を集めてパソコン教室をやっているというので見学しに行ったことがあります。そこで、80歳を過ぎて失明されたおばあちゃんが、検索の仕方とかを習っていたのですが、情報が見つかった時のおばあちゃんの顔が忘れられません。一気に明るくなったんです。

それまでも全盲の方に会う機会はあったのですが、そのインパクトはかなり大きかったです。「Webってすごいな」と思いました。それから積極的にいろんな方に会うようにして、使命感にもかられて現在に至ります。
 

アクセシビリティのガイドラインづくりに関わる

坂本:アクセシビリティのガイドラインなどにも関わっていましたね。

植木:Webアクセシビリティのガイドラインを初めてJIS規格にするというワーキンググループが2003年当時あったんですが、それに途中から参加したことがあります。そこで内容を見たときに「これは、制作会社の現場は困るのではないか…」と不安がありました。具体的には、内容というより見せ方に少し問題があった印象を持ちました。同じことが別のページにも繰り返し出てきたりしていたので、見づらいし使いづらい感じでしたね。

それをどうにかできるなら、どうにかしたいなと思っていたのですが、その後、ある大手企業のWebマスターの方が参加されて僕と同じ印象を持たれたみたいで、結果土壇場で作り変えたということもありました。(2004年版)
 

坂本:アクセシビリティの基盤委員会などにも参加されていますね。

植木:ウェブアクセシビリティ基盤委員会は、2010年に立ち上がった組織です。立ち上げ当初から参加はしており、その後7年くらい委員長も務めていましたね。現在は、JIS規格の元にもなっているW3Cのアクセシビリティガイドラインのバージョン2.0をメジャーアップデートする準備が始まっており、バージョン3.0を作るワーキンググループに軸足を移して活動しています。
 

とりあえず、アメリカ行って来い

 郷:現在2021年に20歳だとしたら、何をするでしょうか。

植木:海外に留学したいですね。今20歳の自分に声をかけられるとしたら「とりあえず、アメリカ行って来い」と言ってあげる気がします。

Webアクセシビリティの仕事をしている中で、カンファレンスに行っても基本は英語ですし、ワーキンググループに参加するにも英語です。新しい情報源(ブログとか)に触れるのも英語が多いので、仮にWebアクセシビリティではない仕事をすることになったとしても、英語でコミュニケーションがとれるスキルを身につけていると、可能性が広がると思うんです。

最近のテクノロジーで多言語の翻訳ができて言語の壁がなくなるとも言われていますが、やっぱり人と人とのコミュニケーションは大事だと思います。(今の英語スキルでも)いろんな国の人とコミュニケーションできているので、もし英語のディスカッションにもっとついていけたり、思ったことが言える英語力があれば、もっとできることが増えるしいろんな可能性が広がるだろうなと思うんです。なので、20歳の自分に声をかけることができるなら「アメリカ行って来い」と言ってあげたいです。
 

明るく楽しくわかりやすくをモットーに、アクセシビリティをもっと知ってもらいたい

坂本:Webやインターネット業界に対してメッセージをいただけますか。

植木:「一緒にアクセシビリティをもっと高めていきませんか」という感じですかね。「Webアクセシビリティの学校」というセミナーを全国各地で4、5年開催しているんですが、アンケートを読むと「アクセシビリティはすごい難しいこと」という先入観を持っている方が多いと毎回感じます。もしかすると僕と同じように、普段障害がある人との接点がないことから、必要以上に身構えてしまっている人もいるのではないかと思います。

僕がよく言っている基本の「キ」ですが、アクセシビリティは実はそんなに特別なことではなく、特定の障害がある人のためだけのことでもないので、Webデザインの基本と言ってもいいくらいだと思っています。

まだまだ、アクセシビリティを知っている方は、Webの仕事をしている方でもほんの一握りだと思うんです。それこそ20年前の自分のように知らない人が大多数だと感じるので、堅苦しいトピックに見えがちですが、「明るく楽しくわかりやすく」をモットーに、そういう人たちに向けて「アクセシビリティってこういうことだよ」というのを知ってもらうことが自分の使命だと思っています。
 

この記事は、オンラインインタビューを抜粋して書き起こしています。インタビュー全編をご覧になりたい方、ぜひYouTubeチャンネル「Era Web Architects」をご覧ください。
Era Web Architects オンライン #15(ゲスト: 植木真)
https://www.youtube.com/watch?v=WVewybgPyS4&t=1684s

Era Web Architects プロジェクトとは

『Era Web Architects』プロジェクトは、発起人の坂本 貴史を中心に、インターネット黎明期からWebに携わり活躍した「ウェブアーキテクツ」たちにフォーカスし、次世代に残すアーカイブとしてポートレート写真展を企画しています。
公式YouTubeチャンネルでは、毎週ひとりずつ「ウェブアーキテクツ」へのインタビューをライブ配信しています。本記事はそれをまとめたものです。


・公式ウェブサイト (https://erawebarchitects.com/)
・公式Youtubeチャンネル (https://www.youtube.com/channel/UClJ4OvlhOzkWwFhK-7NJ0CA)
・Facebookページ (https://www.facebook.com/Era-Web-Architects-100739284870438)

インタビュアー プロフィール
坂本 貴史(『Era Web Architects 』プロジェクト 発起人)
グラフィックデザイナー出身。2017年までネットイヤーグループ株式会社において、ウェブやアプリにおける戦略立案から制作・開発に携わる。主に、情報アーキテクチャ(IA)を専門領域として多数のデジタルプロダクトの設計に関わる。著書に『IAシンキング』『IA/UXプラクティス』『UX x Biz Book』などがある。2019年から株式会社ドッツにてスマートモビリティ事業推進室を開設。鉄道や公共交通機関におけるMaas事業を推進。

郷 康宏(『Era Web Architects』プロジェクト オンライン配信担当)
2010年以降、ビジネス・アーキテクツ(現BA)を経て本格的にWebの世界へ。2015年までネットイヤーグループ株式会社において、コンテンツの作成からリアルイベント実施、SNSやWebサイトの運用まで幅広く手掛ける。2016年よりKaizen Platformにてクライアント企業の事業成長を支援。肩書は総じてディレクター。

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