2020.04.18
特別企画 [PR] Web Designing 2020年6月号
“デジタル×情報発信”のあるべき姿
製品やサービスの使用情報(マニュアル)を扱う専門家団体「一般財団法人テクニカルコミュニケーター協会(以下、TC協会)が呼びかけて2019年4月に発足し、デジタル時代に見合う製品・サポート情報のあり方を考えてきた「新生マニュアル委員会」。2年目の活動は既存の働き方及びビジネスの見直しを世界的に迫られる事態からの幕開けとなった。しかしこれは、情報発信において今までのやり方から抜け出せなかった企業が「一歩先へ踏み出す」機会でもある。今回は、その立場から考えを進めてみた。
Photo:黒田彰
リアルは是非とも必要か? デジタル×情報発信の潮目
世界各国へ爆発的に広がった新型コロナウイルス感染症が世界規模でさまざまな影響を与える中、ビジネスにおいては対面コミュニケーションや物理的媒体などリアルを前提とする往年のスタイルから、Web会議やネット媒体などデジタルソリューションの活用に本腰を入れて取り組まなければならなくなった。
デジタルを活用した「働き方改革」としてのソリューション導入は以前から国をあげて推進されてきたが、前述の状況が人々の働き方・ビジネスの改革の必要性を現実のものとして突きつけてきたのだ。もちろんきっかけとしては歓迎できるものではなく、デジタルソリューションを活用すればすべての課題が解決するわけでもない。しかし、今が「デジタル時代に見合う情報発信のあり方」を見つめ直す機会であることは確かだ。
そもそもネット媒体を通じたコミュニケーションや情報発信は、特にデジタルマーケティングを実践する人々にとっては以前から一般的なものだった。しかしそうした企業でも、「リアルでもデジタルでもどちらでもいいものならリアルを優先する」傾向にあった。デジタルソリューションに敏感な企業でさえそうであるならば、紙やPDFをベースにした情報発信を重視してきた製品・サポート情報(マニュアルなど)に携わる人々の場合はなおさらだった。
だが今回の出来事を契機として、紙やPDFをベースにした情報発信を重視してきた人々の間でも「デジタルでもしっかり相手に伝えられる」「どうしてもリアルでなければならないもの以外はデジタルでよい」と踏み切れるようになり、「製品・サポート情報のあり方を考える潮目が変わった」(TC協会・黒田聡氏)
デジタル×情報発信とは双方向のコミュニケーション
ここでまず、本企画のスタート地点に立ち返ってみよう。
「なぜ今、デジタル×情報発信のあり方を見直さなければいけないのか」
それは、デジタルの持つ双方向性という特徴が今後のビジネスを左右する、すでに大きな影響を与えているということに他ならない。従来の主要ツールであった紙や、その情報をそのままデジタル機器で見られるようにしたPDF形式のファイルは、要するに“一方通行”な媒体であり、提供者がユーザーに情報を届けた段階でコミュニケーションは途絶えてしまう。この手段でユーザーの反応を得るにはさらなるアクションが必要で、情報の迅速な改善は難しい。
しかし、デジタルを通じて発信者と受信者のコミュニケーションをシームレスにすると、ユーザーの意見やデータの収集スピードが飛躍的に上がる。製品やサービスの質や満足度の向上を導くのだ。こうしたデジタルのメリットを最大化するためには、情報の伝達手段、要するにコミュニケーションの再設計が必要になる。「それによって、従来とは異なる製品・サポート情報の提供方法の発見・開発を期待できる」(アドビ システムズ・安西敬介氏)
さらに、これまでの品質要求に関する国際規格では、製品・サポート情報の中で文書という形態・構造にすべき領域は企業の裁量に委ねられていたが、近年の規格改訂によりその線引きが明確に提示され、情報のデジタル化への制約が限定されている。つまり、製品・サポート情報を作成していく上で、紙やPDFといった一方通行のメディアにこだわる必要性は低くなったと言える。
欠かせない構造化 求められる狭小化への対応
安西氏と黒田氏は、デジタルコミュニケーションの実現に、まずは「構造化」を考えるべきだと口を揃えた。
「これまでは1から100まで情報を余さず対象とすることが構造化の前提でした。しかし、情報の取り出し方は変化を遂げ、必要に応じて必要な情報提供が求められています。そうしたユーザーニーズを踏まえてコンテンツの構造を考えなくてはいけません」(安西氏)
「製品・サポート情報では、全体を均一的に網羅する『リファレンス』と、局面ごとに受け手が求める情報を提供する『チュートリアル』の2つの観点で別々に構造化がなされてきましたが、今後はチュートリアルの観点で情報提供できるように構造化していくべきです」(黒田氏)
安西氏はさらに、双方向のコミュニケーションの円滑さを増すためにはコンテンツの単位を整理し、パラグラフ(文節)レベルで伝達する工夫も欠かせないと指摘する。そうすれば、スマートフォンやタブレットの普及によってデバイスの表示エリアの狭小化が進み、トピック(題目)単位ですら長過ぎる中で、より瞬間的に情報を取得したいというニーズに沿うことができる。“一言”で情報を伝えられるようになると、狭小化に適したコンポーネント(部品)化も実現できる。するとアップデートや修正の際の手間も減らせるので、コンテンツ提供者にもユーザーにも多大なメリットを与える。
その一方で、受け手のリテラシーとバイアスを意識したコミュニケーションをしなくてはならない。「学術的な文章ならリテラシーを持ちバイアスが掛かっていない読み手を前提にできるが、製品・サポート情報では読み手のリテラシーとバイアスへの配慮こそが、情報の有用性を高める」(黒田氏)
例えばその製品やサービスの初心者の場合、背景に持つ知識・情報は少ないので、“Why(なぜやるか)”から説明すべきだが、成熟度が上がっていくと“How(どうやるか)”や“What(何をやるか)”だけを伝えればよくなる場合もある。このように相手の状態を判別しながら提供する情報を取捨選択したり、順番を変えたりして、知ってほしいことを伝えられるようにしていかなくてはならないのだ。
鍵はマインドセットの切り替え
デジタル×情報発信において、相手の状態に応じて伝え方の順番や深度を変えるには、個人の行動を観察してデータを取得し、パーソナライズすることになる。このとき、年代・性別といった属性情報ではなく、あくまでも行動ベース・ニーズベースの情報を収集しなくてはならない。なぜなら、同じ年代・性別の人間でも趣味趣向はバラバラだが、感情や心理的な側面など、行動観察、行動経済学的な情報をベースにする方がより実態に即しやすいからだ。
また、いかにデジタルコミュニケーションと言えども、AIが自動的に相手をすれば済む訳ではなく、あくまでも人間同士のコミュニケーションを支援するに過ぎないことを忘れてはならないと、黒田氏は指摘した。
今回紹介してきた内容は、以前からTC協会や新生マニュアル策定委員会が提言してきたものと同じビジョンだ。ただ、対面と移動が阻害される経験を通じて、デジタルの有用性を実感し、自分が知りたい情報だけを知り、認識を改めるのは得意ではないという人間の特徴が改めて浮き彫りになったこともあり、今一度「デジタル×情報発信」のあり方を見つめ直し、有効に活用しなければならない。
このためにまず欠かせないのは、コンテンツを提供する立場である人々のマインドセットを変えることだ。もちろん、それに至るまでの道のりには乗り越えなくてはならない壁がたくさんあることは確かであるものの、一度突破ができれば、従来とは違った価値を生み出すコミュニケーションを実現できるはず。2年目を迎えた新生マニュアル策定委員会は、そのヒントを掴むべく、活動を続けていくことになる。
企画協力:一般財団法人テクニカルコミュニケーター協会