2020.05.13
一億総編集者計画 Web Designing 2020年6月号
ビジネスマンのブランディング力 ゼロから世界観をつくる編集力の応用
【今回のお悩み】「新サービスのブランディング担当に抜擢されたのですが、どこから手をつけていいのかわからず、何に困っているかの課題感を持つことすらできていません…」
Illustration: 浦野周平・児玉潤一
変化し続けるブランディングの価値観
計画(1)ブランディングの構成要素を把握しよう
今回は、ブランディングにおいて編集力が役立つというテーマです。さまざまな解釈をされるブランディングですが、ここでは「消費者にブランドのイメージを持ってもらうこと」と定義します。昨今は、ニーズの多様化に伴う細分化が顕著なため、消費者へのメッセージや伝え方も多種多様です。そのため、インパクトの強いアピールよりも「消費者とのコミュニケーション方法」「効果的なメッセージの届け方」といった消費者と寄り添いながらの関係構築も重要となっています。
ブランディングは、大きく分けて「マーケティング」「PR」「広告」といった3つの方法を用いて実行します。「マーケティング」は、ブランディングにつながる文脈的な内容を「自社」から発信します。「PR」は、「第三者」の立場からブランドをアピールしてもらいます。「広告」は、ポジティブなイメージを「たくさんの人目」につくよう発信します。それぞれリーチポイントが違うので、うまく使い分け、多角的に設計すると高い効果が期待できるでしょう。
計画(2)マーケティングとの違いを理解しよう
「マーケティング」「PR」「広告」といったそれぞれの特性を理解し、然るべきタイミングで施策を打っていくことがブランディングの基本となります。ここで重要なのはマーケティングとブランディングの違いを整理しておくことです。
マーケティングは、ブランドの「認知→興味(関心)→比較(検討)→購入(申込)」というゴールに向けた心理プロセスの分析を伴った、戦略的なアプローチ。PRや広告とも違い、マーケティングの場合は、ブランド自体が主語という点も特徴です。例えば、新商品を発売した際には、スペックの説明、ベネフィットの抽出を行い、購入してもらう理由も明文化していく作業が必要になります。
特に大事なのは、購入理由の示し方です。スペックやベネフィットをいくら適切にまとめても、消費者にとっての商品購入(申込)の理由を説明できないとマーケティングはうまくいきません。ただ、マーケティングとブランディングの違いを把握できていると、ブランドで伝えたい情報だけを打ち出すのではなく、消費者とのコミュニケーションを含んだ継続的な関係性の構築が可能となります。消費者にとって有益な情報を発信できているマーケティングは、ブランディングにとても役立つということです。
そして、ここで必要なのが編集力です。いわゆるコンテンツマーケティングという考え方も活用することで、商品(サービス)に直接的に関係ないコンテンツも発信して潜在層にまでリーチできます。例えば、食品メーカーが自社の調味料を使ったレシピサイトを立ち上げるようなイメージです。調味料の情報を求めていない消費者でも「レシピなら必要」と思ってもらえます。このように、潜在層に対しても企画によってアプローチし、さまざまな消費者との接点をつくれるのが編集力なのです。
ブランディングに必要なベネフィットの存在
計画(3)文脈信仰の罠に陥らないようにしよう
消費者にとっての利益や利点を意味するベネフィットですが、昨今は、商品から得られる効果といった機能的な部分だけの訴求では、ブランディングに貢献しにくい状況だと考えます。それは、似たような商品が溢れているので埋没したり、オーバースペックでニーズとの相性が悪かったり、とにかく個性が出しづらいからです。コアとなる個性が輝かないと、人々は他の商品と比較し、簡単に低価格へ流れていきます。
マーケティングの視点だけであれば、価格戦争で戦うという選択肢もあります。ただ、ブランディングは、適正な価格というものが存在したうえで、商品に付加価値をつける行為です。価格はそのまま、ブランドとしての誇りを維持しなければなりません。
ブランディングにおいては、文脈を語り、その商品の持つ背景を伝えることが大事です。ただ、情報過多の時代では、文脈をたくさん用意して、いちいち細かく訴求しても、消費者にとっては「お腹いっぱい」になってしまう可能性があります。最近は、うんちくを並べるような、単なる情報の羅列と見られるケースも多いです。文脈を汲む作業は大事ですが、「感情的な側面」に目を向けてブランドを訴求していく必要があります。
編集の世界では、読者が参加できるスナップ企画や読者がモデルになるオーディション企画など、読者とのコミュニケーションをとりながら雑誌の世界観を築く方法があります。ポイントは、消費者とともにブランド(世界観)を築いているということです。
消費者が商品を購入する「意味付けや動機付け」を行うためには、こうした施策も視野に入れたいです。これからのブランディングには、「意味」を持つことが重要になるでしょう。ただ便利というだけでは、消費者の心は動かしにくいということです。
計画(4)優先順位に沿って進めよう
ここまで、ブランディングの構成要素(計画1)、マーケティングとの違い(計画2)、ベネフィットの明文化(計画3)について解説してきました。これらのポイントを押さえ、優先順位を持って進めることが大事です。
ブランドの強みや個性となるコアバリューを設定していくためには、ゴールデンサークル理論というフレームワークが役立ちます。これは、マーケティングコンサルタントであるサイモン・シネック氏が、2009年に「TED Talks」で「リーダーはどうやって行動を促すのか」というテーマで語った時に登場した理論。『人は、何を(what)ではなく、なぜ(why)に心を動かさせられる』という内容で、人を巻き込む、人の心を掴むための考え方です。
一般的には、「なぜ、この商品をつくったか」よりも、「こんな商品をつくった」という形で訴求されることが多いと思います。大きな理由はなかったり、あったとしても訴求されないことがあるようです。ゴールデンサークル理論に従うと、まず、ブランドの核となる信念、目的である「why」を設定し、その次に、機能的なベネフィットである商品やサービスの説明、方法、文脈といった「how」を整理していきます。その後、商品のスペックなどの「what」を前面に出すという順番です。
最後に身近な例から、ブランディングの意義をお伝えします。コンビニの100円コーヒーは、値段や利便性を考えると、最もコストパフォーマンスが良いと言えるでしょう。しかし、空間を重視してスターバックスに行く人もいれば、純粋にコーヒーの味を楽しむためにブルーボトルに行く人もいます。価格や立地の良さだけではなく、消費者は各ブランドの掲げる信念や目的に共感し、「自分にあった価値観だ!」という動機で最終的な購入までに至るのです。

- 教えてくれたのは…酒井新悟
- RIDE MEDIA&DESIGN株式会社 代表取締役社長 https://www.rmd.co.jp/ Facebook ID Shingo Sakai 大学卒業後、祥伝社へ入社。編集者としてファッション誌「Boon」に携わった後、BoonのWeb版「boon.web」でWebディレクターとして活躍。2006年にWeb、メディア、デザインを総合的に制作及びディレクションをするRIDE MEDIA&DESIGN株式会社を設立。現在は、従来の職域にとらわれない新しい時代の「編集力」を活かして、様々なソリューションビジネスに携わっている。