見えない人が見る世界|MacFan

私は社会の課題を解決する「社会医」という立場で、人が障害や病があってもその人らしく豊かに生きていけるよう、患者が社会的・心理的に回復するためにアートやゲームなどの情報を処方しています。2022年5月には、「病院に、遊びに行こう」をコンセプトにさまざまな社会処方を行う神戸アイセンター内の「ビジョンパーク」で、シャルル・ボネ症候群展を開催しました。

シャルル・ボネ症候群は、1760年にスイスの科学者シャルル・ボネによってはじめて報告された心理物理学的な視覚障害の一種で、視力低下をした人が経験する幻視です。シャルル・ボネ症候群展では、私の友人であり視覚障害者の当事者でもあるセアまりさんが自ら見た幻視を描いた作品を紹介しました。

「日常生活には支障をきたすものでしかない幻視ですが、この言葉では表しきれない美しく不思議な世界を皆さんに伝えたい」

そんな彼女の願いは、その想いと感性に共有してくれる仲間たちのサポートを得て、「景絵(ひかりえ)」という幻視をアート作品として描くオリジナルのジャンルを作り上げました。

彼女と対話する中で見えてきたことは、人に想いを伝えるということは、人生を生きていく力そのものであるということ。そして、彼女の両親が画家であったことが少なからず彼女の現在の生き方に影響を与えているという事実です。人は人から影響を受けて生きていく社会的な存在であり、他人や自分自身との関係性を処方することも未来の医療には必要であると改めて確信することができました。

白内障の手術を行い視力を取り戻したクロード・モネ、視力の低下に伴い作風を変えて画家から彫刻家へと表現の形を変えたエドガー・ドガ、失われていく視力の中で幻視を共創により表現するセアまりさん。表現者であり続けるために生き方をデザインすることで、そこに個性が生まれる。誰かに伝えたい想いを大切にし、視力を失うことになっても表現者であり続けるための支援を行うことも、一つの医療の形であると私は考えます。

「この目の病をいただいたから、今の私があるのだと、神様に感謝しています」

メールのやりとりで、彼女からもらったこの言葉の処方箋が、私にとっては何よりの報酬でした。この世から治らない病気を完全になくすことはできなくても、病気に対する意味づけと解釈に多様性を与えることはできるのではないでしょうか。

ニーチェが事実は存在せず、存在するのは解釈だけであると表現したように、解釈の世界を生きる我々にとって、セアまりさんのような存在を処方することで、見えないことで苦しむ人々の世界の見え方(解釈)を少しだけでも変えることができると私は信じています。ビジョンパークで行われたセアまりさんとの対話動画がユーチューブ(YouTube)で公開されていますので、ぜひ一度見てみてください(URL: https://www.youtube.com/watch?v=Hu9dnD3Q-a0)。

近い将来、脳の電気情報を外部から出入力することが可能となり、好きなものを脳で見られるような時代が来るかもしれません。そのような時代の到来に向けて、目に見えるものに囚われすぎている私たちは、見えない人が描く世界の景色から「見る」ということの神秘と新しい解釈を学ぶのもよいでしょう。人生100年時代、すべての人にとって失われてゆく身体機能をテクノロジーの力で補う中で、伝えたい想いを大切に表現者であり続けることが生きる力になると私は感じています。

 

見えない世界で見える景色に、新しい視点も貰おう。

 

 

Taku Miyake

医師・医学博士、眼科専門医、労働衛生コンサルタント、メンタルヘルス法務主任者。株式会社Studio Gift Hands 代表取締役。医師免許を持って活動するマルチフィールドコンサルタント。主な活動領域は、(1)iOS端末を用いた障害者への就労・就学支援、(2)企業の産業保健・ヘルスケア法務顧問、(3)遊べる病院「Vision Park」(2018年グッドデザイン賞受賞)のコンセプトディレクター、運営責任者などを中心に、医療・福祉・教育・ビジネス・エンタメ領域を越境的に活動している。また東京大学において、健診データ活用、行動変容、支援機器活用関連の研究室に所属する客員研究員としても活動中。主な著書として、管理職向けメンタル・モチベーションマネジメント本である『マネジメントはがんばらないほどうまくいく』(クロスメディア・パブリッシング)や歌集・童話『向日葵と僕』(パブリック・ブレイン)などがある。