2020.09.11
一億総編集者計画 Web Designing 2020年10月号
ビジネスマンの進化力 編集的な発想を事業に活かす
【今回のお悩み】「研究開発の重要性は明確なのですが、限られたリソースしかないので、計画が立てられず困っています…」」
Illustration: 浦野周平・児玉潤一
制約を乗り越えるために、多様性を受け入れる
計画(1)入念な設計だけでは進まない
「鶏が先か? 卵が先か?」という、よく耳にするフレーズがあります。これは因果性のモヤモヤを説いた言葉です。今回のお悩みは、まさしくこの言葉が当てはまります。
「会社の方針で決定しているので早く着手しないといけない」「世間の時流に乗ってサービスインすれば参入障壁が少なそう」といった計画やアイデアが先にあるのにも関わらず、さまざまなリソースがないために前へ進めることができないケースは、ビジネスにおいてたくさんあると思います。特にスピード感のあるWebサービスの分野では多く、今回のお悩みだと、研究開発なのでなおさらです。
一般的な解決策としては、研究開発を行う重要性を明文化することから始まります。言い換えれば、時間、予算、技術といった再現性を高めるための細かな計画を立てることです。新サービスであれば、事業計画書がその計画にあたります。ただ、そうしたアプローチでは時間がかかり過ぎてしまい、単なる問題の先送りになってしまうという事実も否めません。
計画(2)常に新しい発想で進化していこう
では、そのような状態で編集力はどのように役立つのでしょうか? 編集力には、文脈という筋道を立てながらあらゆる角度から価値を生み出すことができます。
例えば、電気のない時代は夜にロウソクの灯りをともしていましたが、電灯が普及するとロウソクは価値を失います。そうした時代でも、編集的な視点を取り入れれば、「ロウソクの揺れる灯りや柔らかい灯りは、部屋のムードを演出し、癒しの空間を生み出す」という価値を導くことができます。ロウソクの存在理由を編集力で説明することで、新しい価値を見い出せたのです。
この有名な例えは、書籍『デザインの次に来るもの※1』で、「意味のイノベーション」という言葉で表現されています。これはまさしく、編集力でいうところの新しい価値を読み取る力なのです。
今回のお悩みで考えてみると、良い結果を生み出そうという出口の話にばかりフォーカスしているため、リソース確保が問題の焦点になっています。しかし、入口から考えてみると、自身がコントロールできるものをベースにした発想ができます。
例えば、運用中の案件を通じて研究開発に取り組めるような企画も考えられるでしょう。「自社のチャレンジに協力してもらうかわりに制作費はゼロ。問題が生じた場合の対応も約束する」など、クライアント目線のベネフィットやリスクヘッジを明確にしつつ、特別なプロジェクトを計画してみるのです。
一見、無茶な内容に見えますが、新しいやり方を実行できるような開発計画を練ることも重要です。片足は軸として据え置きつつも、もう片足はさまざまな場所に伸ばせるような考え方、すなわち“ピボット”といわれる柔軟に戦略を転換していけるような手法で常に進化していく必要があります。
※1 『デザインの次に来るもの』安西洋之、八重樫文(クロスメディア・パブリッシング)
共創によって、足りないものを“補う”
計画(3)スキームどおり進める専門力の限界
ここまでは、文脈によって価値を生み出す編集視点のアップデートを行うことで、課題解決の堂々巡りから抜け出す方法を提示してきました。
ここからは、さらに発想の転換を促す思考として「共創」というキーワードで説明していきます。前述したような、クライアントと協業して開発事業を行うことも共創ですが、ここで取り上げたいのは、それぞれ持っていないものを補う関係性です。足りないものに投資をして自らで生み出すのではなく、産学官民といった属性の違う組織が連携する共創に注目します。
私が訪問したことのあるフィンランドのヘルシンキやエスポーは、この共創システムが発展している地域の一つでした※2。この形態はエコシステムと呼ばれ、地域は学生に施設を開放して地元経済を循環させ、企業は資金や知見を学生に提供しソリューション開発を望み、学生は自身のキャリアパスを描きながらも企業や地域に貢献して実績を積んでいくことになります。
もちろん日本でも、このようなシステムは存在しています。ただ、フィンランドほどフラットなシステムは少なく、新たな価値を見出したい企業が主体となることが多いです。
最近では、トヨタの実験都市「ウーブン・シティ」が、まさしく共創の事例です。2,000人の住民が存在し、NTTをはじめとしたパートナー企業、研究者が、実際にその中で実験に取り組んでいます。
少し大きな例えでしたが、自社の専門分野だけで研究開発を行うよりも、循環型の研究開発チーム(システム)をつくることが成果が出やすいと、さまざまな企業が気づき始めています。つくりながら、学びながら、分析しながら進化する前提を持っていれば、「なかなかスタートできない」という今回のお悩み自体が存在しないこともあり得るのです。
※2 フィンランドのビジネスの起爆剤 エスポー市のエコシステムの実力 https://forbesjapan.com/articles/detail/25884/
計画(4)職域に捉われない発想が重要
共創して取り組むプロジェクトでは、共通言語が乏しいという問題があります。そこで、編集力が役立つのです。
編集業務では、さまざまな職域の人と関わります。ライター、カメラマン、デザイナーといった専門職、企業の代表やスポーツ選手、タレントといった普段なかなか接点がないジャンルの人、印刷所、広告代理店などの営業マン、学生の読者と、少し考えるだけでそうした人々と接する機会があります。
あらゆる職域の人と一緒に、時には彼らをつなぎながら仕事をするうえでは、体系づくりをはじめ、共通認識を生み出す力が必要です。また、足りないものを生み出す発想ではなく、それらを補える人、場所、団体を探すような発想も求められます。
そうした編集力によって、共創を取りまとめることが可能になります。実際の現場では、プロジェクトマネージャーかもしれませんし、研究開発室長と呼ばれる人かもしれませんが、ネーミングの違いはあれど、編集力を持ち合わせた人がまとめ役として必要です。
今回のお悩みの本人がどんな職域かは、大きな問題ではありません。もちろん、エンジニアの方であれば、工数の把握や再現性の判断は早いかもしれませんが、そもそもリソースがないわけですから、そのスキルセットの効果はあまり期待できません。課題を本質的に解決するには、自身の専門性を活かす発想だけでなく、周りの力も借りながら、共創していくことが重要です。
最後に、知性の仕組みを題材にした書籍『具体と抽象※3』を紹介します。本書では、何をするかを考える「to do」よりも、あるべき姿を考える「to be」が重要だと説いています。物事をあるべき姿へ導くような「to be」の思考に、編集力を用いて進化していくヒントも含まれていると考えます。
※3 『具体と抽象』細谷功(株式会社dZERO)

- 教えてくれたのは…酒井新悟
- RIDE MEDIA&DESIGN株式会社 代表取締役社長 https://www.rmd.co.jp/ Facebook ID Shingo Sakai 大学卒業後、祥伝社へ入社。編集者としてファッション誌「Boon」に携わった後、BoonのWeb版「boon.web」でWebディレクターとして活躍。2006年にWeb、メディア、デザインを総合的に制作及びディレクションをするRIDE MEDIA&DESIGN株式会社を設立。現在は、従来の職域にとらわれない新しい時代の「編集力」を活かして、様々なソリューションビジネスに携わっている。